1万2000年前に形成された南洋パラオの神秘の湖? <ジェリーフィッシュレイク>のクラゲたち
マリアナ諸島の南西に浮かぶ小さな島国・パラオは、日本列島から小笠原諸島をずっと南に移動したところにあります。
筆者は2013年10月から2014年11月までの約1年間、この美しい国に住み、ダイビングなどのガイドをしていました。
パラオはミクロネシアに位置し、約400の島々からなる国で、その美しいサンゴ礁と透明度の高い海で世界中のダイバーを魅了しています。
その中でも特に神秘的なのが「ジェリーフィッシュレイク」(パラオ語ではOngeim’l Tketau)です。マカラカル島(別名エイル・マルク島)に位置する塩湖で、約1万2000年前に形成されました。
周囲の海とは3本のトンネルで連結していますが、主に表層での水交換しかなく、水深15メートルを境に上層と下層で水質が大きく異なる二層構造を持っています。特に下層部は、無酸素状態で硫化水素が高濃度に存在する危険な環境なのです。
無毒なクラゲたちの不思議な世界
この湖の主役は、何百万匹ものゴールデンジェリーフィッシュ(学名:Mastigias papua etpisoni)。
ガイドとして湖を案内するたび、訪れる人々の驚きの表情を見るのが楽しみでした。特にダイバーの人たちは、「クラゲなのに刺されないの?」と不思議そうに質問してきます。
実はこのクラゲたち、天敵がいない環境で長い時間をかけて進化し、刺胞毒をほとんど失ってしまったのです。
タコクラゲの一種ですが、通常のタコクラゲと違って斑紋や口腕先端の突起がほぼ欠落しています。通常は8本の足(触手)を持ちますが、4本、6本、10本の足を持つ個体も見かけました。
人間にとって無害になったこのクラゲたちは、毎日太陽の動きに合わせて湖を回遊。夜間は湖の西側で過ごし、早朝から午前中にかけて東側へ移動、昼過ぎには西側へ、日没時には中央寄りへと移動します。
この行動は、体内に共生している藻類が均等に日光を浴びられるようにするためと考えられています。
危機と復活の物語
筆者がパラオにいた2013年から2014年には、湖は無数のクラゲで埋め尽くされていました。
湖に入るとどこを見てもフワフワと漂うクラゲの群れ。まるで宇宙空間に浮かんでいるような不思議な感覚を味わえました。
様々な要因で個体数減少の危機に
実は、この湖のクラゲたちは過去に何度か深刻な個体数減少を経験しています。
1987年には減少が報告され、その一因としてスクーバダイビングによる層構造の攪乱が指摘されました。1998年にはエルニーニョ現象による海水温上昇でクラゲ体内の共生藻類が死滅し、深刻な個体数減少を経験しています。
そして、2016年にパラオを襲った気候変動による水温上昇と塩分濃度の変化により、このクラゲたちは再び激減。2018年にかけてクラゲの数が激減し、ツアーが中止になりました。
同年6月頃から少しずつクラゲが戻り始め、2019年3月にようやくツアーが再開。残念ながら、2022年以降も気候変動の影響で、クラゲの数は不安定な状況が続いているそうです。
未来に残したい自然の宝物
パラオのロックアイランド群は世界遺産に登録され、ジェリーフィッシュレイクも厳しいルールで守られています。スノーケリングする際にはライフジャケットの常時着用が義務付けられ、日焼け止めクリームの使用も禁止されています。
これはクラゲの保護と、水深15メートル以下にある危険な無酸素層から観光客を守るためです。
1万2000年もの間、隔離された環境で独自の進化を遂げた無毒のクラゲたち。この神秘的な生態系は、私たち人間の活動による気候変動で今、危機に瀕しています。
もしパラオを訪れることがあれば、ぜひこの貴重な自然の宝物を自分の目で見て、その美しさと儚さを感じてください。
この奇跡のような光景を未来の子どもたちにも残せるよう、一人ひとりが環境保全について考え、行動することが大切だと思います。
(サカナトライター:海人)