【江東区・大久保朋果区長】第1回 哺乳瓶の煮沸で1日が終わる―ワンオペ育児が子育て支援の原点―
20年前、まだ「ワンオペ育児」という言葉すらなかった時代。孤独を感じながら、ひとり奮闘していた江東区の大久保朋果区長。その経験が、今の江東区の子育て支援政策の原点になっているといいます。“みんなで支える子育て”を実現するために、今どのような取り組みを進めているのでしょうか。
昭和の会社員な夫とワンオペ育児
── 東京都の職員として長年働いていらっしゃいましたが、お子さんの出産や子育てを経験しながらの勤務だったと思います。当時はどんな状況でしたか?
大久保朋果区長(以下、大久保区長):私が子育てをしていたのは今から20年ほど前です。当時はまだ「ワンオペ育児」という言葉もなく、男性の育休も一般的ではありませんでした。ひとりで頑張るしかないという状況だったんです。
夫は、いわゆる“昭和の会社員”で、朝早く出て夜遅く帰る生活。土日は子どもと遊んでくれましたが、平日はほとんどワンオペでした。子育てがどれだけ大変か、訴えてもなかなか伝わらなくて。
あるとき、「ここに絶対に割ってはいけない10億円の壺があると思ってみて。でもその壺は走り回るの。それを四六時中見ていなきゃいけない気持ち、わかる?」と話したこともあります(笑)。今では笑い話ですが、あの頃は本当に必死でした。
── その頃、どんな気持ちで日々を過ごしていましたか?
大久保区長:今思えば、あの頃は軽い産後うつのような状態だったと思います。1人目の育児は慣れないことばかりで、毎日が不安との戦いでした。
赤ちゃんって1日に10回くらいミルクを飲むじゃないですか。そのたびに哺乳瓶を煮沸消毒していて。お鍋でぐつぐつ消毒しているうちに、気づけば一日がそれだけで終わってしまうのです。子どもが泣いているとトイレにも行けなくて、本当に余裕がなかったですね。
夕方になると、ふと涙が出そうになって、「私だけが取り残されている」と感じることもありました。あのときの“やるせなさ”や“孤独感”は、今でも忘れられません。
── そんななかで、支えになった出来事はありましたか?大久保区長:母の実家がある高知に帰ったとき、近所の人たちがかわるがわる声をかけてくれて、「子どもを見ててあげるよ」と言ってくれたんです。親戚や地域のみんなで子どもを囲んでくれる温かさに、本当に救われました。
「みんなで子どもを育てる」ってこういうことなんだと、初めて実感しましたね。
「大変な時期は必ず終わる」だから大丈夫だと伝えたい
──お子さんは2人いますよね。1人目と2人目の育児には違いがありましたか?
大久保区長:上の子は、今振り返ると本当に育てやすい子でした。何でも食べるし、飲むし、服にも全然こだわらない。でも、ただ一つ……まったく寝なかったんです(笑)。
育児書には「10時までには寝かせましょう」と書いてあるから、その通りにしても全然寝ない。12時、2時まで起きていて、「なんで寝ないんだろう」「私のやり方が悪いのかな」と悩んでいました。
でも2人目になると、けっこう“いい加減”になれるんですよね。上の子が走り回っているから、もう丁寧に構っていられない。でも、それがちょうどよかった。自然と力が抜けて、少しラクに子育てできるようになった気がします。
── 2人目のお子さんの育児では、また違った苦労もあったとか?
大久保区長:そうなんです。下の子は、なぜか「ご飯だよ」と言うとギャン泣きするんです(笑)。それが小学校に入る前まで続いていて。食べたくないのかと思いきや、食事は毎回しっかりと食べるんですよ。もう本当に不思議でしたね。
教師をしている両親に見てもらったら、「この子はちょっと変わってるね」と言われて。「ああ、やっぱりプロが見てもそう思うんだ」と思いました。これが1人目だったらパニックになっていたかもしれません。2人目だったから「まあ、いいよ。食べたくなったら食べなさい」って、少し肩の力を抜いて見守れるようになっていましたね。
「大変な時期は必ず終わる」「きっと楽になるよ」ということも、これから子育てされる方に伝えていきたいなと思っています。
ママたちが「孤立しない環境」が必要
── ご自身の子育て経験は、今どのような政策に反映されているのでしょうか?
※江東区・大久保朋果区長Instagramより引用
大久保区長:私自身、子育て中に孤独を感じた経験から、親が孤立しない環境を整えることが必要だと考えています。江東区には、子育てや家庭の悩みを気軽に相談できる「子ども家庭支援センター」が、どの地域からも基本的には徒歩1km圏内を目安に整備されていて、子育ての相談から虐待防止、発達や家庭の問題まで、幅広くサポートしています。
江東区は現在、都内最多の8か所展開していて、さらに今後3年以内に9か所目をつくる計画も進めています。また国が「こども誰でも通園制度」を始めるにあたり、江東区はモデル自治体としていち早く取り組みを始めました。
この制度は、2026年度から全国の自治体において実施される、未就園児が対象の制度です。月一定時間までの利用可能枠のなかで、保護者の就労条件に関係なく柔軟に利用できる新たな通園給付となっています。「都の試行だから、国の制度が本格化してからでもいいのでは」という意見もありましたが、「せっかく都がモデルとしてやるなら、江東区が真っ先に動こう」と決断しました。
── 子育て支援情報を届ける工夫もされているとか?
大久保区長:支援情報は、意外と必要な人ほど届きにくいと感じています。そこで、アプリでのプッシュ配信を始めます。イベントや相談窓口の情報を手軽に受け取れるようにして、困ったときに“ひとりで悩まない仕組み”を整えていきます。こちらは年内には本格運用を始める予定です。
支援の仕組みは「つくって終わり」ではなく、必要としている方に確実に届いてこそ意味があると考えています。これからも、誰もが気軽に助けを求められる江東区をつくっていきたいと思います。
※取材は2025年10月に行いました。記事の内容は取材時時点のものです。