平安時代を扱った昭和の大河ドラマ「風と雲と虹と」平将門と紫式部の関係は裏と表?
「風と雲と虹と」から「光る君へ」。対照的な平安中期
2024年に放送されていたNHK大河ドラマ『光る君へ』の終盤、異国から襲来した海賊 “刀伊の入寇” を大宰府軍が辛くも撃退した後のこと。藤原実資(秋山竜次)が藤原道長(柄本佑)に語りかける中に、こんな台詞があった。
「平将門の乱以降、朝廷は軍を持たなくなりました。それから80年が経ち、まさかこうして異国の賊に襲われることになろうとは」
なに、将門!? このとき、加藤剛演じる平小次郎将門を思い浮かべた中高年の大河ファンは多いのでは。そうか、将門の乱からたった数十年しか経っていないのか。
“朝敵” 平将門を主役に、1976年に放送された大河ドラマ『風と雲と虹と』。大河ドラマ史上、最古の時代を扱っているのがこの作品だ。その次が『光る君へ』であり、どちらも平安時代中期を舞台にしている。貴族社会に失望し、坂東(関東)に独立国を築こうと権力に立ち向かった将門(ドラマ内では “小次郎” と呼ばれることが多い)を描いた『風と雲と虹と』と、雅な貴族社会に生きる紫式部を描いた『光る君へ』。
描かれている世界はまったく違うが、2つの大河ドラマはいわば裏と表。あのとき将門を討ったことと、雅な貴族の暮らしはつながっているのだ。
日本三大怨霊の一人、“朝敵” 平将門は恐ろしい?
私が初めて『風と雲と虹と』を観たのは2000年代半ば。オリジナルの本編映像がNHKに残っていなかったため、再放送を観られる機会がなかったのだが、全放送回のVTRが局内の倉庫で発見されたとのことで、CSの時代劇専門チャンネルで一挙放送された。
“そういえば子どもの頃、母方の茨城のおじいちゃん、盛り上がってたなぁ” くらいの気持ちで観始めたのだが… いやいや、これが途轍もなくおもしろいのである。
平将門といえば日本三大怨霊の1人であり、朝廷に反乱を起こした人物として恐ろしいイメージがつきまとう。撤去すると祟りがあるといわれる、大手町の将門塚(別名:首塚)を思い出す人も多いだろう。
だが、『風と雲と虹と』の小次郎将門は、本当に “いい奴” なのだ。いつも民人のことを思い、武芸にも学問にも優れているのに、人を出し抜こうというところがまったくない。とにかく正直で、武骨で不器用。それゆえ、京に上っても出世できず、坂東に帰ったら帰ったで叔父に領地を横領される。何事にも気真面目なため、いろいろと大変な目に遭うのだ。最期もこの純粋さが仇となる。そりゃ応援したくなっちゃうよ。
ⓒ NHK
哀れすぎる最期、吉永小百合が演じる“魔性の女”貴子姫
『風と雲と虹と』には、もう1人主役がいる。緒形拳が演じる藤原純友だ。官僚として海賊退治を命じられるが、腐敗した貴族社会に嫌気がさし、なんと自ら海賊の首領となって朝廷に反乱を起こす。この純友との出会いが、将門の背中を押す。
純友は主体的に革命を起こそうとするが、将門は民人たちの窮状を見かねて、挙兵を決心する。熱くて真っすぐな “東の将門” と、世慣れていて海千山千な “西の純友”。真面目な加藤剛もいいが、ギラギラした緒形拳の魅力にはどうにも抗えない。“夫にするなら将門だが、彼氏にしたいのは純友”。『風雲虹』好きの友人とそんな話をした記憶がある。
対照的といえば、将門の幼なじみ、平貞盛(山口崇)も忘れちゃいけない。故ナンシー関が “山口崇の顔の上半分はなぜか怖い。クイズタイムショックでも、顔の下半分は破顔大笑しているのに、目が座っている” と書いていたが、その表情がこの作品でも活かされている。将門と語り合いながら “はっはっはっ!” と豪快に笑う場面が度々あるのだが、目がまったく笑っていない。こいつもしや……というこちらの予感は、終盤的中するのである。
おまけに貞盛、将門が惚れた女性もしっかり自分のものにする。この女性こそ、悲劇の姫、吉永小百合演じる貴子である。嵯峨天皇の曾孫という高貴な出自だが、荒れ果てた屋敷に住み、貞盛が京を去った後は遊女に身を落とし、雑兵たちの慰み者となって命を落とす。貴子、貞盛ではなく将門を選べば、こんな目に遭わなかったのに。
吉永小百合ってきれいかもねくらいに思っていたが、この貴子を見て世間のサユリストの気持ちがよくわかった。ゾッとするほどの美しさがあり、まさに “魔性の女” なのだ。雑兵たちに連れていかれるときの貴子の表情、画面をくるくる回す斬新な演出。私の中では、『風と雲と虹と』こそ、吉永小百合の代表作である(主役じゃないけど)。
なぜそうした? 加藤剛の息子たちに一言言いたい
山本直純作曲のテーマ曲にも触れなくては。龍笛、琵琶、鼓などの和楽器とオーケストラの組み合わせに重なる斉唱。クラシックの名曲、ラベルの「ボレロ」を思わせる荘厳さで、私たちを平安時代に誘う。山本直純といえば、テレビ番組『オーケストラがやって来た』でガハハと笑うオジサンといったイメージだったが、すごい作曲家だったことを改めて知った。
『風と雲と虹と』こそ、マイベスト大河ドラマ。実は、平マリアンヌという私のペンネームは平将門から取っている。怨霊であろうが、朝敵であろうが、坂東の民人である私からすると将門はヒーローなのだ。だから… というわけではないが、1つ納得できないことがある。
加藤剛が、息子2人に自身の代表作から名前をつけたことをご存知だろうか。長男には『剣客商売』から大治郎、次男には『風と雲と虹と』から小次郎とつけたという。なんて、いい名前なのだろう。加藤剛がいかにこの作品を気に入っていたか、よくわかるエピソードである。だが、俳優をしている息子2人は、本名とは似つかない芸名を名乗っている。なんだか解せない、と『風雲虹』好きの小次郎贔屓としては、どうしても思ってしまうのだ。