樹木医の岩谷美苗さんと金町・水元公園さんぽ。“ヒトとナリ”を知れば樹木がもっと身近に
「木で笑いがとれたら幸せ」という岩谷美苗さんと訪れたのは、水元公園。樹木医・岩谷さんの目線で歩いたら、木々が愛すべき隣人に思えてくる。見て、嗅いで、味わって!? 楽しいおさんぽの、はじまりはじまり。
案内人=岩谷美苗
島根県出身。森林インストラクター、樹木医。NPO法人樹木生態研究会代表理事。主に都内で樹木調査をするほか、全国各地で講演・授業などを行う。路線にはえているキリを探す「桐鉄」が趣味。著書に『散歩で見かける樹木の見分け方図鑑』(家の光協会)など。
意外と人間臭い、植物たちの“ヒトとナリ”
「植物って、聖人君子のイメージでしょう? でも、ずるいヒトも、変わったヒトもいるんですよ」と言って、ふふふと笑う岩谷さん。
「あれは魔性の女ね。若い子が好きみたい」と指差したのは、若木に絡みつくつる植物。枝葉を覆って光合成を妨げ、育てば育つほど中の樹木を弱らせるという。
「『ジョジョ立ち』してるのはスダジイ」。なるほど、ありえないほど急角度で斜めに幹を伸ばしている。隣の木が陰になって日光が浴びられず上枝が枯れ、横枝が斜め斜めにと伸びた結果だ。
岩谷さんの目線で見ると、植物たちが人間臭く、愛おしい隣人のように思えてくる。「この子は? あの子は?」と、そのヒトとナリを聞きたくなってしまう。
ふと、小休止。岩谷さんが「ここで、食え食えハラスメント!」と、タッパーを取り出す。
中身は、スダジイのドングリ味噌うるい炒め、マテバシイドングリ味噌豚、松ぼっくりジャムの3品。ドングリ味噌は、ドングリだといわれなければ気がつかない優しい味だった。松ぼっくりジャムは、ロシアで食べられているそう。基本は甘いのだが、後味が……。
松の香りと渋みを口の中に残しながら、次はメタセコイアの森へ。
「生きた化石といわれています」。絶滅したと思われていたが、中国で生存が確認され、1946年に日本へやってきたという。太古のロマン! これまでたくさんの樹木が絶滅したというが、何が運命を分けるのだろう?
「んー、たまたま? やってみたことがうまくいったみたいな事だったんじゃないかと。だから、若い人たちにはなんでもやってみなさいって言うの」と岩谷さん。木々の進化に人生を学ぶ。
そうこうしながら歩いていると、予定時間を大幅にオーバー。
「よくあること。私は道に迷うのも得意だし。でも、思いがけないヒトに会えたりして、最終的に良かったなぁってなるんです」
まだまだ出会えた、水元公園の樹木たち
ヌマスギ(ラクウショウ)
呼吸根という地面から出た根から酸素を取り入れることができるため、水が溜まる場所でも生きられる。よってタネは水に浮かぶ仕様。
そばに落ちていたクスノキの枝を折ると「『無印良品』の匂いがするの」と、清涼感のある香り。
トウネズミモチ
名前は小さな実がネズミのフンのように見えることに由来。実は漢方の生葉にもなり、かつてはコーヒーの代用品だった。アクを抜くと干し芋みたいな味だそう。
ニシキギ
枝にカミソリのような板がついている。秋になると、錦(紅葉)のように真っ赤に葉が色づくことからこの名が付いた。
プラタナス
街路樹として海外からやってきた。落ち葉を嗅ぐとソーセージやハムのような匂い。冬に樹皮をめくると、ガラス細工のような休眠中のプラタナスグンバイという北米原産の害虫がびっしり。
ロウバイ
白亜紀に生まれた古い植物で、花には香りがある。黒い縦線が入った花びらを見て「闇堕ちロウバイ!(樹木医仲間桜井氏のオリジナルな呼び名)」と、岩谷さんは興奮気味。たまにしか見られないそう。
取材・文=瀬戸口ゆうこ 撮影=加藤熊三
『散歩の達人』2025年3月号より