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「私たちは忘れられているんでしょうか?」能登半島地震から7ヶ月 被災地の声

文化放送

8月9日(金)、ニュースキャスター・長野智子がパーソナリティを務めるラジオ番組「長野智子アップデート」(文化放送・15時30分~17時)が放送。午後4時台「ニュースアップデート」のコーナーで、ジャーナリスト・浜田敬子氏を招き、発生から7ヶ月以上が経った能登半島地震の被災地の現状について話を伺った。

長野智子「実際に(被災地に)入ってみて、やはり遅いって感じましたか?復旧は」

浜田敬子「はい。東京でいろんな方に取材をしているときに一番言われていたことが、東日本大震災でかなり(支援に)入っていたNGOの方とかにも取材したんですけど、(東日本大震災との)違いは“人と重機の少なさ”。東日本大震災のときは3ヶ月経った時には、もう逆に建設業者さんとかがバァーって入って、寧ろ人が溢れているみたいな状況だったんだけれども、全く風景が違うよっていうのを聞いて、すごく気になっていたんです。で、やっぱり一度行こうと思っていたんですが、なかなか現地がどういう状況なのかわからないと、たとえば車でどこまで行けるんだろうとか、泊まる所はあるのかなとかがわからなかったんですけど、前職の後輩が(被災地の)穴水町の出身で、彼が復旧のために東京から月に1、2回帰っているっていうのを聞いて、一緒に行きました」

長野「そうだったんですね。実際に重機が足りないとか、東日本大震災に比べて人が少ないとかっていうのは、なんでそういうことになってるんですかね?」

浜田「やはり人が元々過疎化が進んでいたところなので、いま二次避難で、たとえば金沢の子供さんの世帯のところに行ったりとかっていう人もいて、まぁ人が歩いていないんですよね。(震災前から)元々、多分そういう風景だったと思います。でも復旧のために普通は人が来るのに来ていないという状況で。なぜかというと、いろんな複合的な要因があるとは思いますけれども、たとえば (被災地の道路状況を考慮して) 最初に馳知事がおっしゃった『ボランティアの人は来ないでください』っていう発言の印象があまりにも強いので。たとえば東京では私の周りでも、ボランティアに行っていいのか行けないのか、行ったところで自分は何ができるのかって戸惑って行けないみたいな人もいるし。情報がないから、私たちのように『どこまで取材に行けるんだろうか?』って言って結構躊躇していたり、企業の方たちもおそらく東日本大震災のときはたくさんの社員さんをボランティアで派遣したのが、『行ったら迷惑になるんじゃないだろうか?』みたいな感じの両すくみみたいな感じのところもあると思うんですね。『行っていいのか?』みたいなところもあると思いますし、建設業者の方は単純に足りないんだと思います。あと公費解体って、するまでに準備が必要で。その家の持ち主さんと連絡がとれないとか。元々空き家がすごく多いじゃないですか。なので、その所有者と連絡がとれないとかいろんな状況があって。たとえば水が出ないと解体って難しいんですよ」

長野「そうですよね」

浜田「解体の時って水をバァーって撒かないといけないので、断水状況だとできないみたいなこととかがあったりすると思うんですけれども、(輪島市の方の言葉で)すごく印象的だったフレーズが『私たちは忘れられているんでしょうか?』と。『国も県もここを地震のテーマパークにしようとしてるんじゃないでしょうか?』と。このままの被害をそのまま残して、ダークツーリズムみたいな言葉がありますけれども、ある種の地震の観光地にしようとしてるんじゃないかというぐらいの言葉を言われた時に『地元の人はそういうふうに思っていたんだ……』と」

長野「その言葉は……そんなことは決してないとは思うけれども、そう思わせてしまっているっていうことですよね」

浜田「そうなんですよ。『6月末まで全く手を付けられていなかった』とその人はおっしゃっていて。たしかに輪島の中心街とかも家が崩れたままなんですよ。その崩れたところを小学生とかが通学するわけですよ。で、お父さんお母さんに聞いたら『危なくてしょうがない』と。道路も幹線道路はなんとかつぎはぎで補修されているんですけど、歩道はガタガタ。で、ちょっと路地に入るともう亀裂が入ったまま。(ニュースなどで)マンホールが飛び出ている映像をご覧になったと思うんですけれども、そこも車で運転しても避けて通るとかっていうのはそのまま。信号機が斜めのまま。そういう風景なんです」

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