年齢を重ねたからこそ生まれるベリルの重層的な人柄を重視したかった──『片田舎のおっさん、剣聖になる』原作者・佐賀崎しげる先生&鹿住朗生監督&岡田邦彦さん&別府洋一さん&日野 亮さんによる座談会【前編】
好評放送中のTVアニメ『片田舎のおっさん、剣聖になる』(以下、『おっさん剣聖』)。ますます盛り上がる本作の魅力をさらに深掘りするため、本作の主要スタッフが集結しました!
参加者は、原作者の佐賀崎しげる先生、鹿住朗生監督、シリーズ構成の岡田邦彦さん、ハヤブサフィルムの別府洋一アニメーションプロデューサー、NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパンの日野 亮プロデューサーの5名。ここでしか聞けない制作のあれこれをうかがい、前後編にわたって大特集します!
前編では、どのようにして『おっさん剣聖』が制作され、どのようなドラマを描こうとしたのか。制作の裏側を直撃しました。
「おっさん主人公の成り上がりストーリー」は非常に魅力的だと感じたんです
──では、最初に自己紹介と役職、そして現在放送、配信されている第6話ぐらいまでを振り返っての感想や手応えをうかがえますか?
佐賀崎:佐賀崎しげると申します。よろしくお願いします。『片田舎のおっさん、剣聖になる』の原作ノベルを書いています。まずオンエアを拝見した感想は、「きれいに作っていただいているな」というのが第一印象です。
特に第1話は、視聴者をつかむためにどの制作会社さんも力を入れる部分だと思います。僕はチェック用のムービーからV編(※ビデオ編集…テロップなどが入った最終的な映像にする作業)の戻しまで、すべて拝見していたので、先行上映会や完パケをいただいたときも、新鮮な気持ちで見るというのは立場上どうしてもできなかったんです。
それでも、完成した映像を見たときには、すごく綺麗だなと感じました。どこで止めても色が映えている。キャラクターの顔も整っていて、みんなかっこよくて、かわいい。美術にこだわってくださっているのも伝わってきました。
鹿住:監督を務めております、鹿住と申します。よろしくお願いします。僕はあまり「手応え」というものを意識することがなくて、とにかく目の前にある仕事をやっていくしかないという考えで動いています。ですので、見てくださる方々が楽しんでくれて、面白いと思っていただければそれでいいのかなと。僕の中では、現場の人たちが本当に一生懸命やってくれているので、その努力に対する感謝の気持ちしかありません。
岡田:シナリオライターの岡田です。シリーズ構成を務めました。実は、シナリオの作業はかなり前に終わっています。シナリオライターというのは、最初に作業が終わってしまうポジションなんです。その後、ずっと楽しみに待っていたものがようやく形になり、今では毎週楽しく視聴しています。
シナリオは、ある程度「こうなるかな」と完成した映像を想像しながら書いていますが、その想像を超えたものを見ることができました。それがシナリオライターにとって一番嬉しい瞬間です。
別府:ハヤブサフィルムでアニメーションプロデューサーを務めております、別府です。周囲からの評価や感想を聞くたびに、本当に多くの方に見ていただいているんだなと手応えを実感しています。
おかげさまでフィルム作りにも毎週気合が入っている状態で、映像をチェックするたびに「いいエピソードが作れたな」「ベリルも喜んでいるな」「弟子たちもいい顔をしているな」という気持ちになっています(笑)。それが視聴者の方にも伝わり、毎週認めてもらえているという実感が持てるのが何より嬉しいですね。作中でベリルが認められていく姿とリンクするようで、制作側としても励みになります。
日野:NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパンで製作プロデューサーを務めております、日野と申します。皆さんかなり真面目にお話されていたので、僕はもう少しプロモーションやビジネス的な視点からお話しできればと。率直に言って、非常に多くの「賛否」をいただいております(笑)。でも、それは本当にありがたいことで、多くの方に見ていただいている証拠でもあります。
今の時代、限られた時間の中で30分も集中してアニメを見てもらうこと自体が難しいと感じています。その中でこれほど多くの方に見ていただけているというのは、心からありがたく、貴重なことだと思っています。
──本企画を最初に立ち上げたのは日野さんだとうかがいました。当時どのような点に惹かれ、どのようにアニメ化しようと考えたのでしょうか?
日野:3年前ぐらいですね、ノベルが3巻まで刊行され、コミックスの第1巻が出たばかりの頃でした。アニメ化のために面白そうな原作を探していたときに、『おっさん剣聖』に出会い、「おっさんが主人公」という点に強く惹かれたんです。
当時、僕自身もアラフォーに差しかかった年齢で、「小説家になろう」(※)の初期作品で育っていた世代が、30代、40代へと移ってきているなと感じていました。そうした方々に響く作品として、「おっさん主人公の成り上がりストーリー」は非常に魅力的だと感じたんです。企画を説明する際も、「おっさんが作る、おっさんのための、理想のおっさんアニメ」というコンセプトをお伝えしました。
佐賀崎:アニメ化のために面白そうな原作を探されていたとのことですが、Web小説投稿サイトのランキングも確認されているんですか? 編集者の方々は業務の一環として毎日チェックしていると聞いたことがあったので。
日野:どんなジャンルが流行っているのかは調べるようにしていますが、本格的にチェックを始めるのは書籍化された段階からですね。どちらかといえば、商業作品として出版されたものに注目しています。もちろん、投稿サイトで細かく作品をチェックされているプロデューサーもいると思います。
──佐賀崎先生は、アニメ化の連絡を受けたときのお気持ちはいかがでしたか?
佐賀崎:実は「アニメ化が決定しました!」という連絡は一切なかったんですよ。何かの業務連絡で担当編集さんと電話していたときに、「あ、アニメ化決まりましたよ」と、“ぬるっと”伝えられまして(笑)。
一同:(笑)。
佐賀崎:「は、はあ……そうなんですね」みたいな感じで(笑)。前振りもなく、普通の業務連絡の延長のような雑談の中で聞きました。
日野:鈴木(優作/原作担当編集)さん、せっかくなので、“ぬるっと”伝えた意図を教えていただけますか?
鈴木:意図と言えるかどうかはわかりませんが、アニメ化は作家さんにとっては特別なものだと私も理解はしています。その一方で、過度に期待させすぎないようにしたいとも思うんですね。アニメ化はあくまでも作品の展開、広がりの一環であり、特別視しすぎないほうがいい。そういう考えがありましたが、単純に私が忙しかっただけかもしれません(笑)。
──(笑)。アニメ化決定の連絡を受けて、すぐに実感できましたか?
佐賀崎:最初は正直、実感はなかったです。「ああ、決まったんだな」と。アニメは制作決定から放送まで年単位で時間がかかるものです。嬉しいとは思いながらも、アニメになるのは数年後だろうなという冷静な気持ちがありました。
それに、アニメは小説や漫画とは比べものにならないほど多くの人やお金が動くものなので、途中で頓挫する可能性も十分ありえます。それはよく存じ上げていたので、手放しで大喜びできる気持ちではなかったですね。
実際に、脚本会議が始まって、岡田さんの構成を読ませていただいたり、キャラクターデザインを確認させていただいたりと、具体的な成果物が出始めてから、「ちゃんと進んでるんだ!」と思えるようになりました(笑)。
──では、実際の制作にあたって物語の方向性はどのように考えていったのでしょうか?
岡田:まず原作のどこまでを、どのような方針でアニメ化するかを僕から監督に提案しました。監督と方針を固めたうえで、佐賀崎先生やプロデューサー陣にご確認いただく流れです。僕が特に重視したかったのは、なんといってもベリルの人柄です。年齢を重ねたからこそ生まれる重層的な人柄。実直で優しくて、誠実で、時には情けない一面もあるけれど、芯の部分には強さがある――。その魅力を丁寧に描きましょうと監督に相談しました。
鹿住:作品の枠組みとしてはその方針でいきましょうとなりました。ただ、僕は映像全体の構成を考える立場でもあるので、テーマや物語の深堀りのポイントについては、もう少し映像表現の視点から考えていました。くわえて原作を知らない人にも、この作品に入ってもらえるようにしないといけない。どう共感してもらうかという点で、ベリルには感情的なつながりが必要だと考え、ミュイとの親子関係を掘り下げることにしたんです。ドラマとしてはギリシャ神話やシェイクスピアのような古典的な構造ですが、そういった王道の物語をどのように魅力的に描くか。そういう話し合いをしました。
──ミュイにもフォーカスを当てていくと。
岡田:そうですね。これは本作の特徴のひとつだと考えています。たくさんの女性キャラクターが登場しますが、ミュイとベリルの関係は明確に“親子”の年齢差があり、ベリルは一生懸命ミュイの父親のように振る舞おうとする。原作を読んでいて、そこが他の作品にはない魅力だと感じたんです。ですので、監督とも相談して、この親子のような関係性をより明確に掘り下げていこうということになりました。
──ミュイにスポットを当てる方針について、佐賀崎先生はどう感じられましたか?
佐賀崎:はい。少し話が遡るのですが、アニメ化が決まり、スタッフさんの座組が決まったあと、スクウェア・エニックスの会議室で、関係者の皆さんと初めてご挨拶したんです。そのときに、大まかなスケジュールや方針をうかがい、僕からはひとつだけお願いしました。
この作品はもともと書籍化を前提にせず、「小説家になろう」(※)で受けることを目的にしていたので、「なろう」で評価されるために展開を速くし、文体も軽くしました。そうした理由から、序盤のベリルはとても軽いキャラクターとして描かれています。一方で、コミカライズ版のベリルは剣の求道者として描かれ、非常にかっこいい。
アニメ化に際してどちらかに寄りすぎても、僕が理想とするベリル像からは外れてしまうと思ったんです。原作に寄りすぎると軽すぎるし、最初からコミカライズ寄りだと硬派すぎる。だから、その中間くらいのベリルをアニメで描いてもらえたらと、初対面の場でお話しした記憶があります。
──では、アニメでは佐賀崎先生の理想どおりのベリル像になったと。
佐賀崎:そうですね。序盤では情けない面も見せつつ、ミュイが登場してからの第4、5、6話あたりでベリルに変化が現れ、徐々に「関わった人たちへの責任」「負けられない戦い」といった、ベリルのかっこよさが段階的に描かれるようになっているので、この方向性で間違っていなかったと感じました。
第7、8、9話も白熱した議論がありました
──シナリオ会議で何か印象に残っていることはありますか?
日野:鹿住監督と岡田さんが、僕たちが見る前に脚本を何稿も重ねてくださっていたことですね。僕たちに届く脚本は初稿という形ではありますが、ファイル名を見ると実は三稿、四稿といった段階なんです。それだけ丁寧に準備されたものなので、直すところが見つからないと感じることが多くて、いつも黙っていた記憶があります(笑)。
毎週のシナリオ会議に僕たちは参加していましたが、お二人はその前に週2回、あるいは週3回ぐらい打ち合わせされていたのではとすら感じていました。
岡田:いやいや、そんなにはやっていないですよ(笑)。でも、一生懸命取り組んでいたことは確かです。
流れとしては、ひとまず僕と監督、話数によっては各話脚本の尾崎悟史さんとも一緒に練り上げたものを皆さんに提出して、佐賀崎先生から修正のご指摘やさらなるアイデアをいただきながら完成に近づけていくという形です。先生のご意見をそのまま取り入れることもありましたし、先生の意図を理解したうえで、「映像としてはこう表現したほうがよいのでは」と、提案させていただくこともありました。
佐賀崎:口を挟ませていただいたことはありますが、多くは「セリフの言い回し」や「ト書きの表現」といった、細かい点が多かったように思います。
僕は小説を書く際に、キャラクター像や喋り方、セリフのタイミングを詳細に考えはするのですが、文章として出力されるのはその50%ぐらいなんです。全部を書こうとすれば、それはもう小説ではなくただの設定資料集になってしまいますから。なので、読者や制作スタッフが文章から読み取れるのは、僕が想定しているキャラクター像の50%にも満たないと考えています。
そうした前提のもとで脚本を読むと、思い描いたキャラクターと少し違うなと思う箇所がどうしても出てきます。そういった点については、しっかりお伝えしたうえで、岡田さんたちと相談して、「このまま反映しましょう」「映像ではこういう表現にしましょう」「ここはあえて省略しましょう」とご意見をいただいたりもしました。
たとえば、セリフとして立たせるよりも、それを省略して画として見せた方が見栄えがいい、などのご提案も交えながら脚本段階から丁寧につくりあげていきました。
──別府さんと鹿住監督はいかがですか?
別府:まず、原作を読ませていただいたときに、鹿住さんと岡田さんの顔がすぐに思い浮かんだんです。ベリルがお二人の生きざまにピッタリだと思ったのが理由です。このお二人に任せれば、キャラクター描写において間違いはないだろうと確信していたので、脚本会議には安心して入れた記憶があります。
実際に第1、2話のシナリオを読んだ段階で、つけ入る隙がないなと感じました。普段、監督の考え、視聴者の期待、原作の方向性がずれていると感じたときは、脚本会議で「そっちじゃない」「こっちが正しい」といったやり取りをしていくんですが、今回はそうした必要がまったくなかったんです。
佐賀崎先生のコメントに対しても、お二人がすぐに落としどころを見つけてくださるような場面が多くて、本当にお任せで問題ないと感じていました。
鹿住:第6話ぐらいまでの構成の中で、一つだけよく覚えていることがあります。確か、岡田さんに「キャラクターをもう少し膨らませたい」とお話ししましたよね?
岡田:そうですね。
鹿住:特に序盤はアリューシアやスレナの存在が物語を大きく動かしていくので、第2、3話の段階で、しっかり掘り下げようとご相談しました。それから、第7、8、9話も白熱した議論がありました。取っ組み合いのケンカになりましたよね(笑)。
岡田:掴み合いでしたね(笑)。
一同:(笑)。
鹿住:もちろん、冗談ですよ(笑)。
岡田:実際はリモートの打ち合わせでしたからね。
──第7、8、9話についてはどんな話し合いがあったのでしょうか?
岡田:そうですね。「キャラクターに厚みを持たせる」という点で、キャラクター単体で厚みを持たせることって非常に難しいんです。関係性を描くことでしか、なかなか厚みを持たせられない。だから、「ベリルと誰か」という形で両者に厚みをもたせようと、佐賀崎先生も巻き込んで、シナリオを考えていきました。
──第6話まででも関係性は描かれていたと思いますが、改めて第7話以降でそれを掘り下げようとした理由は?
岡田:これは終盤の展開に関わるので詳細は省きますが、小説のどの部分までアニメ化するのかを鑑みて、テンポを一度変えたほうが良いと思ったんです。クライマックスを際立たせるために、その手前でギアを落とすような形ですね。このアニメシリーズでベリルがどこに到達するのか。それを視聴者の皆さんにより伝わりやすくするためにも、緩急をつけてベリルというキャラクターを掘り下げるべきだろうと。
日野:第7話からミュイとの共同生活が描かれるので、ちょうどベリルのキャラクター性を深く描くことができるタイミングでもありましたよね。
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