第2次トランプ政権を支える「新右翼」とは?
アメリカの第2次トランプ政権を支えるのが、単なる保守思想とは一線を画す「新右翼(ニューライト)」と呼ばれる潮流です。彼らはリベラルだけでなく、従来の保守エリートにも反旗を翻し、アメリカのあり方を根本から変えようとしています。この複雑な思想の正体とは何か? 神戸大学教授の井上弘貴氏と哲学者で関西学院大学准教授の柳澤田実氏が、その歴史的背景からテック右派の台頭まで、アメリカ政治の地殻変動の核心を解説します。
「新右翼」とは何か?その歴史的変遷
井上弘貴さんによれば、新右翼(ニューライト)とは、リベラルな立場に反対するだけでなく、従来の保守派にも異を唱える新しいタイプの右派です。
「新右翼の人たちは、リベラルはもちろん、ネオコン(新保守主義)など従来の保守の主流派にも反対の立場を唱えています」(井上さん)
特に新右翼が反対する立場として、「多様性重視のリベラル」と「世界の警察官としてのアメリカの役割を肯定する保守派」の二つが挙げられます。さらに、「アンチ・ネオリベ(反・新自由主義)」の立場も取り、経済や文化に政府が積極的に介入することを支持する点も特徴だといいます。
新右翼が従来の保守派、特にネオコンを批判するのは、グローバリズムを推進し、製造業の空洞化や移民問題などを通じてアメリカの国力を損なった「エスタブリッシュメント(既成支配層)」の一部だと見なしているからです。新右翼にとって、リベラルも旧来の保守も、アメリカの伝統的な価値観や共同体を破壊してきたという点では同罪なのです。
第1から第3までのニューライト(新右翼)
現代の新右翼は「第3のニューライト」と呼ばれていますが、その前にも第1、第2のニューライトが存在しました。井上さんはその歴史を次のように説明します。
「第1のニューライトは第二次世界大戦後に現れました。彼らは1930年代のニューディール政策に反対したオールドライトの立場を継承しつつ、冷戦時代に入って反共主義の立場を強く打ち出しました。経済的には自由市場と小さな政府を信奉し、政府による社会保障を『泥棒』とまで呼び、共産主義との世界的な戦いのためにアメリカが軍事的・経済的に介入することを推進しました」
続く第2のニューライトは、1960~70年代に公民権運動や伝統的価値観の衰退などが起こる中で、より宗教色を強めました。
「キリスト教的価値観が世俗化していく中で、その価値観を守るべきだと考える若い世代が台頭しました。特に中絶や学校での祈りといった社会問題に焦点を当てた『モラル・マジョリティ(道徳的多数派)』などの宗教右派運動が活発化し、第1のニューライトと合流していったのが第2のニューライトです。この第1と第2が合わさった考え方が、レーガン政権を支える保守の主流派を形成しました」
そして現在の第3のニューライトは、前の2世代とも異なる特徴を持ちます。
「21世紀に入り、グローバル化の進展とリベラル派が主導する多様性の重視の中で、従来の自由主義的な保守の立場では対抗できないと考える人々が登場しました。彼らは、経済的な自由競争が国内の共同体を破壊し、文化的なリベラリズムが伝統的な価値観を蝕んだと考え、『自由』という価値そのものを見直すべきだと主張します。そして、キリスト教的価値観に基づいた強い国家による国づくりを目指すようになったのです」
この思想は、これまで保守派が掲げてきた「小さな政府」という理念からの大きな転換を意味します。彼らは市場の自由に任せるのではなく、国家が積極的に経済や文化に介入し、国内産業を保護し、伝統的な家族観を奨励するなど、共同体の秩序を維持するべきだと考えているのです。
「第3のニューライト」の重要人物たち
こうしたニューライトの流れには、大きな役割を担った人々がいます。
パトリック・デニーン
新右翼の代表的思想家として、井上さんはパトリック・デニーンを挙げます。デニーンは『リベラリズムはなぜ失敗したのか』の著者として知られ、オバマ元大統領にも高く評価された人物です。
「デニーンは自由主義がアメリカにもたらした弊害として二つを指摘しています。一つは自由の名のもとでの社会格差の拡大、もう一つは文化の軽視です」と井上さん。
特に文化面では、デニーンにとってキリスト教的価値観が重要だと言います。「デニーンの場合、文化と宗教、この二つはほぼ一体的なものとしてイメージされています」
この立場は、アメリカの建国の礎である「自由」という価値を捨てるという衝撃的な主張を含んでいますが、現在のトランプ政権の副大統領J.D.ヴァンスとも関係が深く、若手世代に影響力を持っているといいます。
タッカー・カールソン
保守系ニュースネットワークFox Newsのアンカーだったタッカー・カールソンは、トランプの熱狂的支持層「MAGA(Make America Great Again)」の考え方を代弁する人物として知られています。
「カールソンは独自のストリーミング配信を行い、ハンガリーのオルバン首相やロシアのプーチン大統領との単独インタビューなど、従来の大手メディアができなかったことをしています」と井上さん。
カールソンのようなインフルエンサーは、インテリ層の新右翼とトランプ支持の民衆をつなぐ役割を果たしており、「従来の価値観を転覆させるようなメッセージの発信の仕方、メディアの使い方をしている」と井上さんは分析します。
テック右派の存在
新右翼の中でも特に注目されるのが「テック右派」と呼ばれる潮流です。テスラCEOのイーロン・マスク氏などが代表例として挙げられます。
柳澤田実さんによれば、「テック右派の特徴は、民主党の規制が多すぎてイノベーションの妨げになっているという考えで一致している点です。特にAIなどの技術革新を加速させるべきだという『加速主義』の思想がベースにあります」
ピーター・ティール
テック右派の代表的人物としてPayPalの共同創業者であるピーター・ティールが挙げられます。
「ティールはテックビジネスのリーダーであるとともに、学生時代から多様性といったリベラルの価値観に対してアンチの立場を取ってきた人物です」と井上さん。
柳澤さんはティールのキリスト教理解について「彼はイノベーションとキリスト教は相性がいいと考えています。聖書における『旧約』、『新約』という概念は、神との契約が古くなったから新しい契約が必要とされたという発想を含んでおり、これはキリスト教以前にはなかったイノベーション的発想だと言っている」と説明します。
ティールは自身がゲイでありながら、性的マイノリティの権利を制限する方向性を示している共和党支持を表明しており、「アイデンティティポリティクス(人種やジェンダーなどアイデンティティを基盤とした政治活動)が全面に出てしまったことでイノベーションが停滞していることへの不満がある」と柳澤さんは分析します。
「ティールにとって善とは何よりもイノベーションであり、それを抑圧するものは全て悪となります。多様性を本当に担保するためには、特定の思想をドグマ(教義)的に掲げるべきではないという問題意識があります」
新右翼思想の今後と社会への影響
新右翼の台頭はアメリカ政治にどのような影響をもたらすのでしょうか-
井上さんは「彼らは単なる政策変更ではなく、国家のあり方を根本的に変えようとする体制変革(レジームチェンジ)を模索している可能性がある」と指摘します。
ただし、新右翼内部でも一枚岩ではなく、テック右派と草の根のトランプ支持者の間には対立も存在します。
「新しいエリートの台頭を受け入れる層がいる一方で、テック右派のようなエリート主義に嫌悪感を示すポピュリスト派もいます」と井上さん。
アメリカの政治的分断は深まる一方ですが、草の根レベルでは変化の兆しもあります。柳澤さんは教会コミュニティの調査から次のような希望を見出しています。
「中西部と南部の保守的な教会で、特にZ世代やミレニアル世代が主導する新しい教会コミュニティを調査してきましたが、そこでは驚くほど人種的にインクルーシブな共同体が作られています。政治レベルでのMAGAや福音派の強硬なイメージとは別に、草の根レベルでは若い世代による信仰復興のような現象が起きており、ある教会では2日間で2000人が洗礼を受けるといったこともありました」
トランプ大統領の再登板を機に注目される「新右翼」の思想。それは、リベラルと旧来の保守双方に反旗を翻し、アメリカのあり方を根本から問い直す大きな地殻変動です。伝統的価値観への回帰とテクノロジーによる革新という、一見矛盾する要素が複雑に絡み合い、新たな政治勢力を形成しています。この現象を理解することは、アメリカだけでなく、世界中で起きている政治的変動の本質を見通す上で不可欠な視点となるでしょう
(TBSラジオ『荻上チキ・Session』2025年10月27日放送『トランプ大統領が6年ぶりに来日。第二次政権、その背景にある新右翼の思想とは?』より)