発達障害の特性のある子どもを持つ父親の実態〔言語聴覚士/社会福祉士〕が解説
発達特性のある子の父親は、どう家族と関わっているのか? 母親からどう見られているのか? その実態と「父親の感じているストレス」について、言語聴覚士・社会福祉士の原哲也先生が解説します。
日本の14%が「境界知能」“知的障害と正常域のはざま“の子ども 対応を医師が解説発達障害や発達特性のあるお子さんと保護者の方の関わりについて、言語聴覚士・社会福祉士であり、一般社団法人WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表として、発達障害のお子さんの療育とご家族の支援に長く携わってきた原哲也先生が解説します。
発達障害の特性のある子どもを育てる父親への支援
これまで3回にわたって、発達障害の特性のある子どもを育てる母親の支援についてお話をしてきました。
今回からは母親以外の家族への支援についてお話ししていきます。最初に考えたいのは、「もう一人の親」である父親への支援です。
発達障害の特性のある子どものいる家庭 「父親」の実態
ある報告は、「大家族から核家族へ、また広域から高層へ生活環境が変化した現在、母親の孤立を防ぐキーパーソンは父親である」と述べます〈「発達障害児の父親の文献検討 ─父親を取り巻く環境に焦点を当てて 大久保麻矢 和洋女子大学紀要 第64集 P207-213(2023.03)」〉。
このように、発達障害の特性のある子の母親の支援において重要な役割を担うとされる父親の実態はどのようなものなのでしょうか。
(1)母親の声から
父親の実態を示すものとして、まず、リアルな母親の声をひろってみましょう。
「もっと子どもと遊んでほしい。もっと子どもと向き合い、子どもと関わってほしい」
「仕事から帰ってくるとゲームばかりやって、大きい子どもがもう一人いるみたい」
「怒ってばかりで、子どもも嫌がっている」
「子どもと向き合う時間を作ることで私のサポートをしてほしい」
「夫婦で話し合いたいと思っても父親は聞いているだけで、自分の考えを言わないから話し合いにならない」
相談の中で母親から出てくる訴えです。
発達障害の特性のある我が子に「向き合わない」「関わらない」、我が子のことなのに「話し合って母親と協力して問題解決に向かおうとしない」こんな父親の実態が見えてきます。そうなってしまっている理由のひとつが、父親が発達障害について十分に理解していないことです。
(2)父親の発達障害についての理解や認識
①我が子に関する情報量が少ない
長時間労働が当たり前のような日本では、6歳未満の子どもを持つ父親が、平日に子どもと過ごす時間は平均2~4時間未満とされ、先進国中最低の水準です。
そうなるとどうしても父親は子どもと接触する機会が少なく、一緒に過ごす時間が長い母親に比べて、子どもについての情報量が圧倒的に少なくなってしまいます。
発達障害と診断された子どもの親に、子どもが何歳のときに発達特性に気づいたかを尋ねたところ、父親は子どもの平均年齢が4.0歳、母親は子どもの平均年齢が2.3歳のときと、1.7歳も差があったといいます〈高機能広汎性発達障害児・者をもつ親の気づきと障害認識─父と母との相違─山岡祥子・中村真理 特殊教育学研究46(2),93-101,2008〉。
②「子どもとはこんなもの」ととらえる傾向
父親は、感覚過敏やこだわりからくる子どもの行動の特性に気づいてはいても、「子どもはこういうものだ」ととらえる傾向があるといいます。
発達障害は、身体的障害と異なり目に見えにくいこと、特性による行動は定型発達の人でも多少はありうること(例えば道順についてこだわるなど)からこのようなとらえ方になることがあるのだと思います。
とはいえ、子どもの成長にともなって特性がはっきりしてくると父親も子どもの発達障害を認識せざるを得なくなります。それは父親にとってもストレスとなります。
(3)父親のストレスとは
①父親が我が子に発達障害の特性があることに気づくタイミング
保育園や幼稚園入園のころになると、発達障害の特性がある子の行動的な特徴が顕著に現れてきます。また、集団生活の中で他児と比較する場面も増えます。そのため、入園入学のタイミングで我が子の発達障害の特性に気づく父親は多いです。
「運動会で一人だけ、どんな活動にも参加せず、泣いているのを見たときは衝撃だった」
「友人の同年代の子どもを見たとき『こんなに親の言うことを聞くのだ』と驚いた。うちの子は全く言うことを聞かない」
「悪いことばかりする。やめてほしいということばかりを繰り返して困る」
こんなことばを父親から聞くことがあります。ここで初めて父親も、「困ったことがあるのはわかった。どうにかしたい。しかし、誰に相談したらいいかわからない。困った行動を変えていく道筋が全く見えない」と、心理的なストレスを強く感じるのです。
これに対して母親は、多くの場合、もっと早く子どもの行動の特性に気づき、なんとかしようと情報収集をし、学び、子どもを理解し対応しようと試みています。
発達障害についての理解、我が子の理解と対応という面で、父親は出遅れているのです。その結果、医療機関の受診に難色を示したり、医師が伝える診断名や療育方針に、父親だけが納得しないという話をよく聞きます。
納得できない父親は、支援者の助言で母親が子どもの特性に対応した環境づくりや関わりをしようとしても、協力しようとしなかったり、逆にそのようなアプローチを否定することもあります。これは父親が、まだ発達障害の知識や子どもの状況の認識が不十分であることによるところが大きいように思います。
②父親の不安の特徴
相談を受ける中で感じるのは、母親は生活上の悩み(偏食、顔を洗うのを嫌がるなど)や子どもの精神面に不安を抱くことが多いのに対して、父親は「この子は将来どうなるのか」について不安を抱く傾向があることです。
社会構造における男女平等が道半ばの日本においては、現在も、父親が家計を支えている場合が多く、父親は「稼いで食べていくこと」の厳しさを日々実感しているわけで、どうしても「我が子はこの社会で生きていけるのか」という不安が強いのだろうと想像します。この不安は時に「世の中は甘くない、だから甘やかさない、わがままは許さない、厳しく接する」という関わり方につながっていきます。
③父親の抑うつリスク
発達障害の特性のある子どもとの生活のストレス、医療機関等の指導に納得できないこと、我が子の将来への不安などは父親にとって心理的に大きな負担です。
その結果、母親ほど高率ではないものの、父親もうつ病リスクがあるという研究もあります〈石田徹(2017)高機能広汎性発達障害の中学生をもつ親の抑うつへの影響要因─児童精神科での医療支援を受けている児の父母に着目して─ .小児保健研究,76(3),p.261.〉。
(4)難しい父子の「関係」…強引に関わる、脅す、煽る、おちょくる、𠮟る
発達障害の特性のある子どもと良い関係を築くには、子どもの特性を理解し、子どもがわかるような工夫をしながら関わることです。子どもが「そういう伝え方をしてくれるとわかる」「そういう関わり方をしてくれるとうれしい」と思う関わり方をすることです。
母親は、医師やセラピストや支援者から教えてもらったり本を読んだりして情報を集め、トライアンドエラーを繰り返す中で、「子どもの特性を理解し、子どもがわかるように関わる」ことができるようになっていきます。そうしないと日々の生活ができない(ご飯を食べない、顔を洗わない、トイレで排泄ができない、道順にこだわるから家に帰りつけないなど)という状況の中で母親は必死で学んでいるのです。
しかし、子どもと一緒にいる時間が短い分、父親は母親と比べれば困ることも少なく、そのように必死に学ぶことを「せずにすんでしまっている」場合が多いです。そして「子どもの特性を理解し、子どもがわかるように関わる」関わり方を知らないままに、子どもと向き合うことになります。
何度もお話をすることですが、発達障害の特性のある子どもはその子の特性を理解し、その子がわかる関わり方をしない限り学べません。𠮟っても叩いても厳しくしても、それでうまくいくことはまずありません。
相談で話を聞くと、父親は子どもとの関係づくりがうまく行かないと、強引に関わる、脅す、煽る、おちょくる、𠮟るなど、子どもが嫌がる関わり方をすることが多いようです。
もちろん、子どもに嫌われたい父親がいるはずもなく、ただただ、どうしていいか、わからないのでしょう。しかし、それでは子どもとの関係はよくなりようがありません。このような状況にある父親をどう支援したらいいのでしょうか。
次回は、今回みてきた父親の「実態」を前提として、発達障害の特性のある子の父親への具体的支援について考えます。
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今回は、「発達障害の特性のある子どもを育てる家族への支援」の中から、発達障害の特性のある子を持つ父親の現状とストレスについて原哲也先生に解説していただきました。次回第15回では、そんなお父さんたちにどんな支援があるのか、具体的に教えていただきます。
原哲也
一般社団法人WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事・言語聴覚士・社会福祉士。
1966年生まれ、明治学院大学社会学部福祉学科卒業後、国立身体障害者リハビリテーションセンター学院・聴能言語専門職員養成課程修了。カナダ、東京、長野の障害児施設などで勤務。
2015年10月に、「発達障害のある子の家族を幸せにする」ことを志し、長野県諏訪市に、一般社団法人WAKUWAKU PROJECT JAPAN、児童発達支援事業所WAKUWAKUすたじおを設立。幼児期の療育、家族の相談に携わり、これまでに5000件以上の相談に対応。
著書に『発達障害の子の療育が全部わかる本』(講談社)、『発達障害のある子と家族が幸せになる方法~コミュニケーションが変わると子どもが育つ』(学苑社)などがある。
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「発達障害の子の療育が全部わかる本」原哲也/著
わが子が発達障害かもしれないと知ったとき、多くの方は「何をどうしたらいいのかわからない」と戸惑います。この本は、そうした保護者に向けて、18歳までの療育期を中心に、乳幼児期から生涯にわたって発達障害のある子に必要な情報を掲載しています。必要な支援を受けるためにも参考になる一冊です。