クマ対策の「大きな前進」?法改正が進む今こそ必要な“自治体の体制” 秋田県から学ぶ、全国に通じる大切なこと【後編】
2025年2月、クマに関する大きな国の動きがありました。
現行の法律では、住宅地でのクマへの発砲は原則禁止されていて、危険が差し迫ったときのみ、警察官の指示のもとで発砲ができます。
連日クマが出没していても、発砲がなかなか許可されないケースもあり、対応の遅れが懸念されてきました。
2月21日、政府は鳥獣保護管理法の改正案を閣議決定。クマなどの「危険鳥獣」が人の生活圏に侵入した場合、緊急性や安全確保などの条件を満たせば、市町村長の判断で銃の発砲を許可できるという内容です。
北海道内のハンターからは、「大きな前進」と歓迎する声も聞かれます。
ただ、法律が変わるだけでは課題はなくなりません。今だからこそ各自治体に求められることを、秋田県の事例から考えます。
連載「クマさん、ここまでよ」
この記事の内容
・住宅地での発砲、どう判断?自治体が抱える課題
・「クマの沼にはまった」
・必要な「サポート」
・なぜ北海道から秋田県に?
・これからのクマ対策に求められること
住宅地での発砲、どう判断?自治体が抱える課題
たとえばあなたの住宅の目の前にクマがいたとします。すぐに対処してほしい!と思うかもしれませんが、そこで発砲しても危険はないでしょうか?
クマはどんな様子なのか、周囲の人は避難しているのか、外の暗さや天候はどうか…など、いろいろな条件によって変わってきそうです。
これまでも法律の壁はありましたが、条件がそろい、例外的に発砲した事例もありました。
野生動物の対策には、長い年月をかけた調査や、地域住民や関係機関との信頼関係の構築、専門知識に基づく判断が必要です。
しかし、自治体職員には「異動」があります。野生動物の知識がまったくない職員が担当になるケースも多くあります。
判断基準が現場によって違ったり、迷って対応が遅れたりした場合、住民やハンターにリスクがあります。各自治体は、どのように「発砲すべきか」「安全に発砲できるか」を判断するのか。
法律が変わってすぐに解決するのではなく、ますます各自治体のクマ対策の重要性が高まっているのではないでしょうか。
「クマの沼にはまった」
秋田県では2020年4月、初めての「野生動物の専門知識を持つ職員」として、近藤麻実さんを採用しました。
近藤さんは三重県出身で、もともとはジャングルに生息するような海外の野生動物に興味を持っていたといいますが、進学した大学で唯一野生動物に関わるサークルだった「ツキノワグマ研究会」に入ったところ、「クマの沼にはまった」そう。
山の中に自動撮影カメラを設置し、カメラの前を歩くクマの撮影に成功したとき、「こんなに大きい動物が、生き生きと動いてるんだ」と感動を覚えたといいます。
大学院まで進んでから、北海道の研究機関に9年間勤務し、主にヒグマを担当していました。
必要な「サポート」
秋田県職員になってからは、2020年7月には秋田県自然保護課内に開設された「ツキノワグマ被害対策支援センター」で、ツキノワグマをはじめ、サルやイノシシなど、野生動物全般の対策にチームで向き合っています。
センターの職員は10人ほど、うち専門職は近藤さん1人の体制でしたが、2024年度に2人を新たに採用し、専門職員は3人という体制になりました。
初の専門職員として注目を浴びる立場ですが、近藤さんは、自分は「サポートの立場でしかない」と話します。
「県にいる専門職員として、市町村のサポートが大きな使命だと思っています。現場で最前線に立つのは市町村職員のみなさん、その先に農家さんなど住民ひとり一人がいます。市町村には専門職員はいないし、異動もあるし、少ない人数であれもこれもやっていて、その中で一から自分で勉強するのは負担が大きい。県職員として、市町村が動きやすくなるように仕組みづくりなどから後方支援がしたいと思っています」
たとえば、住宅地にクマが出没したときは、発砲するにしても、クマを山へ追い払うにしても、住民を避難させるにしても、警察と自治体との連携が重要になります。
いざというときのために、日ごろから考え方やお互いの動きを話し合っておく必要がありますが、近藤さんは「市町村ではなく都道府県レベルでやっておくべきこと」と考えているといいます。
クマを捕獲すべきかどうか、各市町村が判断基準にするのが、「都道府県が作った管理計画」です。
北海道でも、「北海道ヒグマ管理計画」をもとに、各市町村が判断しています(知床半島では独自の管理計画も作成しています)。
都道府県が全体の方針など「仕組み」を整えておくことが、各現場の判断の支えになるのです。
都道府県に専門職員がいれば、現場対応の支援もでき、日常の対策の相談に乗ることもできます。
「誰にも相談できないって心細いですから」と、市町村職員の「困った先の杖」となることを心がけている近藤さん。実際に市町村職員から、「困ったときに自然保護課に電話すれば良いと思えるだけで心強い」「自然保護課は最強の後ろ盾」という言葉をもらっているといいます。
そして、専門職員に相談できる環境は、市町村職員にとってもスキルアップにつながります。
近藤さんは、「県の方針決定という大きな舵取りをしつつも、現場対応も支援しつつなので大変なことも多いですが、やりがいも喜びもひとしおだなと感じています」と話します。
国内では、市町村の単位で専門職員を雇用している事例もあります。さらに地域の事情に合わせた、きめ細やかな対応ができるようになります。
ただ、クマは市町村の境目を越えて動くこともあり、近隣市町村との連携も、都道府県全体での仕組みも引き続き重要です。
近藤さんは、「秋田県の場合は、まずは県による幅広いサポートに取り組んで、仕組みを充実させたい」と話していました。
なぜ北海道から秋田県に?
ここまで話を聞くと、正直思います。
「北海道は貴重な人材を失ってしまったのではないか…?」
なぜ北海道でのヒグマの研究職を離れ、秋田県職員になったのか、聞いてみました。
「研究がしたいというより、人とクマとの無駄な衝突を防ぎたいという気持ちが強かったんです。研究者が知るだけではなくて、正しい知識を地域に広めないと意味がないと、ひしひしと感じていました」
しかし、住民への普及啓発や、現場で一緒に手足を動かしての対策の機会は、研究機関ではなかなかありませんでした。
そんなとき、秋田県庁での募集を見つけたそう。もともとはツキノワグマが原点で「愛着もひとしお」だったこともあり、応募を決意しました。
今の仕事は「大変だけど楽しい」といいます。
「市町村職員や住民との付き合いの中で、信頼してもらって相談してもらえるようになったり、対策がうまくいったり…小さな積み重ねを、積み重ねていける感じが楽しい」と、笑顔で話してくれました。
ただ、必ずしも北海道にとってマイナスというわけではないようです。
北海道の研究機関の「大好き」な先輩が、「秋田県ですごい体制を作れ」と激励してくれたことを心の支えにしてきたといいます。
今も北海道の研究者や自治体職員とも交流があり、ときどき情報交換をしているそうで、「クマの種類は違いますが、対応の勘所は共通しています。全国に仲間がいるのは心強い」と話してくれました。
近藤さんのような専門職員の存在は、これからのクマ対策のカギになります。
しかし、クマ対策は一人だけの努力では前に進みません。
最前線に立つ、市町村の職員。その判断を支える、都道府県の職員。
ときには都道府県の枠も超えて交流することで、互いのいいところを、地域ごとに合った形で取り入れていく…。
そうして各現場の教訓が、次第に国全体のクマ対策を動かしていくのかもしれません。
この記事では自治体の役割について考えましたが、命と暮らしを守るためには、住民ひとり一人にも知っておくべきことがあります。
秋田県では、クマにまつわる、よくある疑問30選に答えた、Q&Aを公開しています。
最近のクマは、鈴やラジオの音では逃げない?
クマに会ったら、荷物を置いて逃げればいい?などなど…。
その詳細は、前編の記事でお伝えしています。
【前編:「最近のクマは、鈴やラジオの音では逃げない?」よくある疑問30個に回答!秋田県から学ぶ、全国に通じる大切なこと】
連載「クマさん、ここまでよ」
暮らしを守る知恵のほか、かわいいクマグッズなど番外編も。連携するまとめサイト「クマここ」では、「クマに出会ったら?」「出会わないためには?」など、専門家監修の基本の知恵や、道内のクマのニュースなどをお伝えしています。
文:Sitakke編集部IKU
2025年3~4月上映の劇場版「クマと民主主義」で監督担当。2018年にHBCに入社し、報道部に配属されてからクマの取材を継続。2021年夏からSitakke編集部。
※掲載の内容は取材時(2025年2月)の情報に基づきます。