好きなものを素直に表現できる場所に。「加茂寄席」の井田さん。
12月1日に10回目を迎える加茂市のイベント、「加茂寄席」。寄席と聞いて落語のイベントかと思いきや、音楽が好きな人たちが思い思いに表現をしている音楽のイベントなんだとか。主催している井田さんは、ちょっと珍しい経歴の持ち主。今回は「加茂寄席」の開催場所である「山重 仲町通店 山の蔵」で、イベントをはじめたきっかけや、井田さんの目指す居場所づくりについてお話を聞いてきました。
加茂寄席
井田 優之介 Yunosuke Ida
1985年長野市生まれ。高校のときに路上ライブで活動をはじめ、卒業後、拠点を東京に移し音楽活動。2003年に「晴晴゛(はればれ)」というユニット名でメジャーデビュー。東京での音楽生活を経て、2021年に新潟に移住。現在は「GOGHST(ゴースト)」というユニットで活動する傍ら、加茂市の土産物店「BBC」で働いている。
コロナ禍で変化した、表現のかたち。
――井田さんはメジャーデビューを経験したアーティストでいらっしゃるんですね。
井田さん:高校生のときに音楽活動をはじめて、卒業後すぐ、「晴晴゛」という名前の4人組バンドとして、2003年にメジャーデビューしました。そこから約2年間活動していましたね。
――高校卒業してからすぐにデビューされたんですね。
井田さん:いきなり社会に出たので最初は戸惑いましたね。好きでやっていた音楽が仕事になると、今度はシビアな一面が見えてきて。活動していた2年間は思い悩みながら活動していましたね。期間が終わった後、そこでの活動は一区切りすることにしたんです。
――デビューの裏には苦労もあったんですね。
井田さん:一度地元の長野に帰ってから、また東京で10年間くらい活動をしていました。そのときにちょうどコロナウイルスが流行りはじめたんです。東京で活動があまりできなかったので、「GOGHST」の相方の地元である加茂に移住することになりました。
――初めての土地での生活に不安はなかったのでしょうか。
井田さん:とても自然な流れで移住が決まったのもありますし、環境を変えたいと思っていたくらいだったので、不安はなかったですね。
――新潟ではじめた「加茂寄席」はどんな思いから生まれたのでしょうか。
井田さん:コロナウイルスの感染が拡大する中で、ライブハウスで活動することができなくなって、今までとはぜんぜん違うかたちで、表現の場所を工夫して作らなきゃいけないって感じていたんです。 そのタイミングで、ちょっと変なことというか、誰もやっていないようなことができないかなって思ったのがきっかけですね。
――新しい表現のかたちを東京ではなく新潟で試みたんですね。
井田さん:コロナ禍で都市の弱点が見えたときに、地方の町おこしに興味を持ちはじめたんです。自分に何ができるかって考えたときに、歌が上手ってぐらいしかなくて。自分の得意な歌だけで、地域の人とかかわりあって町おこしをやってみたいと思って加茂寄席をはじめました。
寄席だけど落語じゃない。ちょっと変わった音楽イベント。
――「加茂寄席」は音楽のイベントなんですよね。どういった経緯でこの名前になったのでしょうか。
井田さん:もともと落語が好きだったんです。江戸時代は寄席に行って落語を聞くというのが娯楽として確立していましたけど、今は好きな人が行くぐらいだと思うんですよ。時代が変わった今、落語じゃなくても寄席というものが成立するんじゃないかと思って、音楽のイベントだけど「寄席」を入れた名前にしようと思いました。これには僕のちょっとした音楽に対する考えもあるんですよ。
――といいますと?
井田さん:ロックバンドとして音楽活動をずっとやってきたんですけど、日本語でロックをやろうとしたとき、日本語ってグルーヴしづらい言葉で、かみ合わなさを感じていました。そんな中で、「江差追分」っていう北海道の民謡に出会ったんです。
――ロックとはまた違ったジャンルですね。
井田さん:それを聴いたときにしびれましたね。聴き馴染みのあるロックとはぜんぜん違う解釈や表現がされていて。自分の遺伝子に刻まれたジャパニーズソウルみたいなのが、震えたんですよね。そこから、日本語が本来持っている良さを膨らませていく方がいいと思ったんです。
――日本ならではの音楽が井田さんの琴線に触れたんですね。
井田さん:イベントを企画するとき、明らかに変だろうということを何かしたいと思っていたんです。「加茂寄席」って名前だけど、落語のイベントではないですし。演者さんもとても個性的なんです。初めて弾き語りをするような人や、病気が理由で生きづらさを感じていた人がステージでパフォーマンスをしてくれています。
――本当に様々なんですね。
井田さん:僕自身が変わっているのもあるんですけど、「加茂寄席」に集まる人も生きづらさを感じていたり、少し変わった人がけっこう多いんです。そういった人たちが活躍できるような場所にしていきたいと思っています。これからも同じような思いを持った人が見に来てくれたり、出演してくれたりすると嬉しいですね。
自分が思い切り表現できる場所に。「加茂寄席」が目指す今後。
――12月1日で開催10回目を迎える「加茂寄席」ですが、これまでの感触としてはいかがでしょうか。
井田さん:最初は自分が好きではじめて、やりたいことを徹底してやっていたんです。そうしたらイベントの回数を重ねるごとにたくさんの人が関わってくれたり、応援してくれたりするようになったんです。他にも地方ならではだと思うのが、役所との距離が近いということですね。
――ふむふむ。
井田さん:「加茂寄席」に市長さんが見に来てくれたりするんです。「加茂寄席」を通して役所の方と話す機会があったり、市が主催する「雪椿まつり」に声をかけてもらって出させてもらったり、東京ではありえないことができるのは良かったですね。
――加茂ならではの良さですね。
井田さん:ただ都市に比べて地方は、多様性が見えづらいと思うんです。本当に思っていることを言いづらかったり、自分をうまく出せないような雰囲気がある気がして。みんなどこかで弱い部分を隠して、強く生きなきゃって思うじゃないですか。
――自分の本当の気持ちが言いづらいときもありますよね。
井田さん:東京にいたらそんなことは思わなかったんです。多様性が認められていい社会だとなんとなく思っていたんですけど、こっちに来たらそういう価値観は通じづらいんですよね。本当に思っていることを言いだせない雰囲気は不健康だなって思うんです。
――なるほど。
井田さん:自然体でいれる空気って、すごくハッピーで心地いいんです。お互いが認め合って、変に傷つき合う必要なくて、ここにいるときだけは穏やかでいられる場所になるんです。「加茂寄席」もそんな居場所にしたいと思っています。
――その考えはとても素敵です。井田さんの今後の目標を教えてください。
井田さん:まずは心身が健康な状態で、「加茂寄席」を続けていくことですね。あとは出会った人やご縁を自分でコントロールせず、自然な流れに任せていけたらいいなと思います。
12/1に記念すべき第10回の「加茂寄席」が、今回取材させていただいた「山重 仲町通店 山の蔵」で開催されます。総勢14組のアーティストが出演し、音楽とともにコーヒーや軽食、ドリンクを楽しむことができます。それぞれのアーティストが持つ、まっすぐな思いを会場で感じてみてはいかがでしょうか。
加茂寄席