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篠田謙一×桝太一対談 ――ワクワクを見つける感性は子どものころに育まれるもの

NHK出版デジタルマガジン

篠田謙一×桝太一対談 ――ワクワクを見つける感性は子どものころに育まれるもの

国立科学博物館の館長である篠田謙一さんと、元テレビ局アナウンサーで、2022年から研究者の道を歩み始めた桝太一さん。そんなおふたりに、インフォグラフィック*を活用した『ブリタニカ ビジュアル大図鑑』の刊行を記念して対談をしていただきました。研究者となるほど科学に親しんだ篠田さんと桝さんは、どのようなきっかけがあって科学の道を志したのでしょうか。

*情報やデータをイラストや図版で視覚的に表現したもの

(※NHK出版公式note「本がひらく」から抜粋)

科学への入口はイマジネーションの「外」

  きょうは篠田さんが子どものころ読んでいらした図鑑の話もお聞きできると楽しみにしてきました。その前にまず、篠田さんが科学へ興味をもたれたきっかけを教えてください。国立科学博物館の館長ともなる方ですから、物心ついたころには科学がお好きだったのでは?

篠田 そんなわけないじゃないですか。気がついたらこうなっていただけです。親が転勤族だったので、静岡、新潟、北海道、東京などいろいろなところで過ごしました。授業が終わったら外で遊ぶ。夏休みは宿題を早々に終わらせて、8月は1か月まるまる外で遊んでまったく勉強しない。嘘みたいな話ですが、夏休みが明けて学校に行くと、字がうまく書けなくなっているなんてことがありました。

 そのような日々のなかに、科学との出合いがあったんですね。

篠田 魚をとる、チョウをとるということをしていたのは自然が好きだったからでしょうね。大学も理学部を選んでいました。鉄腕アトムの世代として育ったわたしは「科学は正しく明るい未来をつくるもの」だと信じていた。科学に対する信頼のようなものが世の中にあって、そこで息をしていると、自然とサイエンスに興味を抱くようになる時代だったと思うんです。桝さんはどうでしたか?

  ぼくは見たことがないものを見てみたいという好奇心が、科学への入口だったように思います。たとえば、濁った池で魚をとるとき、網に何がかかるのかドキドキしますよね。何が起こるかわからないことに対する興味。篠田さん、いまでもワクワクしませんか?

篠田 ワクワク、もちろん忘れていませんよ。科学って、わけのわからないものが出てくるから楽しいんですよね。予定調和ではない部分がいい。

  ぼくがかつて哺乳類より昆虫が好きだった理由は、昆虫のほうが自分の想定の上をいってくれるからなんです。

篠田 昆虫は100万種の世界だといわれますからね。自分のイマジネーションの外にあるものがいっぱいいる。図鑑で南米の虫を調べてみたら、わけのわからないものが出てきて「本当にこんな虫、いるのかな?」って思いましたよ。

桝  「イマジネーションの外」っていい言葉ですね。ひょっとしたら全研究者の科学への入口はそこへの好奇心にあるのでは、と思いました。娘たちを見ていると、篠田さんやぼくが科学に興味をもつきっかけになったイマジネーションの外が、最近小さくなっているなと感じるんです。

篠田 たしかに。大人や社会が情報を与えすぎている感じがありますね。

  いまは何でもネットで調べることができます。イメージする前に情報を入手しているので、想定外ということがめったにない。だいたい想像の範疇に収まっているわけです。そのため昔よりも科学に興味をもちづらい時代なのかもしれません。だからこそ、好奇心をくすぐるフックが必要です。

篠田 桝さんはテレビでもそこをすごく意識して伝えていらっしゃいますよね。桝さん自身が驚きと発見を画面越しに視聴者に伝えることで、観ている人たちの興味が刺激されます。

ワクワクを見つける感性

  とはいえ、これだけ長く生きていても、まだイマジネーションの外のものって世の中にはたくさんありますよね。

篠田 はい。ある日、突然世の中がガラッと変わることもあります。サイエンスの世界もどんどん変化していきます。わたしの研究分野でも、古代のDNAを読み解けるようになるなんて、かつては考えられなかったことですから。

  ワクワクの種は身近にも転がっているのに、気づいていない人が結構いるんじゃないかな。

篠田 そうですね。「こんなにおもしろいことがあるのに、もったいない」と、わたしは思ってしまう。

  もっと身近なところからワクワクを発見する楽しさ、――たとえば、家の庭にあるアリの巣穴を掘ったらすごかった――といったことを子どもたちに伝えるとよいのかもしれません。

篠田 なるほどね。大人が子どもと一緒の目線で見るということも大切ですよね。あれこれ教えるという姿勢だと、子どもは「教わっている」という感じになりますが、親自身が心から楽しんでいれば、子どもには響くはず。

  我が家では、飼っているメダカの水槽のなかにイトミミズみたいなものを見つけては「すごいのがいる!」「一緒に見よう」っていちいちリアクションします。子どもが「何これ?」と言ったら、「パパも知らない!」「調べてみよう」といったように好奇心が動きだすように促します。大人だって知らないことはたくさんあるという姿勢が大切だと考えています。

篠田 ワクワクを見つける感性って、きっと子どものころに育まれるもの。そういう意味では親が一緒に不思議がって一緒に考えるってものすごく重要なことなのでしょうね。

こうした斬新な図鑑をつくれる日本人はいない!?

子どものころの図鑑体験

  篠田さんが子どものころ、どのような図鑑を読まれていたのか興味があります。

篠田 わたしの時代は、図鑑は一択で、まだ小学館のものしかなかったように思います。魚、昆虫……全部で5巻くらいしかなかったかと。桝さんのころはどうでしたか?

  ぼくの家には学研の図鑑がありました。飛行機、ロケット、船など種類は結構あり、ぼくは昆虫がいちばん好きでした。最近の図鑑はご覧になったことありますか?

篠田 国立科学博物館の研究者が図鑑の監修をすることがあるので、彼らにいまの図鑑がどうなっているのか様子を聞くことはあります。

  図鑑の存在って多様性の広がり方が尋常ではありません。自分が子どものころは選択肢が少なかったけれども、いまはたくさんあってどう選んだらいいのか悩みます。どの図鑑がいいのか、誰かにキュレーションしてほしいと思うくらいです。

篠田 わたしの時代の図鑑は、絵や写真にキャプションがついているというシンプルなものでした。

  それでも当時のぼくらはそれをつまらないとは思っていなかった気がします。

篠田 十分に楽しんでいましたよね。魚や昆虫の絵を「きれいだな」と思って眺めていました。当時のぼくらは図鑑から現実の世界に入っていたと思いませんか? 図鑑のなかに世界の広がりがあって、そのあと実際のものを見て、「ああ、こうなっているんだ」と確認する。大人になってからは自然のなかで見たものを、図鑑で調べます。どこかで逆転するわけです。図鑑や博物館は実際のものに触れる前の出合いの場なんですよね。

  いまはインターネット社会なので、子どもたちは図鑑より先に映像を見ていることが多いんですが、ぼくらの時代はそうではなかったので、図鑑に対してロマンを抱いていました。図鑑を手にしたとき「こんなものが世の中にいるのか」と衝撃を受け、それを生で目にしたとき、「本当にいた!」という順番でした。いまの時代はそれがひっくり返っていて、映像で得る情報が先で、図鑑で触れたときに、どこかで見たことあるという感覚になっているのかなと思いますね。

篠田 そうかもしれないですね。

  世の中のビジュアルの情報量がすごく増えていますよね。だからかつてのような絵や写真とキャプションだけという図鑑はもう役割を終え、今後は『ブリタニカ ビジュアル大図鑑』のようにイラストや図版を最大限に活用した図鑑が増えていくのかもしれません。

篠田  現実をどう切り取るかという手法が変わってきているんですね。

  『ブリタニカ ビジュアル大図鑑』を見て最初に感じたのは、この役割を元々果たしていたのは博物館だなと。数ある中から視点を与え、「こういう視点で見るとこう見えます」というおもしろさや好奇心をくすぐるような展示を提供する博物館のスタイルが、この図鑑にもあると思いました。

篠田 この図鑑は読者を相当意識してつくられていますよね。鼻水やうんちの話など、子どもたちが喜びそうなワードをもってきて、解説を加えています。博物館の場合は、こちらが来館者に知らせたいことをテーマとして立てますので、アプローチの仕方はちがいますが、おっしゃるとおり博物館の展示って、ただ単に剥製をおいて、キャプションを加えているだけではないんですよね。テーマを伝える、学習効果を上げるために配列や見せ方など、情報を加工しています。

一生のあいだにつくられる鼻水の量は浴槽209杯分!

  テレビ番組は「知ることの始まりは‟好き”」という感覚でつくっています。単純に「これが好き」「これがおもしろい」というところから始まり、その延長で知りたくなるという順番です。この鼻水やうんちというのも、そのものから科学を知ろうとしているのではなく、なんだか楽しそうだというところからこのページを見て、気がつけばサイエンスの世界に触れている。そうした「出口としての科学」というのは興味深いです。そのエッセンスがこの図鑑には詰まっています。科学を知ろうとしてこの図鑑を買うのではなく、このうちの1章でも、1ページでも子どもがおもしろがってページをめくってくれればよいのだと思いました。

篠田 博物館の展示は先に知らせたいことがあって、そこからどうつくってどう知らせるかという順序なので、たしかにこの図鑑の構成はおもしろいですね。とてもよく工夫されています。

  数字で示せば1行ですんでしまうところ、たとえば、一生分の鼻水の量を、バスタブを使って視覚的に伝えるという手法は非常にテレビ的です。

篠田 科博にもそうした事例があります。「1本の木にどれくらい虫がいるでしょう」という疑問に対して、生物の多様性を示すために1本の木を取ってきて、そこにいた虫をすべて標本にして並べました。現象を伝えるためにはどうしたらよいかを考えて、数や量で見せる方法をあみだしました。

  そうした展示やビジュアルは、誰かと話題を共有したくなりますよね。

篠田 かつて図鑑は一人で読むものだったように思います。わたしたちの親の世代は、子どもに良質な本を与えておけばよしという考えがベースだった気がします。この図鑑は親子で共有できそうです。

 大人も知らない、驚くようなおもしろいネタを厳選しているような印象です。この図鑑には「読む博物館」という部分もあるかもしれませんね。デザインの色づかいも斬新で、印象的です。

篠田 はい、アート本としても楽しめますね。現在、サイエンスコミュニケーションの世界でもサイエンスイラストレーションがとても重要になっています。学会の資料も、論文の図表の書き方が凝っているもの、目にパッとはいるような工夫があるものがあります。学術誌もそうした工夫があると、読んでみたいと思いますよね。

  ぼくはいまサイエンスコミュニケーションの研究をしています。いちばん難しいところは「フック」をどうつくるか。いまの時代、情報はいくらでも自分たちで集められるので、フックさえあれば、あとは自分で進んでいけます。この図鑑は、1ページ1ページに面倒くさいと思わないレベルのフックをしっかりつくっている。よくできていますよね。

AIは犬の顔とブルーベリーマフィンを区別できない⁉

篠田 宇宙から現代社会までの6章分を一冊に収めているので当然なのですが、博物館巡りでいうと、つまみ喰いしていくみたいな大胆な構成です。日本人はつい体系立てて解説をしようとするので、こうした斬新な図鑑をつくれる人はいないように思います。

  1〜100まですべてを事細かに説明してもすべてに興味をもつことはまずないでしょうから、どの入口が自分にとって最適な入口かを探す本になりそうですね。このなかに1つか2つ、興味がもてるものがあれば、この図鑑の意味はあるんじゃないかと思いますね。

篠田 図鑑ってそういうものなんでしょうね。パラパラっと見て、たくさんある項目のなかから気になるものを見つけ、そこから世界が先に広がっていく。それが図鑑のおもしろさなのでしょうね。

  この図鑑で特徴的なのは、6章にHuman World、つまり「わたしたちの世界」という章があることですよね。戦争のことや人間が開発した技術など、人間の営みについても触れられています。日本では自然科学を対象としたものが図鑑だという認識なので、こうした項目がある図鑑は初めて見ました。

戦争でどれだけ多くの命が失われたかを示すインフォグラフィック

篠田 『ブリタニカ ビジュアル大図鑑』には、「図鑑は世の中を知るためのもの」という意識があるように思いますね。

  この項目が図鑑に含まれることを当初は意外に思ったんですが、いろいろな視点で考えると、大事なことかもしれません。純粋にサイエンスが好きな子でも、一市民であり、戦争などの現実からは逃げられない、向き合わなければいけないという意味でメッセージ性が感じられますよね。

篠田 はい、考えさせられますよね。単純に工業やテクノロジーの話だけを書いているわけじゃないんですよね。現代社会全体を自然科学で捉える視点です。この章が最後に置かれていることにも意図を感じます。多くの人に読まれるようになるといいですね。

構成=川口真由美 撮影=小松士郎

篠田謙一(しのだ・けんいち)
国立科学博物館長。静岡県生まれ。専門は分子人類学。古人骨のDNAを分析して日本人の起源などを研究している。著書に『新版日本人になった祖先たち』(NHK出版)、『人類の起源』(中公新書)など多数。

桝 太一(ます・たいち)
16年間のテレビ局アナウンサーを経て、2022年より同志社大学ハリス理化学研究所専任研究所員。科学の知識を伝え、ともに考える「サイエンスコミュニケーション」を研究。大学で教鞭をとり、研究を進めるとともに、テレビや講演などで科学の面白さを伝える活動をしている。

ブリタニカ ビジュアル大図鑑
目次
第1章 はてしない宇宙
宇宙カレンダー/太陽系へようこそ/星空の地図/ブラックホールのパワー/巨大な小惑星/宇宙の終わり ほか

第2章 地球のすがた
地球の中には何がある?/火山/鉱物の硬さを測る/世界の洞窟/輝くオーロラ/深海 ほか

第3章 生きている地球
種の生き残りと絶滅/化石/巨大な木/熱帯雨林の生き物/地球の気温の変化/世界一大きな花 ほか

第4章 動物のいとなみ
最強の動物/最速の動物/壮大な渡り/動物はどれくらい眠る?/動物たちの夕飯のメニュー

第5章 人体のふしぎ
成長する頭蓋骨/全身をめぐる血液/うんちとおなら/皮膚のはたらき/人はどれくらい賢い?/DNAって何? ほか

第6章 わたしたちの世界
1秒間に起きていること/発明の歴史/オリンピックとパラリンピック/AIはどれくらいかしこいのか?/世界の人口が100人だったら ほか

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