【「静岡シネ・ギャラリー」川口澄生副支配人インタビュー 】 2024年度上半期の上映作、入場者数ベスト3を語る
静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。今回はミニシアター「静岡シネ・ギャラリー」の川口澄生副支配人へのインタビューをお届けする。同館で2024年度上半期(4~9月)に上映した映画から、入場者数が多かった3作品を語ってもらった。併せて、現在同館が実施中の、新しいデジタル映写設備導入を目指すクラウドファンディングについても聞いた。 (聞き手・写真=論説委員・橋爪充)
動員1位「関心領域」は「音の映画」
-動員1位はジョナサン・グレイザー監督「関心領域」ですね。米アカデミー賞で5部門にノミネートされ、国際長編映画賞と音響賞に選ばれました。
川口:音響賞を取ったのは大きかった。映画ファンとしては「どんな音響だろう」という興味が湧きますよね。(実際に見ても)やっぱり「音の映画」です。オープニングから焼却炉の音なのか戦車の音なのか分からないような、重低音が響いている。「映画館で映画を見る方がいいですよ」と言いたくなる映画でしたね。
-どういう映画か、おさらいしてください。
川口:ナチス政権下のポーランド南部、アウシュビッツ強制収容所の隣に暮らす、所長一家の日常を淡々と描いています。
「関心領域」の一場面(C)Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money
LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.
-強制収容所が舞台ですが、「中」の様子は映像として出てきません。でも、例えば主人公のヘス所長を捉えたショットでは、後ろの方から銃声や叫び声が聞こえます。映画を見ると、なぜ音響賞に選ばれたのか、という問いの答え合わせができるような気がします。
川口:BGMを使わず、エンドロールで初めて音楽が入るんですね。そうすると「あ、これはホラー映画だったんだ」と。ヘス所長の一家は収容所の隣に住んでいますが、期待するほど物語の起伏はない。何も起こらない。そうなると、耳からの情報で何が起こっているんだろうという想像が膨らむわけです。
-映像を見る限りドイツ人一家が「普通の暮らし」をしています。でもわれわれはその隣で何が起こっているかを、歴史上の事実として知っている。このギャップがしびれるところです。
川口:「関心領域」ってすごくいいタイトルだと思います。作品中、お父さんと息子がハイキングか何かに出かけて、「あそこに鳥がいるよ」みたいなことを言う場面がありますが、その一方で、草の向こうでは収容された人たちが追い立てられている。この時、何となく鳥の声だけが聞こえていて、小鳥を探してしまいました。自分にも「関心外」の領域があるんだなと。意識的にやったかどうかは分かりませんが、実験的なテクニックを使った作品なんだろうなと。
-「関心領域」は劇中の人物に対する揶揄とも取れますが「この作品を見ているあなたはどうなのか」という問いかけもあるように思います。
川口:いろんなことを考えさせられます。能登の地震があるのに、万博をやっていいのか、とか。監督は(イスラエルが地上侵攻している)ガザ地区のことも踏まえているのでしょう。僕らが見えていない現地の戦火も含んでいると思います。
河合優実さんにくぎ付け「あんのこと」
-動員2位は入江悠監督「あんのこと」です。どんな作品でしょうか。
川口:親から愛情を注がれずに育った少女が、売春やドラッグといった非行に走っている中、ある刑事に救われて新たな人生を歩もうとします。ところがコロナの波がやってきて…といった筋書きです。
-「SR サイタマノラッパー」シリーズ(2009年~)、「シュシュシュの娘」(2021年)などで知られる入江悠監督ですが、どんな印象ですか?
川口:インディーもメジャーもどっちも撮れる監督ですね。白石和彌さんに近いかもしれない。たたき上げでインディペンデントでやっていながら、ビッグバジェットの作品も撮れる。一度、当館に来てくれたことがあるんですが「いつかバック・トゥー・ザ・フューチャーみたいな映画を撮りたい」と言っていた。そういう野心があるんですよね。
-個人的には、脚本の題材が新聞の記事なのがいいと思いました。河合優実さんの演技も凄まじかったですね。
川口:すごい子だなと。過去にウチでやった「サマーフィルムにのって 」とかでちょこちょこ目にしていましたが、本格的にはテレビドラマ「不適切にもほどがある」で良さを知りましたね。若いうちにああいう「痛い」役をやっていると幅が広がると思います。
-2024年は、彼女の作品が矢継ぎ早に公開されていますね。シネ・ギャラリーでも「あんのこと」の他に、アニメ「めくらやなぎと眠る女」(声)や、「ナミビアの砂漠」が上映されています。
川口:「不適切」で彼女を知って「あんのこと」を見に来た方もいるんですが、かなり衝撃を食らっていると思います。「こんな役柄をやらせてほしくなかった」といった意見が出かねない役だし、演技だった。これからもっと引っ張りだこになるでしょう。俳優さんはテレビドラマ側に寄る方もいますが、河合さんは映画に比重を置く気がします。
世界に名が知れた濱口竜介監督「悪は存在しない」
-3番手は濱口竜介監督「悪は存在しない」。第80回ベネチア国際映画祭では銀獅子賞(審査員グランプリ)に選ばれています。
川口:アカデミー賞国際長編映画賞に選ばれた「ドライブ・マイ・カー」以後、世界的な監督になりましたね。
-どんな物語でしょうか。
川口:長野県のある村に、グランピング施設を建てようという計画が持ち上がりますが、事業会社と住民たちの話が合わなくなって争いに発展していくというのが大まかな筋です。施設を造ったら自然が壊れるじゃないか、汚水の処理はどうするんだ、といったことについての話し合いの場面があって。もともと住んでいた人たちの生活が脅かされる可能性があるわけです。だから簡単に首を縦に触れない。最後の最後で観客を突っぱねるような終わり方をする、不思議な見どころのある映画です。
-濱口監督は海外で評価が高いですよね。
川口:若い時期に海外に出品して小さくても受賞すると、一目置かれるんです。映画祭は上映だけじゃなくて、商談の機会でもありますから。各国の会社が買いに来ていて、海外にも広がりやすい。濱口監督の場合、プロデューサーがうまいんじゃないでしょうか。
-評価されるだけの作品を作り続けている、ということもある。
川口:是枝(裕和)さんに続く、世界に通用する監督がこんな早く生まれるとは。まだ45歳ですもんね。
-すでにアカデミー賞を取っていますが、今後のさらなる活躍も楽しみです。
川口:「悪は存在しない」ぐらいの規模感で映画を作っていってほしいですね。是枝さんや西川美和さんのように国内でのヒット、海外映画祭での受賞ということになると、新作映画の予算が上がってくるので、必然的に拡大公開することになります。そうなると、ミニシアターでかけられなくなる。これは監督が成功したということで、いい別れ方なんだけれど。一方で「もう手が届かなくなっちゃった」というさみしい心もあるんです。
-濱口監督はコロナ禍の時期に深田晃司監督とともに「ミニシアター・エイド基金」の発起に人になっていましたね。「自分は作品を作る側だけど、上映してくれるところがあってこそ」ということをきちんと認識しているように感じます。
クラウドファンディングで映写機を更新
-今回のクラウドファンディングの目的を教えてください。
川口:「サールナートホール」は1995年4月創立で、2003年12月に館内の一部を改装して「静岡シネ・ギャラリー」をオープンさせました。は2013年に三つあるスクリーンにそれぞれデジタル映写機を導入しましたが、10年が経過してだいぶトラブルが目立つようになってしまいました。保障期限が切れてしまっています。3台のうち1台を去年更新しました。今回は1階のホールの映写機を変える計画です。総額1500万円かかりますが500万円は自己資金で賄います。残り1000万円をクラウドファンディングで調達したいのです。
-映写機にどんなトラブルが発生するのでしょう。
川口:映画館業界のデジタル化完了は2013年と言われています。だいたい10年を超えると赤や緑のノイズが入るといった、小さいトラブルが出てくる。10年間はメーカーの保証契約期間なので、新品の基板を送ってもらえるんですが、それが終了してしまい、今後はメーカーの在庫がなくなる可能性もある。今のうちに更新しておくのが正しいだろうと判断しました。
-すでにかなりの反響があるようですね。
川口:SNS経由で支援してくれる方がほとんどです。劇場に来てくれる方々は意外に知らないかもしれません。ミニシアターに意識的な方や、返礼品に魅力を感じてくださる方が多いようです。