伊藤銀次【最新ライブレポート】弾き語りでもロックンロール!本編ラストは「BABY BLUE」
シティポップと呼ばれる音楽とは一線を画していた「BABY BLUE」
僕が伊藤銀次というミュージシャンの存在を初めて意識した日を、今でもはっきり覚えている。それは1983年3月18日。佐野元春『ロックンロール・ナイト・ツアー』の最終公演が中野サンプラザで行われた日だ。
ライブの熱狂が覚めやらぬまま、帰りに大きな判型のツアーパンフを購入した。そこには片岡義男をはじめとする錚々たる執筆者と共に、銀次さんも「ハートランドへようこそ!」というタイトルで寄稿されていた。さっきまで中野サンプラザのステージに立っていた “佐野元春 with THE HEARTLAND” のギタリストだが、その圧倒的なパフォーマンスとは裏腹に、とても繊細な文章を書く人だなという印象を持った。
この人は僕の知らない音楽を教えてくれるかもしれない。当時14歳だった僕はそう思い、手にしたのが前年にリリースされた『BABY BLUE』だった。そしてA面1曲目の同名曲に針を落とした瞬間、今まで感じたことのなかったドリーミーな世界にいざなわれた。部屋の空気の色が一瞬で変わった。文章と同じようにすごく繊細な印象もあったが、シティポップと呼ばれていた音楽とも一線を画して聴こえた。確かに洒脱だけれど、どこかロックの熱、静かな炎が灯されているように感じた。つまり “これは僕の音楽だ” と思った。
あれから42年。僕は銀次さんのライブ『伊藤銀次 I STAND ALONE -2025 Happy Spring-』を観るために下北沢へ向かった。会場である『440(four forty)』は、こぢんまりとしたライブバーともいえる場所だった。早い時間から往年のファンだと思われる僕より年上の人たちが客席を埋めていく。銀次さんの音楽と共に人生を歩んできた人たちだ。
1人でも圧倒的なバンドサウンド
定刻通り、テレキャスターを抱えてステージに登場した銀次さんが歌い始めたのは、アルバム『LOVE PARADE』に収録されている「Dream Time」だった。ギター1本とは思えないグルーヴが会場を包み込む。そこで44年前の僕の疑問が氷解した。1人でも圧倒的なバンドサウンド。これが僕の感じた “ロックの熱” の根源なのだろう。
銀次さんはMCでも言っていた。(1人で演っていても)“頭の中にはドラム、ベースが鳴っている。最初からバンドの音楽なんだ” と。なるほど。どんなに繊細で洒脱でも銀次さんのサウンドは、ロックバンドの匂いがする。それをオープニングから目の当たりにする。そして銀次さんは、さらにこうも言っていた。“自分がシティポップだとは一度も思ったことはない” と。そう、伊藤銀次は僕にとって、ロックンロールの人。14歳の時、朧げにそう思った感覚は間違いではなかった。
この日のライブは観客とのコミュニケーションを重視してトークも多めということで、“(テーマソング「ウキウキWATCHING」を作曲した)『笑っていいとも』の伊藤銀次です” と笑いを取るなど、飾らない銀次さんの魅力も満載。軽妙なトークと、ロックの熱を帯びた銀次サウンドが観客を魅了していった。
沢田研二への提供曲「素肌に星を散りばめて」も披露
アルバム『BABY BLUE』からは、「雨のステラ」や「センチメンタルにやってくれ」も披露。ティーンエイジャーの頃、自室にこもってレコードに針を落とした日々が現在とつながる。しかし、それはノスタルジーではなかった。銀次さんが奏でる1980年代のナンバーは全く色褪せずに、リアルなものとして目の前に存在していた。
中盤では、1983年にリリースされた名盤『STARDUST SYMPHONY '65-'83』から「ディズニー・ガール」も。大好きな曲なので思わず歌詞を口ずさんでしまう。なんて至福な時間だろう。また、この日(3月13日)は佐野元春さんの誕生日ということで、「BACK TO THE STREET」のイントロを弾きながら、当時のエピソードを語る一幕も。
さらには銀次さんがアレンジャーとして参加した沢田研二の名盤『G.S. I LOVE YOU
』で作曲も担った「I'LL BE ON MAY WAY」、そして同じく沢田への提供曲「素肌に星を散りばめて」では、80年代の歌謡界にロックを持ち込んだ大きな功績を感じずにはいられない。
本編ラストは珠玉のラブソング「BABY BLUE」
後半は、バックトラックを持ち込んで2019年にリリースされたミニアルバム『RAINBOW CHASER』から「愛をつかまえて」が奏でられる。比較的新しい曲であるが、70年代、80年代の楽曲と聴き比べても乖離がなく、銀次サウンドの普遍性を存分に感じさせてくれた。グルーヴはより厚くなり、会場は心地よい熱気に包まれる。そして本編ラストは珠玉のラブソングといえる「BABY BLUE」。優しい風が体を駆け抜けていく。
アンコールは伊藤銀次の代表曲といっていいだろう。『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』にも収録された「幸せにさよなら」。そして「Sincerely 〜いつか何処かで〜」でステージは幕を下ろした。僕が伊藤銀次の名前を知った時代の80年代サウンドは、さらに輝きを増していた。そして、やはり、銀次さんは洒脱で繊細だけど、とことんロックンロールの人。弾き語りだからこそ、その本質が全編ににじみ出た素晴らしいステージだった。