Yahoo! JAPAN

上遠野徹の自邸「札幌の家」。”北海道のミース”と呼ばれた建築家の“本家超え”の高性能住宅~愛の名住宅図鑑20「札幌の家」(1968年)

LIFULL

モダニズム建築の巨匠、ミース・ファン・デル・ローエの"あの名作住宅"に似ている?(イラスト:宮沢洋)

雪国とは思えない、ため息が出るようなシャープさ

南側外観(写真:宮沢洋)

筆者は、建築家や建築史家が住宅に対して「実験」という言葉を使うのがどうも好きではない。自分が正式な建築教育を受けていないからか、「建築の進歩のために生活を捧げるなんてまっぴらごめん」と思ってしまう。たとえそれが建築家の自邸であったとしても、そこに暮らす家族のことを考えればそんな言葉は軽々しく使うべきではないと思う。

しかし、北海道の建築家・上遠野徹(かとのてつ)が「実験住宅」と呼んだ自邸「札幌の家」は例外だ。それは、家族への愛を超えて、“雪国に暮らす人々全員に向けられた愛”が突き動かした実験だった。

モダニズム建築の巨匠、ミース・ファン・デル・ローエの"あの名作住宅"に似ている?(イラスト:宮沢洋)

…と、大げさな前振りで始めてしまったが、何も知らずに見れば、「かっこいい!」という言葉とため息しか出てこないシャープな住宅である。
上遠野徹(1924~2009年)が竹中工務店に在職中の1968年、44歳のときに完成した。上遠野はこの住宅が完成した3年後の1971年に上遠野建築事務所を設立し、2009年に亡くなるまで札幌を拠点に活動した。

“北海道のミース”とも呼ばれた上遠野徹

北東側の玄関。鉄骨の柱・梁の見せ方や、ポーチに上る階段のデザインなど、ミースの「ファンズワース邸」をほうふつとさせる(写真:宮沢洋)

この住宅はしばしば、モダニズム建築の巨匠、ミース・ファン・デル・ローエ(1886~1969年)が設計した「ファンズワース邸」(1951年)に例えられる。上遠野は“北海道のミース”と呼ばれることもあった。

札幌の家は、鉄骨造・平屋建てで、外観は水平性を強調。柱や梁の鉄骨部材を外部に露出させたデザインは、確かにファンズワースに似ている。上遠野も生前、その影響を認めていた。

ミースのファンズワース邸は究極のガラスの箱(写真:宮沢洋)

本人が認めているのにどうかとは思うが、マインドはだいぶ違うと思う。ファンズワース邸といえば、ミースが建設費超過などで施主と大揉めし、訴訟の末に売り払われたいわくつきの住宅。緑に囲まれているのに窓はごく一部しか開かず、暑さ・寒さの調節も大変そうだ。

札幌の家は、確かに見た目はファンズワース邸と似ているけれど、目指す方向は全く別のところにある。温熱環境の工夫がとにかくすごいのである。

「断熱なし」が当たり前の時代に「二重壁+断熱材」

南東側にある居間(写真:宮沢洋)

この住宅が設計された1960年代後半は、北海道の住宅であっても、断熱材を全く使用しないのが当たり前だった。使うとしても、おがくずを断熱材代わりにする程度。窓は単板ガラスのアルミサッシと木製内窓を組み合わせた二重窓がようやく普及し始めた頃だった。
そんな頃にこの家を見た建築関係者は、衝撃を受けたに違いない。

まず、構造が鉄骨造であること。鉄骨造は構造体の熱伝導率が高く、結露などのリスクを伴うため、寒冷地では避けられがちな構造だ。上遠野は、あえて鉄骨造を選んだ。

理由は室内に入ればわかる。床から天井までの大きな窓から庭の緑が見え、柔らかな光が入る。鉄骨で梁を架けることで、南側に大開口をつくりたかったのだ。強固な鉄骨による柱・梁なので、屋根を無落雪屋根(雪が滑り落ちない屋根)にして水平性を強調することもできる。ここまでは、ミースに近い考え方だ。

構造壁ではないのに分厚い外壁(イラスト:宮沢洋)

上遠野のこだわりはそこから先だ。工夫の一つが外周部の壁。壁にはレンガ(60㎜厚)とコンクリートブロック(100㎜厚)を、10㎜の空気層を挟んで二重積みにする。室内側に積んだブロックの内側には、100㎜厚の発泡スチロール板を入れ、ボードで仕上げた。

鉄骨造なので壁は構造材ではないが、壁厚は約30cmもある。外部に積んだレンガは、上遠野が好んだ素材。このときは予算が限られていたため、野幌(北海道江別市)の工場から色ムラのある不良品を安く買って使った。その色ムラが柱梁のコールテン鋼のさび色と相まって、本家のファンズワース邸にはない優しさを醸し出している。

今では北海道=レンガというイメージが誰の頭にも浮かぶと思うが、実はこの頃、「レンガ積みは地震に弱い」として新築の建物に使うことは敬遠されていたという。ここでは構造を鉄骨造とし、地面から水平に浮かした鉄骨の上にレンガ壁を積んだ。「カーテンウォール」(構造を負担しない壁)としてのレンガの使い方を示したともいえる。

窓回りには4層の空気層

分厚い窓回り(写真:宮沢洋)

工夫のもう一つは窓だ。大開口の一番外側は、高さ2100㎜の大判の複層ガラス。サッシはコールテン鋼を使い、見つけ(正面から見た幅)の小さいものをオリジナルで製作した。見つけを小さくするのは見た目のシャープさもあるが、熱伝導を小さくするためでもある。

各室に1ケ所、引き戸がある。引き戸はサッシの下方に付けたハンドルで室内側に引き寄せて、気密性を確保する。

ガラス窓の室内側には、和紙を太鼓張りにした断熱障子を設けた。さらに夜間は厚手のカーテンを閉めて冷気を防ぐ。つまり、空気層は「複層ガラス」「二重窓(ガラスと障子の間の空間)」「断熱障子」「カーテン」の4層となる。季節や天気によって、これらを開け閉めして室温を調整する。

床は120㎜厚のコンクリート躯体の上に銅管を敷設して、温水を流す床暖房とした。寒冷地での床暖房の先駆けだ。温水によるファンコイルユニット(熱交換式の送風機)も設置したが、上遠野が温風を不快に感じたため、二十数年間は床暖房のみの運転だった。70歳を過ぎた頃になって、ようやくFF式灯油ストーブを1台、居間に設置した。

暖房を止めても室温が急激に下がらない

障子を開けても閉めても気持ちがいい(イラスト:宮沢洋)

「冬が良ければすべてよし」と上遠野は語っていたという。その言葉が建築家の自己満足でなかったことは、近年の実測調査で実証されている。

札幌市立大学が2020年の冬に行った調査では、外気温が-5~5℃の日に、床暖房と日射、ストーブ1台で日中の室温(居間や寝室)は15~25℃に保たれた。驚くのは、すべての暖房を止めた夜間でも10~25℃だった。これは壁や窓の断熱性能の高さを物語っている。

居間の障子を閉めた状態(写真:宮沢洋)

上遠野自身はこの家の話をするときに「実験」という言葉をよく使った。妻も、「この家は未完成」と話していたという。だが、生活するうえで何かが大きく破綻しているということは決してない。常に工夫しながら使い、その経験をその後の住宅設計に存分に生かしたという意味での「実験」あるいは「未完成」という位置付けなのだろう。

1つだけ難を挙げるとすれば、この家のデザインと性能が高みに達し過ぎていて、後から追う者は同じことをやりづらいということだろうか。

いや、近年になって北海道出身の建築家が数多く活躍するようになったのは、この住宅を乗り越えたいという“本家超え”の意識が芽生えるからかもしれない。それも上遠野の愛がもたらしたひとつの成果だろう。

■概要データ
札幌の家(上遠野徹自邸)
所在地:札幌市
設計:上遠野徹
階数:地上1階(増築棟は地上2階)
構造:鉄骨造
敷地面積:1387.70㎡
延べ面積:165.10㎡
竣工:1968年(昭和43年)、1982年に増築

■参考文献
『建築家の清廉』(上遠野徹+上遠野徹と漸進する会著、建築ジャーナル、2010年)
「『札幌の家・自邸』の試み」(宮城島崇人著)https://madoken.jp/series/15026/
INAX REPORT No.172「上遠野徹 札幌の家」(中村好文著)
「建築家 上遠野徹『札幌の家・自邸』の冬季の熱環境と設備に関する考察」(廣林大河、中谷航平、斎藤雅也、上遠野克)

南側外観。現在は、上遠野徹氏の息子で建築家の上遠野克氏(上遠野建築事務所代表)が隣に事務所を構え、この家を管理している(写真:宮沢洋)

【関連記事】

おすすめの記事

新着記事

  1. 小岩駅前の昭和レトロな『喫茶 白鳥』のチョコレートパフェとナポリタンを満喫〜黒猫スイーツ散歩 小岩・新小岩編2〜

    さんたつ by 散歩の達人
  2. 鬼リピしそうな予感……。種ごといける「ピーマン」の抜群にウマい食べ方

    4MEEE
  3. 新潟県見附市の蔵で火災、母屋の一部にも類焼

    にいがた経済新聞
  4. 沖縄北部「やんばる」の森にフューチャー

    東京バーゲンマニア
  5. <奨学金批判>「子どもの学費を親が出すのは当然!借金なんてダメ」という考えの人に欠けている視点

    ママスタセレクト
  6. 三浦宏規、高橋颯らミュージカル『ジェイミー』稽古場披露イベント開催!フジテレビにて特別番組の放送が決定

    SPICE
  7. えっ、まさかの場所に!? 関西の意外なスポットに「すみっコ席」誕生

    anna(アンナ)
  8. 話題の「100チェロ」を描く音楽ドキュメンタリー 『Music Beyond Borders ソッリマと150人のチェリスト』が放送

    SPICE
  9. 【無印良品】こだわりたっぷりの新作バウムが発売中♡「美味しすぎて声でた」「感激する」などの声も!

    4yuuu
  10. 【すてきな山小屋】個性いろいろ、尾瀬の山小屋6選。季節を変えて何度も訪れたい!

    さんたつ by 散歩の達人