『全裸監督』がやってのけた、「汚さ」の表現。【Netflixジャパン 坂本和隆✕ほぼ日 糸井重里対談】
先日、糸井重里は、六本木にあるNetflixのオフィスを訪れました。「Netflixの坂本さん」に、会うために。ご存知ですか、「Netflixの坂本さん」。『全裸監督』、『今際の国のアリス』、『First Love 初恋』、『サンクチュアリ-聖域-』をはじめ、数々の「Netflixオリジナル実写作品」を企画し、世界的なヒットに導いてきた、日本コンテンツ部門のトップ。それが、Netflixの坂本和隆さんです。糸井は、『サンクチュアリ-聖域-』の江口カン監督など、たくさんの方が「Netflixの坂本さんが進めてくれたいい仕事」について話すのを聞いていて、ずっと、「その人に会って、話を聴いてみたい」と思っていたのです。「日本のNetflix」というチームは、どうして一緒に仕事をした人たちから信頼されるのか。「コンテンツを生む」ことを生業とするふたりの対談は、互いに何度も頷きあうように進んでいきました。第4回です。
糸井
僕、『全裸監督』を観ていたときに、「ああ、このシリーズは、映画会社にも、テレビ屋にも、広告屋にもできなかったことをやってのけた」と感じたことが、ひとつあるんですよ。
坂本
えっ、なんでしょう。
糸井
「汚さ」です。「汚さ」の表現です。
坂本
「汚さ」?
糸井
そう。ちょうどいい汚さ、ちょうどいい成金ぶり。「日本で本当に見かけそうな汚さ」とか、「金持ったやつが、本当にやりそうなこと」をやるんですよ。もう、めちゃくちゃうまかった。僕は昔広告をやってたとき、広告の世界で表現される「きれいさ・汚さ」がものすごく気になってたんです。例えば、恋人と仲良くなりはじめた人が部屋に招くときに、どういう部屋が映し出されるかといったら、小綺麗な洋風の部屋なわけですよ。家具があんまりなくて、ドアを開けながら「狭いけど」と言うんだけど、その狭さはやっぱり「広告の狭さ」なんです。実際にはそんなきれいな部屋じゃない。マンガの本が散らばってたり、食べかけのゴミがそこらにあったり、そういったもの全部片づけたとしてもCMやテレビドラマの部屋のようにはなかなかなんない。一方で、そういう部屋に住めない人の貧しさを描くときには、急に『おしん』の世界までいっちゃうんですよ。思いっきりボロボロにする。裸電球をぶら下げたりしてね。僕には、どっちも嘘のようにしか思えなかったんです。「きれいさや汚さを表現する」ことについて、クリエイティブがなかったんですよね。『全裸監督』はそこが本当にうまくて。監督も役者もヘアメイクも背景大道具も、どうしてみんながみんな同じ世界観を共有して表現することができたんだろうって、ずっと気になってました。
坂本
ああ、なるほど、おもしろい。うれしいです。あの、もちろん、監督の強い引き出しというのはまず大前提として、そのあたりは、映画にしてもドラマにしても、僕らが「準備」に相当の時間をかけている、というところがあるかもしれません。とくに企画の立ち上げから制作に入る前の期間は、相当潤沢に設けていると思います。僕らはテレビドラマのように撮りながらコンテンツを出していくわけではなく、全部の脚本を整えて、全部の撮影工程を終えて、全話に各国の字幕をつけて、というプロセスで動くので、走り出す前の段階で「どういうおもしろさを、どうつくるのか」が具体的に見えている必要があるんですよね。
糸井
「そこは全部、準備の段階でできてるよ」ということが、走り出す保証になるわけですね。
坂本
おっしゃるとおりです。なので僕たちは脚本に入る手前の段階で、「ストーリーバイブル」という「作品の教科書」のようなものを用意して、作品のトーンだったり、キャラクターごとの背景だったりを、それぞれ数ページにわたって言語化したりしているんですね。
糸井
はあー、作品ごとに。
坂本
はい。少なくとも僕らから発案する企画においてはそうした資料を用意するようにしています。一つの作品をつくるとなると、宣伝部含めて何百人、何千人の人が関わることになっていくので、どんな立場の人でもそれを見れば「この作品はどういうことやりたいのか」がわかるような、ビジョンの意思統一のための資料をつくるために、相当時間をかけさせていただいているというか。
糸井
それは言ってみれば、「ここまではオーソライズしてあるから直さないでくれ」っていう、建築の骨組みですよね。
坂本
そうですね。わかりやすく言うと、はい。
糸井
そのうえで、「ドアノブは変えていいよ」みたいなことは、山ほどあるわけですよね。
坂本
もちろん、そうです。そこはもう、本当に現場でどんどんアップデートして。
糸井
「決められたセリフをちっともそのまま言ってくれない役者さん」とか、そういう人の居場所はあるんですか?
坂本
もちろんです、もちろんです。コンテンツって本当に「水もの」で、そのときの環境とコンディションでいろんなことが変わりますし、その変化に合わせて常にアップデートしていくべきなので、ストーリーバイブルが全てということでは全くありません。逆にチームにもよく話すんですけど、ガチガチにルール化しすぎると、やっぱりダメなんですよね。
糸井
そうですよね。昔のマンガで、平井和正さんと石森章太郎(石ノ森章太郎)さんの『幻魔大戦』ってものすごくおもしろいのがあるんだけど、最終的には、収拾がつかなくなって終わったりしていて。でも、そんなことは多々あるんですよね。赤塚不二夫さんのマンガとかも、どうなるのかご本人もわからずに描いてたり。僕なんかは案外その時代の人たちの影響受けてるから、「主人公が動いちゃったんだよ」みたいなことってやっぱり大好きなんですけど、そういう良さも、混ぜ込んでいるんでしょうね。
坂本
そこのバランスは、すごく気をつけるようにしています。やっぱり過去のNetflixのヒット作も、多くは「予測がつかないもの」だったので。視聴者の「想像を超えていく瞬間」をつくっていくためには、僕ら自身も想像の範疇に収まらないものをつくっていかなきゃやっぱりダメで。
なのでストーリーバイブルもあくまでも、「自分たちがやりたいことの提示」という役割ですね。僕らは撮影前にカメラテストとかもして、どういうカメラアングルで、レンズで、照明の暗さで、みたいなことも全員が事前に理解したうえで本番に入っていくようにしているんですけど、そういう意思疎通をとにかく丁寧にやるためにも、目指す世界観を共有できる資料を用意しよう、という意識で。
糸井
言ってみれば、みんなが「同じ辞書」を持ってるわけですよね。それを照らし合わせて、「俺にとってのこの言葉、おまえのそれだけど、どうする?」みたいなやりとりが行われていくような。
坂本
そうなんですよ。それこそベテランのカメラマンになると、「ふざけんな、そんなことやらせんのかよ」って怒られたりすることもあったんですけど、「いや、でもちょっと1回やってみましょう」ってことで一緒にシミュレーションしたりして。
「その作品に求める世界観」を実現するために、いきなり打席に立って打つんじゃなくて事前に「同じイメージ」を共有することに時間をかけようよ、という価値観に会社として重きを置いているのが、糸井さんに汚さの表現をご評価いただけた一番の理由なんじゃないかなと思います。
糸井
はい。ものすごく、納得です。
坂本和隆(さかもと・かずたか)さんのプロフィール
坂本 和隆 (Kaata SAKAMOTO):1982年9月15日生 / 東京都出身。Netflix コンテンツ部門 バイス・プレジデント。Netflixの東京オフィスを拠点に、日本発の実写とアニメ作品のコンテンツ制作及び、ビジネス全般を統括。日本における最初の作品クリエイティブ担当として2015年に入社後、Netflixシリーズ「今際の国のアリス」「First Love 初恋」「サンクチュアリ -聖域-」「幽☆遊☆白書」など、多くの実写作品を担当。
「Devilman Crybaby」「リラックマとカオルさん」「アグレッシブ烈子」などの幅広いアニメ作品も仕掛け、日本市場におけるNetflixの作品群拡大に貢献。2021年6月より現職。
2025-04-10-THU