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「恋文横丁」の頃から続く台湾料理の名店の歴史と、街の変貌。渋谷『麗郷』<後編>【街の昭和を食べ歩く】

さんたつ

後編P5132645麗郷

文筆家・ノンフィクション作家のフリート横田が、ある店のある味にフォーカスし、そのメニューが生まれた背景や街の歴史もとらえる「街の昭和を食べ歩く」。第4回は「100年に一度」といわれる大規模開発が進む渋谷の台湾料理店『麗郷(れいきょう)』で、昭和の頃から変わらないおいしさを保ち続ける【腸詰(煙腸)】と【シジミ(海蜆)】。後編では、恋文横丁から始まる店の歩みとそのルーツにフォーカスします。

麗郷(れいきょう)

美しい店名の由来

『麗郷』の名物のひとつ、シジミ(海蜆)1320円。

ちゃりんちゃりんとシジミの殻を皿につみあげ、ひと心地ついたところで『麗郷』の店主・呉銓章(ゴセンショウ)さんに聞く。「麗郷」、この美しい店名はどこから来たのでしょうか。

「実は、私の妹の名から取っているんですよ」

店主の呉さんにお話を伺った。

なんともこちらもまた美しい由来ではないだろうか。妹さんの名は「香」で、中国語の「郷」と発音が同じなのだ。そして開店の由来も聞く。

「私の母がね、『恋文横丁』のお店に勤めていて、そのあと、横丁に自分の店を出したんです」

「恋文横丁」、こちらも美しい名である。だが美しいだけの歴史ではなかった。ごく簡単にいきさつを記すと、はじまりは終戦直後にさかのぼる。

ルーツの異なる人々が集う「恋文横丁」

まず戦中の山の手空襲によって渋谷が焼け野原になってしまった時代があった。やがて、現在の『109』を頂点として道玄坂と文化村通りの二辺で挟まれた三角地帯のあたりには、焦土の上におびただしいバラック長屋の店が建ちはじめた。たちまち迷路のような入り組んだ路地ができ、無秩序に店が並ぶマーケット街となっていった。いわゆる闇市である。そこでは、台湾人たちも大勢商売をやっていた。

1958年3月時点の恋文横丁(写真提供=渋谷区)。

復興の途上、日本側商人と対立するほどに加熱したこともあったのだが、やがて融和して、台湾人に限らず、大陸からの引揚者が餃子屋を出したり(「珉珉」など)、ほかの国の人々もなかよく集う一角となっていった。

「ああそう、ロシア料理店などもあって、店の外では鶏を飼っていたりね」

ルーツの異なる人々が集いながらも、どこかほのぼのとしていた路地の風景を、昭和18年(1943)生まれの呉さんはよく覚えている。

そのころ、一角には世にも珍しい「恋文」の代筆屋さんがあった。英文で来たラブレターを翻訳し、返事も英文で書いてやる奇妙な商売。こんな商売ができたのは、ラブレターを次々に持ち込んでくる日本人女性がいたからだった。彼女たちが手紙をもらったり出したりする相手は、おもに進駐してきた米兵たち。女性たちにはいろいろな境遇の人がいたが、戦後間もない時期に多かったのは、自分を売らざるを得ない女性たちだった。代筆したのは元陸軍中佐。そうした人々の悲喜こもごもを、作家・丹羽文雄が小説『恋文』として結実させ、昭和28年(1953)には映画化もされ、一気にこの飲食街が知られることとなった。ここから横丁の名がついた。

1962年2月時点の恋文横丁(写真提供=渋谷区)。

いまのように多様性などいう言葉が叫ばれるよりはるか以前から、さまざまな出自の人々を受け入れてきた一角なのである。海を渡ってきた人々がこうしたカスバのような場所で商売するとき、故国で厳しい生活環境に置かれ、そこから逃れるために来たとイメージしがちだが、実際そういう人もいたにせよ、台湾人は、留学のために日本へ渡り、その後商売をはじめた人もたくさんいるなど、事情は一様ではない。呉さんの出身も意外だった。

清朝の官僚だった曽祖父の時代から受け継ぐ台湾料理

店の二階へ上がる階段の脇に、一枚の肖像画が飾られている。

一瞬、明か清の皇帝を描いたもの?と思ったけれど、まったくの見当違いでもなかった。

「あの絵は、私の曽祖父を描いたものです。昔、清朝の官僚をやっていたんです。台中にあった家には料理人を何人も雇っていたようです。四合院(しごういん)の家で。それと、台湾はレンガの建物も多いのですよ」

中庭を作り、四方を壁で囲んだトラディショナルな中国の建築様式が四合院だ。紫禁城も巨大な四合院の形式である。そしてなるほど、『麗郷』のレンガ造りも台湾の建物から影響を受けていたのだった。

海を渡り、マーケットで店をもった呉さんの母は、かつて家に幾人もいた料理人たちから受け継いだ料理を出し、昭和30年の最初から中華料理ではなく、当時珍しい呼称だった「台湾料理」を掲げ、現在に至っている。この店はそうした自家のルーツの矜持(きょうじ)をもって店を開け続けてきたわけである。

「昔の渋谷というのは、大人の街だったね」

呉さんは昭和の渋谷を懐かしむ。「恋文横丁」は「恋文横丁此処にありき」と刻んだ記念碑だけが残り、あたりはビル街となった。そしていま、大規模開発により駅前の姿が変貌し続け、店の立つ道玄坂一丁目界隈も再開発計画がある。それでもどうか、どっしりとしたレンガ建ての大人の店は、これからもずっと変わらずにいてほしい。それが、いかなるルーツの人をも受け入れてきた渋谷の美点なのではないかと思う。

麗郷(れいきょう)
住所:東京都渋谷区道玄坂2-25-18/営業時間:12:00~15:00・17:00~23:00(土・日・祝は通し営業)/定休日:無/アクセス:JR・私鉄・地下鉄渋谷駅から徒歩3分

取材・文・撮影=フリート横田

※店名の「郷」は正確には旧字表記。

フリート横田
文筆家、路地徘徊家
戦後~高度成長期の古老の昔話を求めて街を徘徊。昭和や盛り場にまつわるエッセイやコラムを雑誌やウェブメディアで連載。近著は『新宿をつくった男』(毎日新聞出版)。

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