鳥取最大の港にある角打ちで、極上すぎるサーモンをいただいた! 境港『松下酒店』
「角打ち」というのをご存じだろうか? 普通の酒屋は酒だけ売っているだけだが、稀(まれ)にその店のちょっとしたスペースに酒瓶ケースをひっくり返してテーブルやイスにして、そこで買った酒を飲ませてくれる酒屋があるのだが、これが角打ちである。これがまた、子供の頃の駄菓子屋みたいな懐かしい雰囲気なところが多くてたまらないのだ。缶詰や乾物なんかもあって、それをチビチビとやりながら酒を飲む。たまに店主がもらいもののつまみなんかを振舞ってくれたり、普通の居酒屋とはまったく違うものだ。「サクッと飲んで、サクッと帰る」これが角打ちの流儀。ただ、最近は本当にこんな角打ちがなくなってきた。ちょっと昔は旅なんかしていると、よく見かけてそのまま飲みに行ったものだが……。
生まれて初めての米子
生まれて初めて鳥取県米子へやってきた。新幹線も通っておらず、陸路からだとなかなか行く機会がなかったが、思い切って飛行機で行ってみることにしたのだ。
正直に言うと、米子周辺には何があるのかと聞かれれば回答に困るところもあるが……事前に調べていて「ここに行ってみたい!」というところを発見した。
それが米子から電車で50分ほどのところにある港町・境港だった。
鳥取県最大の港町「境港」へ
境港といえば、漫画界のレジェンド・水木しげるの育った街で有名だが、それに偽りなしの街並み。
駅前の施設の巨大な『ゲゲゲの鬼太郎』壁画からはじまり、「水木しげるロード」なる商店街には、ところかしこに妖怪のオブジェがある。
その道と沿うようにして「境水道」の港があるのだが、ここが本当に美しい。対岸の半島との距離が近すぎず、遠すぎずで、海の青と山の緑とのコントラストがすばらしい。
半島の先には、えびす様の総本宮「美保神社」があり、独特なゆっくりとした時間が流れている。
ああ、ここで1泊したい。水木しげるロードのちょっと古びた旅館に荷物を置いて、そこから近くの酒場へ繰り出す。ほろ酔いのまま、夜の境港の波止場で火照りを覚ます……最高だ。
そんな妄想をしながら、何度も水木しげるロードを往復していると……ん? これは──。
おおっ、いい酒屋だ。目の前に現れたのは『松下酒店』だ。商店街の一角に、なんとも昭和風情の酒屋を発見。そうだ、ここで缶チューハイでも買って、境港でしっぽり飲もう。
さっそく中へ入り、奥の冷蔵庫を目掛けてすすむ。キンキンに冷えた宝焼酎ハイボールを選び、レジへ持っていくと、あることに気が付いた。レジの奥に“酒が飲めそう”なスペースを見つけたのだ。
「あのう、もしかしてそこでお酒飲めたりしますか?」
「はい、いいですよ~」
会計をしてくれたお姉サマが、当たり前のように言う。わっ、それって角打ちじゃないか……! こんな素敵な港町の酒屋で、角打ちができるなんて……にわかに、テンションが上がる。角打ちできるスペースには店の外から入れるらしいので、さっそくそこへ向かった。
おおっ、グラマラスに寝そべる「ねこ娘」のベンチの奥がそうか。暖簾(のれん)ではなく、昭和チックな白レースを割って中へ入った。
あらま、なんて素敵な角打ちスペース! 二畳ほどの空間には、無機質なコンクリートの床とステンレスのL字カウンターがある。これこれ、これが私の思う角打ち空間だ。
レジからさきほどのお姉サマと、もうひとり店の女将サンがやってきた。
「すいません、今日はおつまみが少しありませんが……」
と、並んでいるおつまみコーナーを見ると、確かに品数は薄い。いいんです。角打ちはレストランでも料亭でもないのだ。あるもので楽しむのがいいのだ。
選んだのはスモークナッツとまぐろのホルモンだ。少ないけれど、なかなかマニアックなラインアップ。
スモークナッツは、マカダミアナッツ、クルミ、アーモンド、カシューナッツなど、コクや渋み、香ばしさや甘みなどバラエティ豊か。ほんのりと燻(いぶ)された香りがたまらない。
そして、はじめて食べたまぐろのホルモンが抜群にうまかった。レア感のあるホルモンは、しっとりとした食感でいて舌にとろけるような旨味。味噌仕立てで、しっかりとしたしょっぱさが、これもまた酒を誘う。
頃合いよく「日本酒もありますよ」とお姉サマが仰るので、そのメニューを見ると、「日本酒の飲みくらべ」があり、すべて鳥取と島根の酒で、そこから3種類選ぶとのことだが……悩みますねえ。
悩んで選んだのが、島根県安来(やすぎ)の「月山 芳醇辛口」と鳥取県琴浦の「鷹勇 強力」、そして島根県邑南(おおなん)の「死神」だ。「月山」は口に含んだ瞬間、濃厚な風味とガツンとした口当たりがいい。「鷹勇」はスッと軽めの酸味と共に、名前の通り日本酒の力強さが楽しめる。物騒な名前だが、最近は全国的にも有名になった「死神」は、名前らしからぬフルーティーさと上品さを兼ねそろえている銘酒。こんな死神なら、取り憑(つ)かれてもいいかもしれない。
うまいなあ……チビチビと、惜しみながら酒を減らしていく。
「やっぱり、お兄さんも海鮮食べに来たんですか?」
しみじみと飲む私に、お姉サマから声をかけていただく。やはり港町、ここへ来る観光客の目的と言ったら、やはり海鮮グルメになるのだろうが……。
「いやあ、港が見たくて来ました」
「へえ、港に?」
「めちゃくちゃきれいな港でびっくりしました!」
「それはよかったですねえ」
女将サンとお姉サマとの会話が楽しい。おふたり曰く、とにかくこの街は「海の幸」と密接だという。
一般的な魚はもちろん、ベニズワイガニやハタハタ、ボラなども食べる。港で釣りをすれば、平気でヒラメも揚がるらしい。味も抜群で、ブリは脂が非常に多く刺し身だと醤油を弾くほど。そんなブリを、結婚式の贈り物にするのが通例だという。本マグロも有名で、水揚げがあるとその“内臓”を大量にもらい近所に配る。タイミングが合えば、店からのサービスとして振る舞うことがあるというからうらやましい。
「ちなみに、今日はその内臓ありますか……?」
「あはは、今はちょっとないのよねえ」
そりゃそうだ。そんな簡単に、本マグロの内臓なんかいただけるわけがない。次に来た時にいただければいいなあ、などと思っていると……。
まさかの極上サーモンをいただくことに!
「サーモンなんてどう? 冷凍だけど」
「えっ、サーモンですか!?」
思ってもいなかった展開。境港では養殖されたサーモン(ギンザケ)も有名らしく、その活締めされた冷凍モノを分けていただけるという。女将サンが奥の冷凍庫からパック詰めにされた冷凍サーモンを持ってくると、それを受け取ったお姉サマが水で解凍し、手早く切り身にした。本当に振る舞い慣れている。そんな、偶然いただくことができたサーモンが、こちら!
わあっ、これぞサーモンピンク! 解凍直後とは思えないほど鮮やかな色合い。表面は、脂がキラキラと輝きしっとりと上品だ。辛抱たまらず、ひと口いただくと……。
うまいっ、なんという旨味だ! とにかく“舌ざわり”が素晴らしく、ネットリとしたバターのようにとろけるようだ。一緒にいただいた鳥取の甘いさしみ醤油とベストマッチで、いままで食べてきたサーモンの刺し身は一体なんだったのかと疑問に思うほどだ。
お姉サンはこの店でいまの旦那さんと出会ったこと、米子と松江は他県だけど仲良しなこと、鳥取は災害も少なく住みやすい街だということ……はじめて訪れたとは思えないほどの楽しい時間。いいなあ、こんな気さくな感じが角打ちっぽい。
結局、2時間以上の滞在となった。“サクッと飲んで、サクッと帰る”とは程遠いが、最高のひと時だった。
やっぱりいいなあ、角打ち。
松下酒店(まつしたしゅてん)
住所:鳥取県境港市松ヶ枝町49/営業時間:9:00~19:30/定休日:不定/アクセス:JR境線境港駅から徒歩6分
取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)
味論
ノンフィクション酒場ライター
1979年東京都生まれ、秋田県育ち。酒場紹介サイト「酒場ナビ」主催。「さんたつ公式サポーター」を経て2023年より執筆中。趣味は全国のレトロ建築めぐり。