「地域公共交通計画」作成のポイントとは? 国交省による「アップデートガイダンス」から解説
地域交通のマスタープランとなる「地域公共交通計画」
近年、全国的な人口減少や運転手不足の深刻化などによってバスや鉄道など公共交通機関の維持が難しくなっている。一方で高齢者の運転免許返納の増加といったことから、公共交通の依存度は増しているという側面もある。
地域における移動手段の維持・確保は、まちづくり、観光振興、健康、福祉、教育、環境などさまざまな分野で大きな効果をもたらす。それゆえ、地方公共団体が中心となって、地域戦略の一環として取り組んでいくことが重要だ。
その取り組みの一つとして、地域交通のマスタープラン(基本計画)となるのが「地域公共交通計画」だ。これは、地域における住民の移動手段を確保し、持続可能な公共交通を実現するために、地方公共団体(市町村や都道府県)が中心となって策定する計画である。交通事業者や住民などの地域の関係者と協議しながら、その地域にとって「望ましい公共交通サービスの姿」を明確にし、その実現に向けた具体的な取り組み(事業)や目標などを定める。
国土交通省は、地域公共交通計画の作成・アップデート(改訂)に役立つサイト「MOBILITY UPDATE PORTAL」を2025年5月28日に公開した。
アップデートガイダンスとは
同サイト上で地域公共交通計画の作成・アップデートに役立つのは、「アップデートガイダンス」ページだ。計画を効果的なものにしていくには、自治体や交通事業者のほか、医療、福祉、教育、観光、経済など多様な関係者が連携して地域交通を構築することが不可欠となる。「アップデートガイダンス」は、これから地域公共交通計画の作成や改訂に取り組む関係者が、アップデートの進め方を理解し、実践できるよう支援することを目的としている。地域公共交通計画の作成・アップデートを進める手順を以下の6段階に分け、重要なポイントを「概要版」「手順書」「データ活用の手引き」の3点から解説している。
1. 枠組みの検討
2. 現状診断
3. 地域交通が目指す姿の設定
4. 施策の設定
5. KPI・目標値の設定
6. 評価
アップデートガイダンス概要版
概要版は13ページのPDFで、特に「現状診断」と「KPI・目標値の設定」を中心に解説している。現状診断では居住人口や高齢者人口、バスの区域情報などのモビリティデータを活用し、地域の実態分析を進める。例えば高齢人口と病院の位置情報を重ね、移動の出発地・目的地の分布状況を把握することが挙げられる。
KPI(重要業績評価指標)は、事業の進捗や効果を測る指標であり、公共交通の例としては「移動アプリの利用率」や「顧客の移動距離・時間」がある。概要版では、「公共交通サービスによる人口カバー率」といった施策の進捗・効果を説明しやすい10のKPIを紹介している。
アップデートガイダンスの手順書
手順書は34ページにわたり、6段階の作業手順を概要版よりも詳細に解説している。例えば「枠組みの検討」では、計画の骨格を作成し、「基本的な方針」「計画区域・計画期間」「施策・事業」「KPI」「PDCAスケジュール」の5つの構成要素に分け、各段階の検討内容を具体的に示す。評価においては、決定協議会の定期的な議論や検証方法も紹介しており、計画を実効性あるものとするための具体的な指針が提供されている。
アップデートガイダンスのデータ活用の手引き
こちらは46ページに及び、特にモビリティデータの活用が重要となる「現状診断」「KPI・目標値の設定」「評価」のデータ取得や分析の方法を解説している。この手引きは、上記の手順書とセットで活用することを前提に作成されており、同書に対応した構成になっている。
今回は、アップデートガイダンスのなかから、現状診断のポイントをまとめた。自身の地域の公共交通の状況を判断するにあたって、どのような要素に着目したらよいのか、参考にしてもらいたい。
地域公共計画のポイント①人口情報
「人口情報」は、特定の地域に居住する人々の詳細を把握するために不可欠なデータだ。具体的には、居住人口(夜間人口)、高齢者人口、従業者数といった要素が含まれており、これらの情報は「どこに」「どのような属性の人々が」「どれだけ」生活・活動しているかを明らかにするうえで重要となる。この情報を分析することで、どのような地域交通サービスが求められているかを具体的に検討することが可能となる。
この人口情報では、移動の出発地や目的地の分布状況を把握することができる。さらに踏み込んだ分析として、地域交通のターゲット層を明確にするため、年齢層や職業(特に学生など)といった属性別に人口分布を整理する必要がある。
また、将来的に移動手段の確保が特に必要となる可能性のある地域を特定するためには、国土数値情報やe-Statの将来推計人口のデータを活用することも検討したい。
地域公共計画のポイント②地域特性情報
「地域特性情報」には、事業所数、立地適正化計画で定められた拠点や軸、医療機関、福祉施設、学校、観光資源などの施設分布情報に加え、標高や勾配といった地勢情報が含まれる。これらの情報から、通院や買い物といった活動別に目的地を把握し、地域交通サービスを確保すべき地点を明確にすることができる。
地域特性情報を分析することで、移動の出発地や目的地などを詳細に把握できる。これを人口情報や交通ネットワーク情報と重ね合わせることで、交通サービスが行き届いていない「交通空白」の実態や、立地適正化計画における「公共交通軸」との整合状況を具体的に把握することが可能となる。
また、国土数値情報や都市計画基礎調査を用いて土地利用情報を整理し、市街地や居住地の分布を確認することで、路線定期運行や区域運行の導入可能性といったサービス設計の方向性の検討にもつながる。
具体的には、歩行の障壁となる傾斜や、山・川の配置といった地理的要因も考慮に入れることで、より現実的な交通計画を立てることができる。さらに、道路情報(渋滞発生情報・交通事故発生情報)や防災関連情報(ハザードマップ、避難所情報)といったデータも活用することで、交通安全の向上や災害時の迅速な避難・救助に対応した施策を検討できる。
地域公共交通計画のポイント③交通ネットワーク情報
「交通ネットワーク情報」には、鉄軌道、バス、タクシー、デマンド交通、公共/日本版ライドシェアといった地域交通サービスの系統や区域情報が含まれる。既存の地域交通サービスや、将来的な構想を把握することは、交通サービスが不足している「交通空白」の実態を特定し、まちづくりの指針である立地適正化計画で定められた「公共交通軸」との整合性を確認するうえで効果的だといえる。
「交通ネットワーク情報」を人口情報や地域特性情報に重ね合わせることで、交通空白の具体的な状況や、公共交通軸との連携状況を視覚的に把握することができる。
例えば、鉄道駅やバス停留所の徒歩圏域を設定することで、交通空白の範囲をより明確にすることが可能だ。さらに、スクールバスや各種施設送迎サービスなど、公共交通以外の輸送手段の運行実態も併せて分析することで、実質的な交通空白の状況をより詳細に把握できる。GTFS-RTデータなどを活用すれば、頻度や速度の安定性が低い区間や便を特定し、サービスの改善点を見いだすことも可能だ。これらのデータは国土数値情報、GTFS-JP、交通事業者、自治体内各担当部署から取得できる。
「交通空白」の判断は、地方公共団体が地域の実情を考慮して個別の判断基準を設ける必要があるが、全国的なモニタリングの観点からは、バス停・地域の鉄道駅から500m以遠の地区(1日6本未満の路線は除く)や、区域運行(デマンド交通・公共ライドシェア等)の区域外の地区がサンプル指標として挙げられている。判断にあたっては、高齢者や障がい者といった利用者の属性、通学や通院といった移動目的、朝夕の通勤・通学時間帯や夜間といった運行時間帯、さらには急勾配の坂道や河川などの地形条件も考慮することが求められる。
地域公共交通計画のポイント④交通サービス利用情報
「交通サービス利用情報」は、鉄軌道、路線バス、コミュニティバス、タクシー、ライドシェア、デマンド交通など、各種交通サービスの利用実績を示すデータである。この情報は、既存の交通サービスを見直す際に、最も直接的かつ基本的な根拠となる情報だろう。
利用実績の情報を、人口、地域特性、交通ネットワークの情報に重ね合わせることで、地域における交通サービスの需要と供給の間に存在するギャップを具体的に把握することが可能となる。
特に、ICカードデータなどが利用できる場合、利用時の乗車記録(乗降地点・時刻、利用金額など)を詳細に把握できるため、人々の出発地から目的地までの流れを示す情報を整理することが可能となる。また、「平均乗車密度」や「輸送量」といった指標を用いることで、運行の効率性や、地域交通サービスによって恩恵を受けている人々の規模を客観的に評価することができる。これらのデータは輸送実績報告書、鉄道輸送統計調査、交通事業者、自治体内各担当部署から取得できる。
加えて、「公共交通分担率」も重要な指標である。これは、公共交通を用いた移動総数を全交通手段での移動総数で割ったものであり、通勤・通学における利用交通手段の比率などから算出可能である。アンケート調査、人流データ、国勢調査、都市圏パーソントリップ調査、全国都市交通特性調査などが算出に使用できるデータとして挙げられている。この分担率を分析することで、「自家用車を利用せざるを得ない住民」を把握し、潜在需要情報と組み合わせて、自家用車から公共交通への転換余地を検討することができる。
地域公共交通計画のポイント⑤潜在需要情報
「潜在需要情報」には、将来の人口動向、開発計画、交通手段別の発生集中交通量、そして移動の不便さによって人々が諦めている行動の実態(逸失需要)などが含まれる。住宅開発や企業誘致、商業開発といった経済圏の変化、あるいは学校や病院などの公共施設の整備による将来的な人口や需要の変動を確認しておくことは、地域公共交通計画策定にあたって必要である。
さらに、人流データなどを活用して、公共交通以外のすべての移動実態を確認することで、現在公共交通を利用していない移動需要を公共交通へ転換させる可能性を検討することも可能だ。特に、自家用車から公共交通機関への転換が課題となっている地域では重要な視点といえるだろう。
人流データは、GPSデータや基地局データなど携帯キャリア事業者やリサーチ会社から購入する形で取得ができる。また、トラカンデータ(高速道路の車両数・速度)、プローブデータ(走行中の車両の位置・速度)、自家用車保有数、免許返納者数なども、公共交通によって取り込み可能な移動ニーズを把握するために活用したい。
さらに、アンケート調査やディープインタビューを通じて、「どのような移動を、どの程度我慢しているか」という住民自身も気づいていないような潜在的な移動課題やニーズまで踏み込んだ調査を行うことで、「潜在需要の創出」という新たな視点から移動需要を捉えることも可能だ。これにより、移動目的の創出や移動促進につながる施策を検討できる。
今回紹介したアップデートガイダンスは、地域公共交通の活性化および再生に関する法律に基づくものだ。地域公共交通計画作成のポイントや検討すべき事項を分かりやすく整理している。特に初めての作成で、何から手をつけてよいかわからない地方自治体の担当者などは、ぜひ参考にしてほしい。
■参考:「MOBILITY UPDATE PORTALより
・地域公共交通計画 アップデートガイダンス概要版
https://mobility-update.mlit.go.jp/static/assets/docs/guidance/summary.pdf
・地域公共交通計画 アップデートガイダンス手順書
https://mobility-update.mlit.go.jp/static/assets/docs/guidance/procedure.pdf?update=250612
・地域公共交通計画 データ活用の手引き
https://mobility-update.mlit.go.jp/static/assets/docs/guidance/data_guide.pdf
この記事では画像に一部PIXTA提供画像を使用しています。