「あらゆる人々を救う」流れの中で生まれた「密教」──【学びのきほん みんなの密教】
僧侶・白川密成さんによる「みんなのもの」としての密教入門(4)
働き方や暮らし方が大きく変わりつつある現代。身体と心のバランスを保ちながら生きていくために、私たちは何を身に着け、考え、行動していけばよいのでしょうか。
1月27日に発売となった『NHK出版 学びのきほん みんなの密教』では、映画化作品『ボクは坊さん。』などで知られる、お遍路のお寺の僧侶・白川密成さんが、近寄りがたいイメージを持たれがちな「密教」を「みんなの生き方のヒント」にしていくため、噛み砕いて解説します。
今回は、白川さんによる本書「はじめに」と冒頭部分を特別公開します。(全4回中の第4回)
大乗仏教の誕生
ここで大乗仏教について説明しておきます。その発生や特徴にはさまざまな要素や説がありますが、そのうちのいくつかを述べます。
仏教の教団はもともと出家者で構成されており、「出家して修行をすることで苦しみから救われる」という教えが信じられていました。しかし、時代が下るにつれ、一般の在家の信者たちから「お坊さんはいいけれど、私たちの苦しみはどうなるの?」という疑問が高まってきました。そこで出家した僧侶だけでなく、あらゆる人々を救う「大きな乗り物」となる大乗仏教が発生したのです。
大乗仏教の大きな特徴は、「あらゆる人々を覚りに導く」、つまり「誰であっても覚りを得られる(成仏できる)」という思想を展開したことです。大乗仏教の修行者たちは、自らを「覚りを求める者」という意味の「菩薩」と呼びました。それまでの伝統的仏教では、修行中のブッダを指す言葉であったのを、修行者たちが「自分たちすべては、仏になり得る存在だ」と菩薩を名乗ったのです。
それは「ブッダの覚り」を特別視しすぎた当時の仏教界に対する改革運動だといわれています。当時の仏教は、ブッダを神格化したことで、本来のブッダの教えである覚りからむしろ離れてしまったという指摘がありました。そういう意味で、大乗仏教は、本来の仏教に戻ろうとする回帰運動ともいえます。
一方、大乗仏教以前の伝統的仏教を支持するグループも、依然としてあり続けました。彼らもまた、「自分たちこそが、ブッダの教えを正しく伝える者だ」という意識を当然、持っていたと思います。
大乗仏教は、「あらゆる人々を覚りに導く」という思想で、僧侶・民衆を問わず支持を得て、広く浸透していきました。『般若経』『法華経』『華厳経』などの大乗仏典が数多く編まれ、それらに登場する「阿弥陀如来」や「地蔵菩薩」など、多くの諸尊(如来、仏、菩薩など仏教における尊者)が信仰の対象となっていきました。
また大乗仏教では、中観派や唯識派など、さまざまな学派が誕生しました。中観派は、紀元二世紀前後のナーガルジュナ(龍樹)を祖師とし、「空」の思想を中心とします。唯識派は、紀元四世紀頃に発生したもので、瑜伽(ヨーガ) 行を実践し、「あらゆる事象は識(心)である」という唯識の思想を広めました。
空の思想は密教を含めた大乗仏教の中心に常にあり、また瑜伽行における身体性は、「密教」の登場を予感させる大切な要素です。
『NHK出版 学びのきほん みんなの密教』では、「そもそも、密教って何?/密教の基本思想/空海の教え/密教はみんなのもの、といった4つのテーマで、密教を「現代の生き方のヒント」として読み解いていきます。
著者紹介
白川密成(しらかわ・みっせい)
1977 年生まれ。四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所・栄福寺住職(愛媛県今治市)。真言宗僧侶。高野山大学密教学科卒業後、2001 年より現職。デビュー作『ボクは坊さん。』が2015 年に映画化。著書に『坊さん、父になる。』『坊さん、ぼーっとする。』(ミシマ社)、『マイ遍路』(新潮新書)、『空海さんの言葉』(徳間文庫)など。NHK こころの時代「空海の風景」(2023年)に出演。
※刊行時の情報です
◆『NHK出版 学びのきほん みんなの密教』「第1章」より
◆ルビなどは割愛しています