街を彩るバスは“動く音楽館” メロディーバスがつなぐ音と人の物語【福島県福島市】
福島市の中心部を走る小さなバスが、街の風景にさりげない彩りと音色を添えている。その名は「メロディーバス」。2020年9月に運行を開始して以来、福島市民の足としてだけでなく、訪れる人々の心にも音楽を届ける“動く音楽館”として親しまれてきた。
このバスが届ける音楽の主は、福島市出身の作曲家・古関裕而(こせき・ゆうじ)だ。昭和を代表する作曲家のひとりであり、プロ野球阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」や1964年東京五輪の公式行進曲「オリンピック・マーチ」など、国民の心に残る名曲を多数手がけた人物でもある。1969年には紫綬褒章を受章し、その功績は今なお色あせない。
JR福島駅の新幹線ホームでは、夏の甲子園大会でおなじみの「栄冠は君に輝く」が発車メロディーとして流れ、行き交う人を迎える。そんな古関裕而の音楽を日常の中で楽しめるのが、このメロディーバスなのである。
古関裕而の音色とともに走る青と赤のバス、その魅力とは
現在、福島市内で運行しているメロディーバスは2台。赤い車体の「あかメロ」と、青い車体の「あおメロ」である。それぞれが異なるコンセプトを持ち、単なる交通手段の枠を超えた“体験型バス”として市民や観光客に愛されている。
先に登場したのは「あかメロ」だ。コンセプトは「移動音楽館」。車内は木材をふんだんに使った温かみのある内装で、車内では8体隠れている福島市のキャラクターを探すのも楽しい。また、防音対策として録音スタジオで使われる吸音材を採用しており、音楽をを聞きながら車窓を楽しむことができる。
一方、2024年3月に仲間入りした「あおメロ」は、環境に配慮したEV(電気自動車)である。「環境にやさしく、乗って楽しいバス」をコンセプトとし、外装には五線譜をモチーフにした稲妻風のデザインが施されている。車内はツリーハウスを連想させる装飾や、音符型のつり革、キャラクターが5体隠された遊び心満点の空間。大人も子どもも思わず笑顔になる仕掛けが満載だ。
こうした工夫は、市職員のアイディアから生まれたという。「できるだけシンプルでわかりやすく、そして市民に親しんでもらえるものを」との思いから、バスの外観や内装、さらにはナンバープレートに至るまで徹底したこだわりが込められている。ちなみに、先発バスである「あかメロ」のナンバーは「2940(ふくしま)」にちなんで付けられたものだが、後発の「あおメロ」は車両管理の都合で「2941」となったという逸話もある。
時を経ても色あせない人気——地域に根ざした“動く音楽館”の物語
このメロディーバスの誕生には、明確な背景がある。2020年の東京オリンピックや、同年放送のNHK連続テレビ小説『エール』によって、福島市出身の作曲家・古関裕而への関心が全国的に高まった。そのタイミングに合わせて、市では古関裕而をPRすることで観光振興を図り、同時に福島駅前を中心とする中心市街地の交通利便性を向上を目指したのがきっかけだ。
こうした背景から誕生したメロディーバスは、今では福島市内の様々なイベントに登場する“人気者”となった。とりわけ春に運行される臨時バス「花見山号」は、福島駅と花見山を結ぶ特別便として観光客に好評を博している。今年は1日11便が運行され、所要時間は約15分。短い時間ながらも、福島の街と音楽の魅力を詰め込んだ“ミニ旅”を楽しむことができる。
未来へ響け、福島のメロディー——市民とともに歩むメロディーバスのこれから
メロディーバスは単なる観光資源ではない。それは、福島市が誇る文化遺産と、現代の暮らしを結びつける象徴的存在である。古関裕而の音楽が人々の心を打ち、バスという身近な乗り物を通して日常に息づいている。これは、まさに「音楽でまちを元気にする」取り組みの好例だ。
また、EVバスの導入など、環境への配慮も持続可能な社会づくりに向けての重要なテーマである。地域活性化の観点からも、こうした公共交通の取り組みは全国的にも注目されるだろう。福島市においても、このメロディーバスがきっかけとなり、街全体の“再発見”や“再評価”につながっていく可能性がある。
バスに乗りながら耳にする古関メロディーは、単なるBGMではない。それは、郷土への誇りを感じさせ、音楽の力で人と街をつなぐ時間を生み出す。県内他市町村から貸し出しの希望が寄せられているように、地元の人々にとっても“自慢したくなる街”をつくっていく力が、メロディーバスにはあるのだ。
参考資料:令和6年1月5日記者発表資料、令和6年3月21日記者会見(福島市役所)、福島市におけるメロディーバス導入の効果(会津大学会津大学短期大学部)、福島に桃源郷ありHANAMIYAMA(一般社団法人 福島市観光コンベンション協会)