音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』高野菜々&藤重政孝に聞く
NY留学などで経験を積んだ高野“ジョーン”菜々と
音楽座ミュージカル初登場の藤重“ゲッコー”政孝とのコンビで
フレッシュな『SUNDAY(サンデイ)』を創造
音楽座ミュージカルの『SUNDAY(サンデイ)』は、アガサ・クリスティーの「春にして君を離れ」を世界ではじめて舞台化した作品。2018、2022年に上演され、音楽座ミュージカルに新たなテイストを加えた。弁護士の妻である中年女性ジョーン・スカダモアは自身を良き妻、良き母だと信じていたが、結婚してバグダッドに暮らす娘を見舞ったり、かつての同級生と再会したり、砂漠で足止めされたりする中、自らの記憶と内面を旅しながら自分自身や家族との関係を問い直していく。3演目を迎える今回は、ジョーン・スカダモア役には引き続き高野菜々、狂言回しのゲッコー役に新たに藤重政孝を迎える。
――高野さんがニューヨーク留学から戻ってこられて何よりです。ニューヨークで得てきたことは今どんなふうに感じていらっしゃいますか?
高野 日本にいるときは責任を持って、まっすぐに取り組むことが自分のできる最善のやり方だと思っていました。でもニューヨークでいろいろなことに挑戦させていただく中で、いちばん感じたのはお客様が本当に楽しみにいらっしゃっているということ。そういう環境の中では自分が楽しまないと何も伝わらないとわかったんです。責任を持って取り組むことは大切ですが、自分自身がワクワクしながら、その波動を届けることの大切さを学ばせていただきました。
――藤重さんは音楽座ミュージカル初登場ですよね? どんな印象をお感じですか?
藤重 2023年夏に『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』のオーディションを兼ねた“パワーキャンプ2023”に参加したんですけど、それがきっかけで今回のお話をいただきました。愛のある現場に快く受け止めていただき、本当に楽しんでいます。最初の印象は稽古場のトイレで、ものすごくきれいで驚きました。僕はいつもそこが気になるんですが、すごくきれいなハートを持っているカンパニーだなと。なんでもないことなんですけど、それが作品づくりの根底につながっていると思うから。
■イギリスで感じた空気を役づくりに生かす(高野)
――『SUNDAY(サンデイ)』について伺います。ジョーンは、高野さんよりだいぶ大人な女性ですけど、ある意味では挑戦だったのでは?
高野 かなりの挑戦でした。ジョーンは48歳ですが、初演は私、まだ20代でしたから。そのころ、オリジナル・ミュージカルを創作するカンパニーにいながら、オリジナル・キャストを演じるのは初めてだったんです。前代表の相川レイ子が亡くなり、相川タローが代表になって2作目だったこともあり、しかも主人公でしたから、カンパニーが私に賭けてくれたという思いで、責任を持って取り組まないと音楽座ミュージカルの歩みを止めてしまうのではないかと必死でした。同時に私は音楽座ミュージカルに恩返しできているのかという思いもありました。2020年はコロナ禍だったこともあって、なんとかしたいという思いばかり。そして今回は、実はいちばん厚い壁にぶつかっています。良くも悪くも自分に垢がついてしまったというか。だから藤重さんとの新コンビで、今、このときに何を感じるかを大事にやっていきたいなと思っています。
――主人公のジョーンをどんなふうに演じていらっしゃいますか?
高野 どこにでもいる女性で、自分の家庭をなんとかしたいという責任感から良かれと思って子どもたちや夫に対して様々な行動をする。でも何もない砂漠で今まで自分のしてきたことを見つめ直したときに、自分は罪を犯したのではないかと考えを巡らします。本来、人間って見たくないもの、痛みを避けようとするじゃないですか。でも私は、自分自身を痛めつけるというか、ダメ出しをいっぱい欲しがるタチなので、ジョーンをやっていてもつい痛みの中に入り込みすぎてしまうんです。代表やプロデューサーに言われたのは、「ジョーンが痛むことに浸っている、痛むことが喜びのように見えてしまっている」ということでした。彼女だって痛みから逃げ出したいと思っていていいんだ。今は、そこにトライしたいと思っています。
――初演とは全然捉え方が違うんですね。
高野 はい、違うと思います。実は悩みすぎて、つい先日、わがままを言ってイギリスに行かせていただいたんです。イギリス人のジョーンが何を感じていたのか肌感覚で知りたいなと思って。特にロンドン市内で感じたのは、個人的な意見なのですが、階級社会だからなのか、イギリスの方は鋭い目で相手を見るということでした。ジョーンは地区の役員などの活動で毎日すごく忙しい。私は、これまでジョーンが問題を見ぬふりをするために忙しくしているんだと捉えていたんです。でも、あのイギリスの方々の目を見て、彼女は体裁を保つため、家族を守るために本当に忙しかったんじゃないかと考え直しました。それで周囲のことが見えていなかった、本当に知らなかったというのが正解かもしれないと。痛みの中に飛び込むようなことをしてこなかった人が、初めて問題と向き合う新鮮さ、そこに自分がトライしていかなければいけないと思っています。
【動画】音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』PV
■ジョーンが輝くほど眩しい光に照らされて影が濃くなっていくゲッコーに
――藤重さん、ゲッコーは観客ともコミュニケーションするし、ジョーンとも密接に関わる不思議な役ですね。
藤重 菜々さんには「シゲさんって何を考えているかよくわからない」と言われています。日ごろからよく言われるんです。まさにゲッコーがそういう役であり、自分としては入りやすかった。年齢も性別も職業も不明ですし、特に考えずにやっています。高野さんがイギリスから帰ってきて、久しぶりに会ったんですね。今のお話を伺って、僕のアプローチも新たになっていくでしょう。ジョーンが輝くほど眩しい光に照らされて影が濃くなっていく。その影が濃くなれば濃くなるほどゲッコーは苦しくなる、そんなふうに感じています。本当に枠のない役で、自由イコール不自由なので、そこは苦労しています。でも楽しみ悩み、苦しみながら演じられればと思います。
――高野さんは藤重さんにどんな刺激を受けていますか?
高野 カンパニーのメンバーは家族以上に深く、濃い時間を共有していますが、一方でなかなか外部の方とご一緒する機会は少ないじゃないですか。シゲさんのゲッコーとジョーンは表裏一体の役柄なので、シゲさんとは親友みたいな感覚で舞台にいたい。だから最初からグイグイ質問をしていたんですよ。でも知りたいと思うほどわからない。舞台上でも毎回違うんですよ。私は性格上、自分がすべて理解したいところがあるんですけど、シゲさんは追求しても底なし沼のよう。でもこれってジョーンとゲッコーの関係であり、わかりたいのにわからないから一歩踏み出す感覚を体験しているようで面白いです。
藤重 菜々さんに初演再演でゲッコーの広田(勇二)さんとどんなふうにやっていたか聞いたら、兄弟や親友、夫婦のようだったと。僕はプライベートから自分の居方を自然に測るところがあって、オープンでいながらスッと来てスッと帰るみたいな(笑)。日々の居方はそんなふうに注意しています。だから広田さんのゲッコーの近さとは違う雰囲気になると思います。
――3演目はどんなふうになりそうですか?
高野 3月の貸切公演のあとで、実はもう一度つくり直そうということになったんです。初演再演は24人での上演でした。今は17人でやっています。一つの役柄を通して演じるのはジョーンとゲッコーだけ。ジョーンにとっての無意識や深層心理、見えない世界をほかの登場人物が引き受けることによっての気づきが、全体の気づきにつながるようなものを目指しています。だから作品としてはまったく新たな挑戦です。ラストもまだまだ変わる可能性があるくらいなんですよ(笑)。つくっては壊す作業の中から毎日のように発見があります。意味というものを先に考えてつくるのではなくて、つくった後に見えてくることもあるんだと感じています。もしかしたら前回と同じ演出になるかもしれませんが(笑)、それでも螺旋のように高みに上っているはずです。
藤重 僕は音楽座ミュージカルの「こう見てください」という圧がないところが好きなんです。誰もが自由に見られる。今回も演じながらそのことを感じているので、毎回の稽古が楽しみです。みんなの、いろいろな角度からの意見を取り入れていく稽古が楽しいです。
高野 私にとってこの作品は、かなりの覚悟が必要です。舞台上で嘘は絶対つけないから、生半可に痛みの中に飛び込んだり、自分の真実に向き合ってはいけないと思っているんです。私が身ぐるみ剥がされ、心をさらさない限りお客様とは世界を共有できないなって。『SUNDAY(サンデイ)』の登場人物は体当たりで生きている人が多いし、その姿に憧れます。お客様が誰かの人生に、一歩踏み出す勇気を少しでも感じていただけるよう全力で頑張ります。