27年の時を経て、あの世界的名作がついに映画化「箱男」試写会レビュー
世界中に熱狂的なファンを持つ作家・安部公房の代表作「箱男」。 27年前に映画化を託された石井岳龍監督でしたが、不運にもクランクイン前日に撮影が頓挫してしまい、幻の企画となっていました。 しかし監督は諦めず、ついに「箱男」の映画化を実現。 主演には 27 年前と同じく永瀬正敏、同様に出演予定だった佐藤浩市がキャスティングされました。さらに世界的に活躍する浅野忠信と、数百人のオーディションで抜擢された白本彩奈を加え、奇しくも安倍公房生誕100年にあたる2024年に公開。 8月23日の公開に先駆け、試写会に参加したSASARU movie編集部が映画の見どころをレビューします。
「箱男」のあらすじ
人が1人隠れられるほどの大きさのダンボール。それを頭からすっぽり被り、街を徘徊しつつ、時には景色に紛れつつ、のぞき窓から一方的に世界を覗き見る「箱男」。 カメラマンである“わたし”(永瀬正敏)は偶然目にした箱男に心を奪われ、自らダンボールを被り、箱男としての一歩を踏み出します。のぞき窓から街ゆく人たちを観察し、ノートに思いついたことを書きつける日々を過ごす“わたし”。
そんな折、箱男を目の敵にしているワッペン乞食に見つかり、追い回され、攻撃を受けます。激しい戦いの最中、突如謎の男が現れ、突然ワッペン乞食と箱男たる“わたし”をエアガンで狙撃。傷を負いつつもカメラで男を激写し、“わたし”はからくも逃げのびます。痛みをやり過ごそうと箱の中でじっと耐えていたところ、のぞき窓から一万円が数枚投げ込まれました。箱の向こうから女の声で「坂の上に病院がある」と一言。急いで覗き穴を覗いた”わたし”は、女の美しい後ろ姿を目撃します。 意を決し、病院へ向かう“わたし”。たどり着いた先には小さな病院があり、中には看護服に身を包んだ女、葉子(白本彩奈)と医者姿の男(浅野忠信)が。それは“わたし”を狙撃した男でした。治療を受けた後、葉子から箱男の話をされ、「あの箱が欲しい」と持ちかけられます。 本当に箱を欲しがっているのは葉子ではなく男の方だろうと気付きながらも悩む“わたし”。
一方、病院の地下に住む軍医(佐藤浩市)と男が箱男を完全犯罪に利用しようと企んでいる様子…。 彼らが企む犯罪とはなんなのか? なぜ箱が必要なのか? 襲いくるさまざまな試練を乗り越え、“わたし”は本物の箱男になれるのか?
謎すぎる存在、そもそも箱男とは?
箱男とは、文字通り箱を被って過ごす男のこと。 腰の高さほどの大きさのダンボールにのぞき穴をあけて、過ごしやすいよう改造し、入り込む。目的は社会的に見えない存在になって、人々を一方的に観察すること。そのためには家だけでなく職まで捨て、衣食住すべてをダンボールの中で済ませてしまうというのだから驚きです。 普段は人目につかないよう、粗大ゴミ置き場や雑多な路地裏などで過ごしている様子。誰かと目があった時には、じっと相手を見つめ追い返す仕草をすることも。
匿名性を保ったまま一方的に社会生活を覗いたり、威嚇してみたり、ノートに思ったことを書き出し続ける様子は、スマートフォンを手に匿名でインターネット上でやり取りをする現代人の姿に重なる部分もありました。 観察中はおとなしい箱男ですが、移動の時は誰にも見つからないようこっそり立ち上がり、素早くその場を後にします。 と思いきや、止むに止まれぬ場合は箱の両側に空けた穴から手を出し、凄まじい勢いで人混みを走り抜けるシーンも。見た目に反した勢いのある動きはコミカルでシュール。特にワッペン乞食との戦いや、ひょんなことから起こる箱男vs偽箱男の戦闘シーンは見ものですよ。
箱を求める三人の男たち
まずは主人公である“わたし”。
元々はカメラマンとして風景を撮影してきた彼。しかし偶然庭先で遭遇した箱男に驚き、嫌悪した結果、空気銃で箱男を攻撃してしまいます。中にいた男は逃げ出し、残されたのはダンボールとノート。“わたし”は恐る恐るダンボールを被り、箱から覗く世界に魅了され、箱男として生きることに。
他人から蔑むような視線を送られても睨み返し「さげすまれるのはお前たち。こっちは何でもお見通し」と煽りつつ、常に思考をノートに書きつけます。その姿は、社会の枠から外れ、誰からも意識されずに街ゆく人々を観察できることに優越感を抱いているようにも感じます。
箱男を箱男たらしめるものは何なのか? “わたし”はひたすら考え書き連ねます。誰からも意識されたくないと願いながら、投げ込まれたお金の匂いを嗅ぎ、うっとりしたり。箱が欲しいとねだられ手放すべきか悩んだり。葉子の美しさに魅了され、箱を脱いでもいいと思ったり。書くことに執着し続け、迷い続ける“わたし”。
作中で時折挟まれる「箱男を意識したものは、箱男になる」の独白は彼自身のことなのか、それとも?
次にニセ医者。
彼が箱を求める理由はシンプルで、軍医の完全犯罪を遂行するため。
医師免許を持たず医療行為を行うニセ医者は、軍医に頭が上がりません。昔軍にいた頃に世話になり、現在は名義を借りて病院を運営していることもあり、上下関係は揺るぎないものに。老いた軍医のために身の回りのあらゆる世話を引き受けます。病院の運営はもちろん、箱男の調査や奪取もこなします。さらには助手である葉子を差し出すことすら…。
彼は箱男の存在自体を欲し、完璧な箱男であるためには“わたし”が持つノートが重要だと考えます。そして実際にダンボールを被り、とある場面を追体験し、ノートに箱男が存在した証を書き付けようとします。
彼が箱男の生活を密に経験したことで、軍医がたてた犯罪計画は思わぬ方向に…。
最後に軍医。
以前軍に所属していたこともあり、ニセ医者から軍医と呼ばれています。
奇病に冒され、生い先短い彼は昔偶然目撃した箱男という存在に目をつけ、完全犯罪に利用しようと計画。
病院の地下で隠居する軍医は、植物を愛で、サボテンを口にする変わりもの。紳士的な口調ながら、ニセ医者をあごで使う傲慢さを持ち合わせます。さらには外に出ることが叶わないからと、葉子を脱がせ、様々な世話を望むことも。
箱男の存在を利用しようと言い出したこともあり、彼もまた箱をかぶりその生活を体験します。軍医の犯罪計画とは何なのかも、この物語のキーになっています。
箱に囚われた男たちを俯瞰する謎の女・葉子
彼女は全編を通してミステリアス。なにしろ彼女自身は箱に一切興味がありません。
ニセ医者に助けられたことで、看護師免許を持たずニセ医者の助手として病院に居着いた葉子。軍医とニセ医者の計画に巻き込まれ、箱男とコンタクトを取ってほしい、箱を破棄するよう伝えて欲しいといった依頼をこなしていきます。
従順で言いなり状態なのかと思いきや、軍医との行為をためらったり、逆に男たちを手玉に取るような場面も。また、様々な局面で「そんなに箱が必要なの?」と静かに問いかける姿は観客の気持ちを代弁しているかのようでした。
かといって男たちの行動や計画を否定するでもなく、箱男をめぐる争いから一歩距離を置いて、冷静に、時には楽しげな笑みを浮かべています。
箱を必要としない彼女が行き着く先は一体どこなのでしょうか…。
元々ヌードモデルを務めていた葉子。見られることに抵抗はないと口にした通り、彼女は男たちの前で惜しげもなく裸体をさらけ出します。ある時は軍医のお世話のため、ある時はニセ医者から軍医とのやり取りを再現して欲しいと要望を受けて、またある時は“わたし”の願望のため…。あまりの脱ぎっぷりに色々な意味でハラハラしてしまうほど。しかし、この作品にはインティマシーコーディネーターが起用されているのです。
インティマシーコーディネーターとは、ヌードや性的なシーンを撮影する際に、演者と製作陣の間に入り、演者が安心して演技に取り組めるよう環境作りをサポートする仕事。「今回の映画化において、小説との大きな違いは、葉子の描き方 」と述べた石井監督。女性の描き方だけでなく、制作環境もアップデートしていたのですね。
本物の箱男とは?
原作を踏襲しつつも映画ならではの構成で描かれる本作。見る者と見られる者、虚構と現実を行き来する物語は、奇想天外な方向に進んで行きます。“わたし”の言う本物の箱男とは一体なんなのか? 原作者自らが、「映画化の際は娯楽にしてほしい」と望み、その意志を汲んだ作品をぜひスクリーンで体感してくださいね。
「箱男」の作品情報
監督 石井岳龍
原作 安部公房「箱男」(新潮文庫刊)
脚本 いながききよたか 石井岳龍
出演 永瀬正敏、浅野忠信、白本彩奈、佐藤浩市、渋川清彦、中村優子、川瀬陽太
制作プロダクション:コギトワークス
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
助成 文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
公式サイト:https://happinet-phantom.com/hakootoko/