介護業界の生産性向上って?実際の取り組み例をご紹介します!~実践事例編~
執筆者/専門家
伊藤 浩一
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前回までの振り返り
「生産性向上」という言葉を紐解こうと第1回「導入編」、第2回「実践編」と進めてまいりましたが、いよいよ最終回「実践事例編」です。
導入編は、下部のあわせて読みたい記事より閲覧可能です。
第1回「導入編」
第1回導入編では、「まず前提を疑うこと」をお伝えさせていただきました。
つまり生産性向上の入口は、「今がベストなのか?」「他に効率的な方法はないのか?」という現状を疑う思考=クリティカルシンキングが大切ということでしたね。人は基本的に現状維持バイアスという現状を維持したいという感情があります。もちろん変えることはエネルギーがいることですが、世の中は、諸行無常、テクノロジーは進化し、人口減少も着実に進みます。
7月12日、厚生労働省は、2040年に介護職員が約272万人必要となる推計を公表しました。2022年度の職員数は約215万人で、今後18年で約57万人増やさなければならないという試算とのことです。「今でさえ人手不足なのに57万人なんて増やせるわけない!」と読者の皆さんは思われるでしょう。しかし、これもクリティカルシンキングで考えると違った見方ができます。
「本当に57万人は多い数字なのか?」と。2021年の前回推計では、2040年度は約280万人必要となる見通しだったそうです。実は、280万人-272万人=8万人必要数が減少したのです。
もちろん、人手不足に変わりありませんが、必要数が減少した事実は押さえておきたいですね。※
要因は、介護予防が進んだことによりサービスを求める人が減ったのではとの担当者説明ですが、私たちの意識、努力次第では、人手不足を指をくわえて見ているだけでなく改善させることができるという成功事例なのではないでしょうか。
※ 出典:厚生労働省第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について
実践編は、下部のあわせて読みたい記事より閲覧可能です。
第2回「実践編」
第2回の実践編では、「STEP1目的の明確化」、「STEP2課題の見える化」、「STEP3対策立案と実行」という生産性向上のプロセスを紹介させていただきました。
生産性向上とは平たく言えば、オペレーションの「ムリ・ムラ・ムダ」を洗い出して効率化を図り、その結果生み出された時間をご利用者様へのサービスへ転嫁する=サービスの質向上ということです。しかし、この取り組みは1人でやっても意味がありません。組織、チーム全体で取り組むことが大切です。
そのためには「なぜ取り組むか」の目的などを組織、チームで共有することが重要です。そして、オペレーションのどこに「ムリ・ムラ・ムダ」が潜んでいるのか現状を疑い課題として見える化し、対策を立案して実行するというお話でした。
「ムリ・ムダ・ムラ」を発見するために有効な手段として10分単位のオペレーション分解表を紹介しましたが、こんなのできないという声もあるでしょう。そこで今回はリアルな実践事例を共有いたします。
第3回「実践事例編」~「眠りスキャン」を活用した生産性向上の取り組み~
ここからは、実際に事業所で生産性向上に取り組んだ事例を紹介していきます。
2021年春:「眠りスキャン」を導入したい施設長
【A施設長】「眠りスキャン(眠りの質が計測できるセンサー)を全床(70床)導入するぞ!」
A施設長は職員たちに声高らかに職員会議で発表しました。
A施設長の考えとしては、
「眠りスキャンを全床導入している施設はまだないはず…、経営戦略としても、職員の負担軽減としても効果が得られるだろう。」
という期待がありました。
しかし、現場は施設長の思いと裏腹に「機械なんて信用できない…」と冷め切っていました。
このときの現場は、新しいICTツールを取り入れる土壌ができていない状態でした。しかし、施設長の思いが先行し、眠りスキャンは一方的に現場に納品されていきました。
—【解説】施設長の独断だけで始める生産性向上はNG!
これこそよくある失敗例です。
施設長さんの独断で良かれと思って導入を進めても現場は必要性を感じていない、またはICT機器をそもそも信用していない。
結果、今までの業務範囲において利用する人は利用しますが、関心のない職員は使用しないのでせっかくのICT機器が置物と化してしまいます。
2022年春:導入後の活用を職員に確認すると…
A施設長
「品薄で予定通り納品されるまで半年かかったけど、そろそろ導入して半年、現場の活用具合はどう?」
介護主任
「使ってますよ、離床センサーとして。ベッドから離れると転倒の恐れがあるご利用者に反応してくるので助かります。でも、ときどき警告音が鳴らないこともあるので困るんですよね…」
A施設長
「離床センサー?眠りスキャンは眠りの質が計測できる機器だよね?他にも心拍数や呼吸数なども計測できるはず。その機能はどう活用しているの?」
介護主任
「あまり見ていません。ナースも信用できないというんです。」
A施設長
「まじか…、何のために入れたのか。このままでは以前の介護リフトが物置にしまわれた状況と一緒になってしまう。」
—【解説】思いのすれ違いだけで時間が経過してしまうと、せっかくの機器ももったいない!
施設長の思いと現場の思いにすれ違いがありながら時間だけが経過している失敗例です。この会話から以前、介護リフトの導入でも同じ失敗をしている様子が伺えます。この思いのすれ違いをどう埋めていくのがよいのでしょうか。
2022年夏:職員に方向性の共有を行い、目線合わせをする
このままでは生産性向上が行えないと感じ、職員会議を開くことにしました。
A施設長
「今日は、皆さんに施設長として話があります。昨年導入した眠りスキャンについて組織としてどういう目的で活用していくか仕切り直して説明したいと思います。」
「私が眠りスキャンを導入したのは、ご利用者様に安眠を提供したかったからです。
皆さんは前日眠れなかったとき、日中のパフォーマンスはどうなりますか?体がだるいとか、食欲がないとか何かしらの不調が起きてくるのではないでしょうか?また、皆さんが部屋で寝ているとき、2時間おきに部屋に人が入ってこられたら熟眠できますか?できませんよね。」
「眠りスキャンを活用すれば、寝ているか寝ていないかがモニターでわかります。
要観察者でない限りは、モニターで心拍、呼吸を見ることで眠りを妨げずにケアができます。
離床センサーとしてだけではなく、睡眠時の呼吸、心拍数の可視化機能も活用し、ご利用者様に質の高い眠りを提供できる施設を目指しましょう。
まずは皆さんでご利用者様の睡眠データを見ることからはじめませんか?」
—【解説】利用者のための取り組みであるということをしっかり伝えていくことが大切
A施設長は、なぜ眠りスキャンを活用するのか?=「ご利用者様の睡眠の質を高めるため」という方向性を組織で共有しましたね。
これは、A施設長が以前、介護リフトを導入した際に、目的を「職員の腰を守るため」と伝え、失敗した苦い経験が生かされているようです。
もちろん、職員は大切です。しかし、職員はご利用者様のために働いている意識が高いのでその気持ちを汲んだ目的に設定し、組織を一枚岩にする戦略だったんですね。
2022年秋:目的が共有できたことで、施設内に動きが!
A施設長
「主任、どうかな。みんなは眠りのデータを少しは見てくれているかな?」
主任
「はい、施設長の話のあと、みんなで眠りのデータをどう見ればいいのか研修を行いました。まだどこに注目して良いか試行錯誤中なので、先駆的に活用している施設にお話を伺いました。
今度、その施設に見学へ行こうと思っているのですが、施設長も一緒に行きませんか?」
A施設長
「一緒に行きましょう!看護課長のCさんもね。」
—【解説】スモールステップで目の前の課題から少しずつ考えることが大切
組織で目的が共有できたことと、いきなり大きな成果を目指すのではなく睡眠データを見ることからスタートしたことで、職員たちにも徐々に興味関心が湧いてきたようです。
また、施設長や看護課長も他施設見学に同行することで組織全体で取り組んでいるという意識も芽生えてきたようです。そして、施設見学を通して今まで自分たちがやってきたやり方以外の方法もあることを学び「前提を疑う」ことの大切さにも気がつきました。
2023年春:さらに一体感を高めるために、組織の課題を見える化してみた
A施設長
「主任、他施設の取り組みも学び、みんなデータの違和感に着目する視点がついてきたようだね。
今年度は、プロジェクトチームを結成し、厚生労働省が公表している生産性向上ガイドラインを教科書にして更に活用を加速化しようと思うのだけど、どう思う?」
主任
「賛成ですが、まだこの取り組みに対して言いたいことが言えない職員もいるようなんです。
まず、組織の課題を見える化してはどうですか?
私、ブレインストーミング(問題解決やアイディア創出を目的とした集団発想法)という方法を教わってきたんです。」
A施設長
「へー、ブレインストーミングか…。メリットを捉えるだけでなくデメリットも捉えないとな。組織の今の立ち位置がわかるかもね。やってみよう。
また、面談も有効かもしれない。次のステージに一歩踏み込む前にみんなの気持ちを引き出しておこう。」
—【解説】うまくいっていると感じていても、現状の把握は大事
取り組みにおいて、たとえうまくいっていると感じていたとしても現在地の確認が必要です。
これも「本当にうまくいっているのか?みんなは本当はどう思って取り組んでいるのか?」=前提を疑う「クリティカルシンキング」ですね。
主任は、自分の意見を言い出せない職員がいることに気づいていました。あえてマイナスの意見もみんなで出し合いカテゴリー別に見える化しようとしたんですね。
これは勇気がいることですが、重要なことです。
—【例】ブレインストーミング
2023年秋:働きがいのためにも定量化をしていきたい
A施設長
「春に実施したアンケートは、働きがいを感じていないに手を挙げた職員が50%もいて、正直責任を感じたよ。
でも、実際そうなんだと受け止めたときに、生産性向上のプロジェクトチームの人選や役割分担、メンタルヘルスの研修をすすめるなど対策をとることができたと思う。その後の取り組みはどうかな?」
主任「とても重要な情報でしたね。私も正直ショックはありましたけど、全職員と面談もさせていただいて、思いを吐き出せただけで楽になった、取り組みの意欲が湧いたという職員もいましたね。
でも、話を聞いたうえで、やりがいというテーマについて考えたとき、私たちの仕事の成果はありがとうの声や笑顔に偏りがちではないかとも感じるようになりました。何か成果がわかる方法はないでしょうか?」
A施設長
「それは、定量化と比較だね…」
—【解説】介護現場での定量化は難しい
みなさんは何かに取り組むとき、どのような状況だとやりがいを感じますか?
身近であれば、「ダイエットをして体重が3kg減った」「マラソンのタイムが5時間を切った」「1万歩歩いた」などのように全て数字が絡んでいませんか?
そして、基準となる数値と比較して良くなった悪くなったと判断し、そこに嬉しかった、ガッカリしたという感情が伴っていませんか?介護現場での「ありがとう」「笑顔」はもちろんやりがいに繋がりますが数値化=定量化しにくいですよね。
では、介護現場においては何が定量化できるでしょうか?
2024年春:業務にかかる時間を可視化することは、介護現場でできる定量化
A施設長
「10分単位のオペレーション分解は進んでる?夜勤帯に限定したとはいえ各フロアから3人ずつ時間ごとに何を実施しているか入力してもらう作業は大変だったでしょう。
でも、たとえば1人のデータだけを取得した場合、その職員が力のある人だと偏ったデータになってしまいます。だから、せめて最低3人に入力してもらわないとその業務にかかっている時間の平均値がわからないのです。
また、3人がどの時間に何の業務をどのくらいの時間をかけて実施しているか見える化することで業務のムラ=バラツキがわかる。これを平準化していくことも業務効率化につながるよね。」
主任
「施設長、正直大変な作業です。でも、なぜオペレーション分解をやらなければならないか職員達は気がついてきているようです。
むしろやらなければ業務効率化は図れないと理解している職員も出てきているようですね。昨年のアンケートや面談が効いていると思います。
今回、こんなデータがでてきましたよ。改めて、眠りスキャンを活用することで巡視が必要ないご利用者様を明確にすることができ、巡視時間を50分から26分に減らすことができました。
また、排泄介助の時間数は20分程度減らせる余地があるかもしれませんね。」
—【解説】業務効率化のための定量化=業務の時間を可視化してみること
生産性向上の大きな壁と言われる定量化。
業務効率化を図るためには、今まで〇分かかっていた業務において、どのようなムリ・ムダ・ムラがあるのか、どのような対策をとることでどれくらいの時間を減らせるのか?という思考が必要です。
そのためにはまず、どの業務にどのくらいの時間がかかってるのか計測する必要があります。しかし、この作業が大変と諦めてしまう事業所さんも多いはずです。しかし、将来的に自分たちの仕事の効率化が図れることや、そのできた時間をご利用者様のために使えると考えれば、一歩前進できると思います。
最後に:はじめての生産性向上は失敗からのスタートになることもある
さて、実践事例「眠りスキャンを活用した生産性向上の取り組み」をお送りいたしましたが、いかがでしたでしょうか?
実は、施設長のモデルは私で、このストーリーはわかりやすく多少脚色してはいますが、ほぼドキュメンタリーです。まさに失敗からのスタートでした。
現在、私たちは排泄介助にかかっている約90分を70分に減らせないか?と動いているところです。
そのためにはオムツの適正化、眠りスキャンを活用した覚醒時のピンポイント介助、排泄介助に時間がかかっている職員の技術指導などが対策として考えられます。
今後の課題として、20分の業務時間削減はどのようにサービスの質向上につながるか?また、夜間帯の部分的取り組みから日中に取り組みをどう拡大していくか?試行錯誤の物語は続きます。
この失敗事例がみなさんのお役に立てたら幸いです。
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