女性CEOとインターン男子の「エロティックな駆け引き」を生々しくスリリングに描く『ベイビーガール』の衝撃
噛めば噛むほどエロティックでスリリング
A24史上“最高に挑発的”と称される映画『ベイビーガール』が日本公開を迎え、大きな話題を呼んでいる。セクシュアルな大胆シーンのチラ見せと現在57歳のニコール・キッドマン×気鋭スタジオという組み合わせで注目を集めていた本作だが、そうした表面上の衝撃度とは裏腹に“噛めば噛むほど”気づきが得られるスルメ的な作品だ。
ニューヨークでCEOとして大成功を収めるロミー。舞台演出家の優しい夫ジェイコブと子どもたちと、誰もが憧れる暮らしを送っていた。ある時、ロミーは一人のインターンから目が離せなくなる。
彼の名はサミュエル。ロミーの中に眠る欲望を見抜き、きわどい挑発を仕掛けてくるのだ。ロミーは行き過ぎた駆け引きをやめさせようとサミュエルに会いに行くが、逆に主導権を握られてしまい……。
手を噛まれるかもしれない、でも目が離せない
キッドマン演じるロミーは革新的な物流企業を立ち上げたトップ・オブ・キャリアウーマン。アーティーなダンディ夫(演:アントニオ・バンデラス)とのあいだに子ども2人をもうけ、すべてを手にしたように見える。あらすじのとおり、そんな彼女がインターン男子との際どい関係に陥るわけだが、当然ながら「夫じゃイケない」ミドルエイジ女性の“秘めた性欲”がドライブしていく様を見せるだけの映画ではない。
ロミーと夫は住まいや服装からして文化レベル(収入)の高さがみっちみちに溢れ出ていて、わかりやすいセレブぶり。一方でハリス・ディキンソン演じるサミュエルは、若さとスタイルの良さをフルに活かしたラギッドかつ都会的な装いがクール。ロミーの目を一瞬で奪うだけの野性的なセクシーさもあり、なんとも眼福な存在だ。
築き上げた地位や大事な家族の存在がチラつくことでスリルが生まれ、巨大なものを背負っているがゆえの破壊・破滅願望も脳裏をよぎる。サミュエルのエグい要望(命令)を言葉で強く拒絶してみても、体は言われるがまま動いてしまうロミー。葛藤の描写もそこそこに、沼い関係にズブズブと堕ちていく。それがもたらすリスクも完全にわかっているのだが。
見知らぬ誰かのワンコを愛でたいという欲求と、噛まれるのではないかという恐怖の狭間でおそるおそる手を差し出すような、性差や社会的地位の介入しない駆け引き。で、あれば何の問題もないのだが、ロミーの経済的・社会的(法的にも?)な地位はそれを許さない。そこに、自分が“心から望んでいたもの”ではないからこその苦悩も生じる。
中年世代の欲望と危機感、次世代のクレバーな目線
本作を観て、同じくキッドマン出演で激しい性描写でも物議を醸したS・キューブリック監督作『アイズ・ワイド・シャット』(1999年)を想起する人も多いだろう。四半世紀を経て激しいセックスシーンを披露したキッドマンに感嘆させられるとともに、ハリナ・ライン監督の「女性視点バージョンの『アイズ・ワイド・シャット』」という発言に膝を打つ。
ロミー(女性)視点を徹底しているが、もちろんサミュエル(男性)が邪悪な存在というではなく、新卒パリパリの男子らしい必死さ、脆さがベースにある。だからこそ社会的な頂点にいる女性との駆け引きに絶妙な滑稽さも生まれ、さらにサミュエルだけでなくロミーの娘や会社の部下(=次世代の若者たち)のリアリスティックな視点と醒めた許容性がファンタジックな方向に舵を取らせない。とくにソフィー・ワイルド演じるロミーの秘書エスメと、娘の一人を演じるエスター・ローズ・マクレガーに要注目だ。
荒っぽくリズミックな劇伴が随所に挟まれ、なんとなく『AKIRA』の芸能山城組を思い出していると、そこに“あえぎ声”や男女の吐息らしき音/声がサンプリングされていることに気づき、妙に納得。あるシーンで流れるLe Tigreの「Deceptacon」からも、監督の意図が汲み取れるかもしれない。とにかくレディコミ気分で観ると猛烈な平手打ちを喰らう、しかし不思議な包容力もある映画だ。
『ベイビーガール』は3月28日(金)より全国公開中