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「ばあちゃんといっしょに働こう」 高齢者×地域×ビジネスで社会を編み直す〈うきはの宝〉大熊充の挑戦

Qualities

「75歳以上のばあちゃんたちが働く会社」――そんな一風変わったコンセプトを掲げて福岡県うきは市に誕生した〈うきはの宝株式会社〉は、今や日本中から注目を集める存在になっている。

創業者は、地元・うきは出身のデザイナー・大熊充氏。地域に暮らす高齢者との対話を起点に、”高齢者が働ける仕組みがない”という社会の空白に挑み、ばあちゃんたちの知恵と働く意欲を資産として、さまざまな新業態を実装してきた。その取り組みは、ビジネス界や福祉・行政の現場はもちろん、海外の研究者にも関心を呼んでいる。

前回の取材から4年。クオリティーズ編集部は再びうきはの宝を訪ねた。ばあちゃんたちの活躍は今、どこまで進化しているのか? そして大熊さんが描く「高齢社会のリデザイン」とは。

PROFILE

大熊充

おおくま・みつる。うきはの宝株式会社 代表取締役・デザイナー。1980年、福岡県うきは市生まれ。2014年にデザイン会社を創業。2017年、〈日本デザイナー学院九州校〉に入学し、グラフィックデザインとソーシャルデザインを学ぶ。在学中に、社会起業家育成プログラム〈ボーダレスアカデミー福岡校(第2期)〉を修了。2019年、75歳以上のおばあちゃんたちが働ける会社〈うきはの宝株式会社〉を設立。2021年、農水省主催「INACOMEビジネスコンテスト」最優秀賞。第20回福岡県男女共同参画表彰「社会における女性の活躍推進部門」受賞。2023年、ICCサミット KYOTO「ソーシャルグッド・カタパルト」選出。2024年、福岡県「6次化コレクション」県知事賞、『GOOD DESIGN AWARD 2024 グッドデザイン賞・ベスト100』を受賞。

ばあちゃん喫茶、大盛況!

福岡県春日市の「春日市まちづくり支援センターぶどうの庭」で、毎週土曜日にユニークな喫茶がオープンしている。それが、大熊氏が考案し地域の高齢者とともに運営している「ばあちゃん喫茶」だ。

この日の店長は高久保瑞子さん。現在85歳。元気な笑顔が印象的な女性だ。

〈▲ 取材日に店長を務めた高久保瑞子さん。後ろでサポートするのは、来週の店長である日田美智子さん〉

この日のランチメニューは、肉豆腐とオムレツ、レモンと小松菜と揚げの和え物の定食で、既に店内は満席。近所の人や家族連れ、店の評判を聞いてやってきた人など、様々な人たちで賑わう。一日15食をほぼ予約で売り切る。

〈▲ この日、高久保店長が作った日替わりメニューがこちら。メインは、味のしみた肉豆腐!〉

 「ご近所の方に無農薬のレモンをもらったので、アドリブで和え物に入れたの」と高久保さんはニコニコと笑いながら、食材の説明をしてくれる。

「もともと料理は好きだったけど、これだけたくさんの料理を一度に作るのはなかなか大変で。でも、少しずつ慣れてきたかな。そうそう、予算管理も大変でね、本当は牛肉を使いたかったけど、今日は豚肉にしたの」(高久保さん)

「好き」なことが「仕事」になり、多くの人に喜ばれていることに、張りあいを感じていると高久保さん。

そんな彼女の様子を見ながら、大熊氏はこう語る。

「ばあちゃんたちとは、ちゃんとビジネスの話をします。楽しくやりたいけど、赤字だと続けられんからって。経営の計画とか数値も見せて、損益のラインも考えながら、メニューを考えて仕入れもしてもらっています」

大熊氏がばあちゃん店長に求めているのは、料理の腕前だけではない。なによりも当人の「働きたい」という意欲だ。

「高久保さんは、最初会った時に、いいな!と思いました。スカウトしようと『LINEば教えて下さい』って言ったけど、なかなか教えてくれんで(笑)。3回目でやっと教えてくれました」(大熊さん)

なお、ばあちゃん喫茶は〈うきはの宝〉が直接雇用するのではなく、ばあちゃん本人と、その活動を支える地域団体(NPO法人「春日まちづくり支援センターぶどうの庭」)との間で委託契約を結ぶ「協働型」の運営スタイルがとられている。

「ばあちゃん喫茶」はすでに横展開も実現。福岡市早良区のURしかた団地店や、福岡市城南区の梅林エリアにも出店済みだ。地域に暮らす高齢者たちの“もうひとつの働き方”として、じわじわと広がり始めている。

経済合理性やシステムからこぼれ落ちたものを、デザインし直す

〈うきはの宝株式会社〉の出発点は、うきは市に住む高齢者たちへのヒアリングだった。そこから見えてきたのは、「孤立」と「経済的困窮」という切実な課題。大熊氏は、これらの問題に真正面から向き合い、ばあちゃんたちとともに働く場として会社を立ち上げた。

課題意識そのものは変わらないが、近年では「社会課題の解決」といったラベルをあえて使わず、より構造的で普遍的な視点から捉え直すようになったという。

「創業当初は、高齢者の問題解決や地域活性化という文脈で語ることが多かったんです。でも、事業をしていると、僕が向き合っていることって、特定の世代や地域に限った話ではなく、日本全体の構造的な課題になっていることに気づいた。僕自身も、いま興味があるのは“地域の活性”というより、“人の活性”。人口の中で大きな割合を占める高齢者が元気になれば、日本の地域は自然と活性化すると思っています」

大熊氏の活動は、直感的には「なんだかいいな」と共感されやすい。しかし一方で、説明しようとすると途端に難しくなる。それは、彼の取り組みが既存の制度や常識の文脈から外れているからだ。

たとえばビジネスの世界では、こんな声も聞こえてくる。

「経営者の仲間たちからは、『儲からんことばっかりやりよるね』と言われます。もちろん僕も営利企業の経営者だし、そう言われる理由もよくわかりますよ。わかった上で、始めたのが“喫茶店”という利益が出にくい業態ですし、週に一度、4時間だけ開けてるだけの店。

ビジネス目線で言えば、平日も開ければいいじゃないか、夜も開けて利益率の高いアルコールを提供すればいいじゃないかという話になりますが、そんなに働いて体調を崩すばあちゃんが出てくると本末転倒ですから。だから僕らはそういう広げ方はしません」

一方の福祉や介護業界からは、こんな反応も。

「高齢者を働かせるなんて!とお叱りを受けることもよくあります。福祉的に見れば、じいちゃんばあちゃんたちは“保護するべき対象”なんですよね。ただ僕たちの会社で働いてくれているばあちゃんたちは、“働きたい人”なんです。無理に働かせているわけではありません。もちろん、保護を必要とする人に対しては福祉が絶対に必要です。でもまだその段階でない人まで一律に“守る”ことが本当にいいのか。僕たちは“もうしばらく一緒に働く道を選びます”というだけの話なんですけどね」

ビジネスの観点でもカバーできず、福祉の観点でもカバーできていない領域がある。既存の枠組みだけではしっくりきていないところをどうにかしたい。これが大熊氏の偽らざる本音だ。

「つまり、いまの日本社会に“高齢者が働く仕組みがない”っていうことだと思うんです。若者がフルタイムで働くのに比べて、高齢者が限られた時間だけ働くことは“非効率”と見なされがちだけど、それは“経済合理性”と名付けられた価値観が前提になっているだけ」

さらに、健康な高齢者を評価する仕組みも、ほぼ存在しないと大熊氏は言う。

「介護保険制度では、企業は利用者がいることで利益を得ます。だから、介護サービスを利用しない高齢者は“顧客”と見なされない。むしろ介護度が上がるほど、事業者にとっては収益になる。これは構造としておかしいと思うんです。本当は税金や保険を使わずに健康でいられる期間が長いことこそが、企業にとってプラスとなる仕組みが必要ではないでしょうか。つまり介護が必要ない状態をつくる企業にインセンティブが働くようにした方がいい。そうなれば国にとっても良いことのはずです」

大熊氏の活動、ならびにうきはの宝の事業は、現状の経済や国のシステムからは評価されにくい存在である「高齢者」の可能性を再発見し、仕組みそのものをデザインし直す挑戦でもある。

超高齢化社会をどう乗り越えるか、世界中が興味を持っている

社会の制度や常識そのものを問い直し、新たな仕組みを模索する挑戦的な姿勢を複数のメディアを通じて示すことで、〈うきはの宝株式会社〉の活動には国内外から熱い視線が注がれている。

また前述した著作『年商1億円!(目標)ばあちゃんビジネス』をきっかけに、ビジネス界、福祉・介護関係者、社会起業家、行政関係者など、さまざまな立場の人々から反響が寄せられているという。

実際、大熊氏の事業を「自分の目で見てみたい」と訪ねてくる人も後を絶たない。スタンフォード大学で長寿研究に携わる研究者が現地を視察に訪れたり、タイ王国の王立研究所から講演依頼が届いたりと、国際的な注目も高まりを見せている。

「スタンフォード大学のケン・スターン教授は、日本の“生きがい(ikigai)”という言葉に注目していました。体が健康なだけでなく、誰かの役に立ち、必要とされることから生まれる感情に、名前がついているのがユニークなんだそうです。アメリカにはそれにあたる言葉はないと言っていました」

高齢化が先行する日本は、アジア諸国や欧米にとっての“未来の姿”でもある。だからこそ、日本がどのように超高齢社会を乗り越えていくのかに対する世界の関心は、ますます高まっている。

「とはいえ、高齢化社会・日本の課題解決モデルをここに見るのもなんか不思議だなと思って、『なぜ九州の片田舎まで見学に来るのですか?』と聞くと、あなた達は悲壮感がなく楽しそうに見えるからだ、と言ってくれた人もいて。それを聞いて、なるほどな、と思いました」

真剣に課題に向き合いながらも、どこか肩の力が抜けていて、楽しさや希望を忘れない。大熊氏が持つその空気感こそが、多くの人を惹きつけている。

〈▲ ばあちゃん喫茶のロゴデザインを検討中〉

想定が外れまくった「ばあちゃん新聞」

現在、うきはの宝株式会社の事業の柱の一つとなっているのが、「ばあちゃん新聞」だ。タブロイド判の新聞は、毎月の巻頭特集以外にも、ばあちゃんのレシピや美容情報、健康体操、お悩みにばあちゃんが答える人生相談コーナーなど多彩なコンテンツが揃う。現在は毎月5000部を発行し、1部330円、年間購読6,578円(税込み/送料込み)で、全国に読者を持つまでに成長している。

「当初は購読料だけで成り立たせようと考えていて広告も一切載せてませんでした。自立自走を掲げているので、企業からの広告費≒補助がないと成り立たないのはよくないという変なプライドがあって。

案の定、スタート時は赤字続きで、なかなか黒字にならず。まずい、このままだと廃刊かも、と焦っていた時に、いろんな企業の方たちが応援を申し出てくださって。そこから広告の掲載を始めることにしました。やってみれば、無条件に応援してくださる方もいれば、一緒にタイアップ企画を考えてくださる企業もあって。結果的に、誌面もにぎやかになり内容も一層充実しました」

誌面づくりは、企業のPR誌的な方向に傾くのではなく、あくまで読者との接点を豊かにする形で展開されている。たとえば、ペットのようにコミュニケーションができるロボット「LOVOT(らぼっと)」とばあちゃんの共同生活を描いた企画や、インスタントラーメン「うまかっちゃん」とのコラボでオリジナルレシピを募集する企画など、読者にも企業にも新しい気づきを与える内容が並ぶ。

当初は、「高齢者の知恵に関心を持つ若者」や、「社会課題に敏感な層」が読者になると想定していた。ところが実際に蓋を開けてみると、購読者の多くは60~70代の女性だった。

「自分と近い等身大のばあちゃんたちが、日頃どんなことを考えているかとか、ちょっと歳上の女性がどう生きてきたかなど、身近なロールモデルに感じられるみたいで、勇気づけられたとか元気になったなどの反響をいただいています」

読者の反応に合わせ、文字サイズやレイアウトなどの編集方針も柔軟に見直された。現在ではWEB版もスタートし、「記事を書いてみたい」「感想を伝えたい」「ネタを提供したい」と、編集部と読者の距離がぐっと縮まっている。“ばあちゃんたちによる、ばあちゃんたちのためのメディア”は、着実にその輪を広げている。 

人生を自分で決めるって、すばらしい

大熊氏は、まったく威圧的なタイプではない。むしろ、いつもニコニコと柔らかい空気をまとっている。しかし、その奥底には、揺るがぬ強さがある。本気でやりきると、腹をくくっている人が持つ強さだ。

社会的な要請は多方面からあると思うが、はたして大熊氏自身のモチベーションはどこから生まれているのだろう。

「変な話、明日やめてもいいやって思っているからこそ、やりきっているところはあるかもしれません。みんなすぐに線で結んで面にしようとしますが、僕はずっと目の前の点を一点突破しようとしているところがあります。いわゆる一生懸命ではなく、一所懸命というか」

「世の中にない事業をやるのって、怖いです。怖いけど、おもしろいです。僕はばあちゃんの意見もお客さんの意見も周りからの評価も、いったんは素直に聞きます。でも最後は全部自分で決めるんです。自分の人生を決めるってすばらしいことですよね。決められない人生って、やっぱりしんどくないですかね?」

この問いかけは、大熊氏自身の生き方を表しているものであると同時に、ばあちゃんたちへのまなざしそのものでもある。

ばあちゃんたちは単なる労働力ではない。本来、たくさんの経験や技術、知恵を持ちながらも、それを活かす機会を失っていた人たち。その力を引き出し、もう一度、社会とつなぎ直したのが〈うきはの宝〉の取り組みだ。

自分でつくった料理でお金を得る。お客さんから「おいしかった」と言ってもらう。今日のメニューを、自分で決める。そんな小さな「決定」の積み重ねが、ばあちゃんたちの自信を少しずつ取り戻していく。

そして今、そのばあちゃんたちの能力が発揮される場が、着々と準備されている。2025年10月19日、福岡県うきは市で開催される〈ばあちゃんの学校だ。

自慢の郷土料理を競う「ばあちゃん甲子園」、着付けの仕方や漬物の漬け方を教わる「ばあちゃんの授業、高齢者向けのサービスやプロダクトを評価する「Bマーク認証」など、様々な催しが予定されている。

「すごいばあちゃんたちがたくさん出ますから。ヒップホップを披露してくれる方もいらっしゃいます。ぜひご期待ください」

常識を、楽しく、大胆に編み直す。大熊氏の、社会の価値のリデザインは、これからも止まることなく進んでいく。

撮影:東野正吾

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※大熊充さんとクオリティーズ日野編集長の対談記事です

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