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昭和のヒーロー長嶋茂雄さんが逝き、なぜか突然よみがえった同時代のヒーローの歌、「月光仮面は誰でしょう」

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昭和のヒーロー長嶋茂雄さんが逝き、なぜか突然よみがえった同時代のヒーローの歌、「月光仮面は誰でしょう」

 1974年(昭和49)「我が巨人軍は永遠に不滅です!」という言葉を残して現役を引退した長嶋茂雄さんが、永眠した。昭和100年にして戦後80年を経て、日本のヒーローがまた一人いなくなった。その長嶋茂雄さんが巨人軍に入団した1958年(昭和33)、当時のヒーローはわずかに普及し始めたテレビ受像機の中にいた。我ら団塊の世代の子供たちの憧れ「月光仮面」。強くて優しく颯爽として月よりやって来た使者は、全身白づくめ、白いマントのヒーローだった。

 小学生低学年で10歳にも満たない頃の遠い記憶のはずだが、今でも鮮明に覚えていて口ずさむことができる歌はそうあるわけではない。「長嶋死す」を知って、突然降って湧いたように耳の奥から聴こえてきたのは、〈どこの誰だか知らないけれど…、誰もがみんな知っている…〉だった。「近藤よし子とキング小鳩会」の子供たちが合唱しているが、小学唱歌のようにリズミカルなメロディーとテンポで、〈月光仮面のおじさんは…〉と続いた。自分でも詞の全文を諳んじていることに驚きながら、昭和33年頃の思い出が走馬灯のようにめぐっていた。

 あらためて調べてみると、楽曲名「月光仮面は誰でしょう」(作詞:川内康範、作曲:小川寛興)は昭和33年(1958)2月24日から翌年7月5日まで、KRT(現:TBSテレビ)系列で放映された子供向けの冒険アクションの連続ドラマ『月光仮面』の主題歌だった。残念なことにボクは当時リアルタイムで観ていたかどうか定かではない。近所の裕福な家にあったテレビ受像機なのか、すでに我が家にあったのかどうか、判然としないのだ。むしろ、テレビの『月光仮面』が大ヒットして間もなく地元の東映系映画館のスクリーンで観た情景(シーン)のほうが、はっきりと浮かんでくる。モノクロ映画ゆえのコントラストで真っ白い上下の衣装と覆面に白いマントをまとい黒いサングラスの月光仮面が〝どくろ〟の仮面を被った悪人どもの前に満を持して登場すると、ワクワクドキドキしながらスクリーンに見入ったものだった。どくろ仮面を蹴散らすと、電光石火の早業でオートバイに乗って去って行く、なぜかエンドロールの「終」の文字が浮かび出てくる直前までのシーンが焼き付いているのだ。(ただしこのシーンはシリーズ全編なのか、一部なのか自信はない)。その間に主題歌「月光仮面は誰でしょう」が流れていた。暗い映画館の客席で、一緒に歌い「終」と同時に拍手が沸いた(と思う)。悪を懲らしめ振り返ることもなく月の光の中に消えていく格好良さに、ボクら子供たちはみんな興奮していたのだった。

 同い年の仲間と酒を酌み交わしながら、「あの頃は、みんな月光仮面は誰でしょう~と大声で歌っていたなぁ」、「街角が遊び場だった、どくろの面を自分で作って、月光仮面ごっこで無心に遊んだな。〝正義〟を叫んでいたなぁ」、と口を揃えた。「家にあった包帯を顔に巻いて、額に紙で作った三日月をつけて、風呂敷をマント代わりにして、月光仮面になり切って遊んだよ」と懐かしがった。月光仮面はみんなのヒーローだった。

 私立探偵の祝十郎(大瀬康一)は、明晰な頭脳と高い運動能力を持ち、警察から絶大な信頼を得て様々な事件を追う。警視庁公認で銃を携帯している。祝が姿を消すと月光仮面が現れ、月光仮面が姿を消すと祝が現れるので「月光仮面の正体」は私立探偵・祝だ、とボクらは思い込んでいた。しかし、当時のオープニングのテロップでは「月光仮面:?」、「祝十郎:大瀬康一)と表記したり最後まで正体は明かされなかった。それだけにボクらは月光仮面の正体を追い求めていたのかも知れない。

 そういえば映画のシーンに拍手を送ったのは、すでに多くのファンを得て東映時代劇のヒーローだった『旗本退屈男』で、市川歌右衛門扮する早乙女主水之介が白馬に跨って、危機迫る姫君を助けに向かう場面だった。蹄(ひづめ)の音も高らかに効果音響が重なって、敵陣もものかは〝快刀乱舞〟の戦いを予感させて盛り上げた。「姫~!」だったのか(?)何やら叫びながら、馬上の主水之介は助けに向かう。やがて、市川歌右衛門の額にある三日月形の刀傷(かたなきず)のトレードマークを、「この天下御免の向う傷!」と啖呵を切る決まり文句で始まるチャンバラ劇に、大人も子供もヤンヤの喝采を上げた。忘れもしない、上映が終って映画館を出るや否や、ボクはすっかり早乙女主水之介になりきっていて歌右衛門の流れるような殺陣を真似ながら帰ったものだった。

 
 想えば、月光仮面も白い覆面(ターバン)の額に三日月のシンボルがあって、原作者の川内康範は、「人々の苦難を救済する、菩薩」であり、月光菩薩の生まれ変わりとして連想させていたのだという。時代劇と現代劇の同じような勧善懲悪ドラマに、日本中が沸いていた時代だった。第二次大戦後、占領下だった日本の復活のために時代はヒーローを求めていたのだろうか。強いヒーローは、悪事を赦さず、正義のために戦い、月光仮面の二丁拳銃はもっぱら敵に命中させず牽制と威嚇のために発砲するだけだった。作家・川内康範は敵をも赦すことに、〝惻隠〟の情を教えたのだろうか。生まれ育った北海道函館市松風町にある川内自らが寄贈した月光仮面像の銘板には、「憎むな、殺すな、赦しましょう」と刻まれている。父親は寺を持たない日蓮宗の僧侶だったといい、幼児から教え込まれた揺るぎない宗教的バックボーン(正義感)があったはずである。

 

 実は、原作者の川内康範にたった一度だけ、お目にかかったことがある。とは言っても、原稿取り程度のお使いだった。後に火事で全焼する東京・赤坂見附(千代田区永田町)のホテル・ニュージャパンの一室の仕事場に訪ねた。新聞を円く畳んでドアに挟み半開きだった部屋を覗くと、本や新聞雑誌の山の中に川内康範はいた。もとより高名な作家、作詞家であり、憂国の思想家であり、痩身にしてその面貌は武士(もののふ)そのもの。ビビッていたボクに、ひと言、「ご苦労さま」とA4茶封筒に入った原稿を渡してくれた。それでもすぐに追い返すには忍びなかったのか、雑誌の現状などあれこれと問いかけてくれて、ボクは冷や汗をかきながら返答していた。何を訊かれしゃべったか覚えはないが、緊張この上なく、這う這うの体で辞去した。

 すでに月光仮面だけの川内康範どころではなく、「誰よりも君を愛す」(和田弘とマヒナスターズ)、「君こそわが命」(水原弘)、「骨まで愛して」(城卓矢)、「恍惚のブルース」(青江三奈)、「花と蝶」(森進一)、「伊勢佐木町ブルース」(青江三奈)、「おふくろさん」(森進一)など数多くの歌謡曲のヒット曲を送り出した作詞家としての高名轟くばかりであったし、週刊誌の連載小説を数誌同時に執筆していた売れっ子の作家だった。その活躍の場は映画の原作、脚本などもあって膨大な作品群を遺している。テレビアニメの「まんが日本昔ばなし」は、原作から監修、主題歌まで川内によるもので、名作として今も語り継がれている。ここで全てを紹介できないが、昭和の芸能界はもとより文学界に名を残し、水面下では政界にも影響した〝大物〟だった。

 振り返れば、『月光仮面』が始まった頃のテレビ受像機の普及は、未だしの感があった。ミッチーブームと呼ばれ皇太子様(現上皇陛下)のご成婚が翌1959年(昭和34)で、一気にテレビの普及が広がったのは周知のとおり。長嶋茂雄さんが日本中のヒーローになったのも同じ年の6月25日後楽園球場の阪神対巨人戦だった。昭和天皇と香淳皇后ご臨席のいわゆる〝天覧試合〟は4対4のまま両陛下ご退席の時間も迫る9回裏、先頭バッターの長嶋さんがレフトスタンドにサヨナラホームランを放ったことは、日本球史に残る名場面であり、球界に不世出のヒーローが誕生した瞬間だった。それまでボクも野球大好き少年ではあったが、パ・リーグ人気に偏っていて、以降、ご多分に漏れず長嶋茂雄さんの巨人軍を追うこと一辺倒になった。長嶋茂雄、月光仮面、旗本退屈男、力道山もいたっけ、それぞれ何の脈略もないが、昭和とは輝かしいヒーローがいた時代だった。

 文:村澤 次郎 イラスト:山﨑 杉夫

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