「大切な人が倒れたときに、助けることができますか?」試合中に心肺停止になったフットサル選手が伝えたいこと
「7分に1人突然の心肺停止で命を落としている状況で、僕のように助かる人が1人でも増えるように」22歳の頃、フットサルの試合中に心肺停止を経験。帯同していたトレーナーによる心臓マッサージとAEDの処置で一命を取り留めた田中奨さん(以下、田中)。
「初めて行く場所では、必ずAEDの位置を確認する」という田中さんが、講演活動やフットサルを絡めた救命を学ぶイベントを通して一人でも多くの人に知ってほしいこととは?大切な人の命を救うため、田中さんの心肺停止の当時の経験や現在の活動、そして今後目指していることを伺いました。
シュートが胸に当たり、突然の心肺停止
ーーまずはフットサル選手になった経緯を教えてください。
田中)20歳の頃にサッカーからフットサルの選手に転向し、フットサルの社会人チーム、関東2部リーグのチームに加入しました。その後、バルドラール浦安の下部組織に入団し、Fリーガーを目指しました。
その後、社会人チームに所属しながら、賃貸のアパートの管理会社で働いていたのですが、25歳のときに「人生一度きり、何が起こるかわからない」という想いが芽生え、そしてこれまで一緒にプレイしていた仲間たちがFリーグのトップチームで活躍しているのを見て、夢を諦めずプロフットサル選手、Fリーガーに再挑戦する決意を固めました。
その結果、仙台のサテライトチームに入団し、1年で昇格し、ヴォスクオーレ仙台でFリーガーになりました。契約は1年で満了となってしまいフットサル選手としての道を終えることになりましたが、現在はフットサルの施設運営と看板の会社を経営しています。
ーー現在の活動のきっかけでもある、試合中に心肺停止になった時のお話を聞かせてください。
田中)社会人チームに所属していた22歳のときでした。フットサルの全国大会予選の試合の前半途中で、相手のシュートがたまたま胸に当たってしまい、心肺停止状態になりました。
当時、チームに同行していた学生トレーナーが心臓マッサージとAEDの処置を施してくれたおかげで、無事に命を取り戻し、今では元気に過ごしています。
ーー心肺蘇生とAEDの処置を終えた後は、どのようなことを行ったのですか?
田中)試合中に心肺停止となり、目を覚ましたのはコートの上でした。何が起こっているのかまったくわからない状態で目を開けると、チームメイトが自分の名前を鼓膜が破れそうなほど大きな声で呼んでおり、自分の体にはAEDがつながれているのを見て、重大な事態が起きてしまったことを理解しました。
その後、救急隊に病院へ運ばれ検査入院をしましたが、とくに異常は見つからなかったため、翌日の昼には退院することができました。病院の先生からは、措置が早かったおかげで異常がなく、今後も気を付けてフットサルを続けるようにとの言葉をいただきました。
ーー試合の前日や当日の朝に、何かいつもと違うことはあったのですか?
田中)ボールが胸に当たったことが心肺停止の原因でした。特に私自身が心臓疾患を持っていたわけでも、その日の体調が悪かったわけでもありません。誰にでも起こり得た事故だと思います。
救命に関心のない人に、まずは知ってもらう
ーー現在はどういったご活動をされているのですか?
田中)日本では現在、7分に1人が突然の心肺停止で命を落としている状況で、僕のように助かる人が1人でも増えるように活動をしています。具体的には、講演をしたり、フットサルと一緒に救命活動、AEDや心臓マッサージを学ぶイベントの企画を行っています。
今までは救命団体に声をかけていただき講演をすることが多かったのですが、そうするとどうしても意識の高い方々や救命に興味を持っている人にしか伝えることができませんでした。
「大切なことは、全然救命に関心のない人に伝えることだ」と気づき、まずは知ってもらうこと、誰にでも起こり得ることだということを伝えるために、YouTubeに動画を投稿し、多くの人に見ていただきました。
初めて行く場所では、まずはAEDの位置を確認する
ーー試合中に心肺停止になる前と後とで、何かご自身の中での心境の面での変化はありましたか?
田中)大きく2つのことが変わりました。まず1つ目は、人生観です。明日が当たり前に来ると思っていましたが、それが全然当たり前ではないことに気づかされました。人はこんなに簡単に命を落としてしまうんだということを、身をもって体験しました。
言葉で伝えるのと実際に体験するのでは感じ方がまったく違います。やはり「何を言うか」よりも「誰が伝えるか」が大切だと感じたので、これをしっかり伝えていきたいと思っています。
もう1つは、救命に対する意識が大きく変わりました。以前は、運転免許取得のために救命講習を受けましたが、受けなきゃいけないから受けていたという感覚でした。今は、もし目の前で心肺停止が起きた時に自分が助けられるように、消防署で行われている救命講習を受けたり、60分でAEDの使い方と心臓マッサージを学べる「プッシュコース」のインストラクター資格を取得したりしました。
また、初めて行く場所では、AEDがどこに設置されているか、自分の位置からどのルートが最も近いかを確認するようになりました。
ーーやはり、必要時に素早くAEDを用いて、救命処置を行うことが重要なのですね。
田中)1分ごとに10%救命率が下がります。救急隊が到着するまでに大体9分から10分かかると言われており、その間に何もしなければ、命を落としてしまう可能性が高まってしまいます。なので、その場にいる人がどれだけ早く救命措置を行えるかが非常に重要になり。早くAEDを使用することが、命を救うためには欠かせません。
また、今では、自動で電気ショックを流してくれる「オートショックAED」というものもあります。そのため、救命処置を行う時に、スイッチを押すことに抵抗がある人でもAEDが使用しやすくなっています。
AEDで命を救われたからこそ、伝えられること
ーー講習会や救命について学ぶイベントを行う中で、印象に残っている出来事はありますか?
田中)やはり、実際にAEDや心臓マッサージで命を救われた人の言葉には重みがあると言っていただくことが多いです。それを聞くたびに、自分が今こうして生かされている意味を強く感じます。
講習会では必ず本物のAEDを触っていただくようにしています。参加者の方々には、「こんなに簡単に使えるんですね」「実際に触ってみると小さいですね」といった感想をいただきます。
そして、講習会を終えた時に「今後は必要な時にAEDを使えそうです」と言ってもらえると、講習会を開催して良かったと感じます。
ーー最後に一言お願いします。
田中)「今、目の前で大切な人が倒れたときに、助けることができますか?」これを強くお伝えしたいです。
「街中で倒れている人を助けてください」と講習会では伝えられる場面が多いと思いますが、私は目の前で大切な家族や恋人、友人が倒れた時に、自分は今この瞬間に助ける知識があるのか、ということを1分間考えていただくようにしています。そうすると、8割から9割の人が「何もできませんでした」や「何をしたらいいかわかりませんでした」と答えが返ってきます。
まずは、自分が何もできないことを知ることがとても大切だと思います。そして、その上で「どうしたら助けられるようになるのだろう」と学んでいただくのが良いと考えていて、そのきっかけを作っていきたいです。今、日本ではAEDの使用率がわずか4%しかない現状です。その使用率が0.1%でも上がるように、この活動を続けていこうと思っています。
ーーありがとうございました!