『チリの不思議な怪物伝承』金を食べる鳥から火山の巨人まで
チリといえば、世界一細長いことで有名な、南米の国である。
チリを含む南米の国々は15世紀頃に、かの悪名高きスペインのコンキスタドール(征服者)たちによる侵略を受け、その国独自の文化は尽く失われてしまった。
だが僅かに生き残った文化は、白人からもたらされた文化などと融合し、全く新しいカルチャーとして生まれ変わった。
それは神話や伝説の世界においても同じであり、数多くの個性的なモンスターたちの伝承が、現在まで伝えられている。
今回はそんなチリの怪物たちについて、解説を行っていきたい。
1. アリカント
アリカント(Alicanto)は、チリの伝承に登場する、鳥の妖怪である。
民俗学者フリオ・ビクーニャ・シフェンテスの著書『神話と迷信』にて、この鳥は言及されている。
アリカントは夜行性の鳥であり、世界で最も乾燥した場所の一つ、アタカマ砂漠に生息するとされた。
驚くべきことに、この鳥は金属を主食としているそうだ。
そしてその食べている金属と同じ色に、体表が輝くとされている。
金を食べるアリカントは金色に輝き、銀を食べるアリカントは銀色に輝く、といった具合だ。
金属を常食しているゆえに、この鳥は体が重く、空を飛ぶことはできない。
だがその分、筋肉が鍛えられているためか、空腹時には非常に素早く走ることができるそうだ。
(しかし満腹時には、地を這うほどの鈍足になるという)
金や銀を食べるアリカントがいるということは、その近くには金脈・銀脈が存在することになる。
ゆえにトレジャーハンターたちは、夜中にこっそりこの鳥の跡をつけるのだが、アリカントは存外めざとく、すぐに尾行されていることに気づいてしまうという。
そしてわざと鉱脈の経路から外れ、追跡者を崖におびき出した後、突然フッと体の輝きを消し、どこかへ隠れてしまうそうだ。
灯りのない漆黒の闇の中、哀れにも追跡者は足を踏み外し、崖から落ちて死んでしまうのである。
2. ギリビーロ
ギリビーロ(Guirivilo)またはネグルビール(Nguruvilu)は、チリ中南部~アルゼンチン南部の先住民族・マプチェ族の伝承に登場する妖怪である。
一見するとその姿は狐だが、まるでヘビのような、異常に長い胴体や尻尾を有するという。
この怪物は普段、川の中に潜んでいるそうだ。
川を渡ろうと泳いでいる人間を見つけると、ギリビーロはその長い尻尾を器用に使い、巨大な渦を巻き起こす。
飲み込まれれば当然、命はない。
川で溺れ死ぬ人間が出た場合、人々はこぞってギリビーロの仕業だと囁いたという。
このことからギリビーロは「水難事故」を怪物に例えた存在だと考えられている。
現地ではギリビーロの襲撃を防ぐため、川を移動する際は、舟を使うことが推奨されていたそうだ。
もしくは祈祷師や魔術師に頼み込んで、ギリビーロを退治してもらうこともあったという。
3. カルチョーナ
カルチョーナ(Calchona)もしくはカルチョナは、チリに伝わる魔女のことである。
カルチョーナは悪しき存在であるが、普段は人間のフリをして、社会の中に溶け込んで生活しているという。
とあるカルチョーナは人間の男と結婚し、家庭を持ったそうだ。
しかし夜になり夫が眠ると、決して目覚めぬよう熟睡の魔法をかけた後、自身はヤギの姿に変身し、野原へ散歩に出かけることを日課にしていたという。
(カルチョーナがヤギに変身する方法には様々なパターンが存在するが、概ねクリームやポーションなどの薬を用いるとされている。また、この薬は人間の姿に戻る際にも使用する)
だがある夜、うっかり熟睡魔法をかけ忘れてしまい、夫が目覚めてしまった。
そして夫は、妻がヤギに変身する瞬間を目撃したのである。
ヤギになった妻が野原へ出かけた隙を見計らい、夫は変身用の薬を川へ捨てて処分し、そのまま遠くへ逃げたそうだ。
何も知らずに帰ってきたカルチョーナであったが、家は既にもぬけの殻であり、人間の姿に戻ろうにも、薬がないため元に戻れない。
こうしてカルチョーナは未来永劫ヤギの姿のまま、あてもなく彷徨い続けることになってしまったという。
4. チェルーフェ
チェルーフェ(Cherufe)は、マプチェ族の伝承に登場する、溶岩の魔人である。
岩とマグマで構成された巨人、またはトカゲのような姿をしているという。
南米のアンデス山脈には様々な火山が点在しており、それらが噴火するのは、チェルーフェが怒り狂っているからだと考えられていた。
チェルーフェは、処女の肉が大好物だという。
そこでチェルーフェの怒りを鎮めるために、うら若い乙女を生け贄に捧げる儀式が、かつては行われていたとされる。
5. カマウェトー
カマウェトー(Camahueto)は、チリのロス・ラゴス州に存在する離島、チロエ島において伝えられる幻獣である。
川の中に生息するタツノオトシゴは、成長と共に巨大な牛の姿へと変容し、海へと移動する。
これがカマウェトーであるという。(タツノオトシゴは海の中でしか生きられない魚だが、中には川と海の中間である、汽水域で発見される種もいるそうだ)
カマウェトーの伝承は地域によって差異があるが、基本的には獰猛で人を食らう怪物であるという。
中には時間を操作したり、雷雨を発生させるなどの、神のごとき力を持つカマウェトーの伝承も存在するというから、恐ろしい。
参考 : 『神魔精妖名辞典』『幻想動物の事典』他
文 / 草の実堂編集部