【グッと!地球便】巨匠との運命的な出会いから、ロンドンで眼鏡職人として奮闘する息子へ届ける両親の想い
今回の配達先は、イギリス・ロンドン。ここで眼鏡職人として奮闘する新井慧斗さん(29)へ、埼玉県で暮らす父・泰さん(60)、母・和子さん(59)が届けたおもいとは―。
ロンドンの人気眼鏡ブランドで世界に一つだけの眼鏡を製作
ヨーロッパでも屈指のファッション都市・ロンドン。慧斗さんは眼鏡ブランド「CUBITTS(キュービッツ)」の専属職人として、ロンドンの玄関口であるキングス・クロス駅近くの工房で働いている。
キュービッツは今、ロンドンで最も勢いに乗るブランドで、クラシックとモダンが融合したスタイリッシュなフレームが特徴。世界的スーパースターも愛用し、あの宇多田ヒカルさんの眼鏡は慧斗さんが手掛けたものだ。
フルオーダーメイドで作るキュービッツの眼鏡は、顧客の頭の幅や耳の長さ、鼻の高さなどを測ってデザイナーが設計する。それを形にして、最終的に1本の眼鏡として仕上げるのが職人である慧斗さんの仕事。アセテートというプラスチックの一種を素材に、デザインやかけ心地を考えながらパーツを削っては幅を測り、削っては測り…と気が遠くなるような地道な作業を繰り返し、完成までの工程は実に50以上にも。こうしてようやく、世界に一つだけの眼鏡が完成する。
一度は断られるも…眼鏡界の巨匠との運命的な出会い
この道に入るきっかけとなったのが、高校生のときに初めて購入した1本の眼鏡。一体どうやって作るのかと素朴な疑問を抱き、大学生になると眼鏡の町である福井県鯖江に行き工場を見学。その後すぐに眼鏡店でアルバイトを始めた。
そして漠然と眼鏡づくりに携わりたいと考えていた大学3年生のとき、ロンドン在住の眼鏡職人でデザイナーのローレンス・ジェンキンさんが働く工房にアポイントメントを試みる。当時72歳のローレンスさんは、革新的なデザインでヨーロッパの眼鏡業界を牽引してきた伝説的人物。結局面会は断られたが、諦め切れなかった慧斗さんはせめて外観だけでも見ようと工房があるビルを訪ねた。すると偶然ローレンスさんが通りかかり、本人の案内で作業場を見学させてもらえることに。そんな運命的な出会いにより、この地で職人になると誓った慧斗さんは大学を卒業するとロンドンへ。平日はキュービッツで働き、休日は師と仰ぐローレンスさんのもとで修業するという眼鏡漬けの生活が始まったのだった。
将来的には自分の工房を構えて、デザインから納品まで全てをひとりで手掛けたいという慧斗さん。すでにその夢に向かって動き出しているが、奇しくも父が転職した時と同じ年齢になった。慧斗さんの実家は今年で30年になるカレー専門店。グラフィックデザイナーだった父が30歳を前にデザインの世界を離れ、母と一から立ち上げた店だ。最近ふと考えるのは、父がデザイナーを辞めた理由。家族ができたタイミングで、今後デザインで食べて行けるのかと考えたのだろうか…そして「僕も好きなことと、時間と、お金と、幸せ。そのバランスを考えてやっていかないといけないのかな」と自分を重ね合わせる。
高校時代の1本の眼鏡を出発点に、海の向こうで製作に打ち込む息子の姿を見た父・泰さんは「親としてはなぜ眼鏡なのだろうと思っていたのですが、本人には眼鏡が大きなものに見えたんですね」と納得した様子。また、29歳になった慧斗さんが抱える思いを知り、自身がグラフィックデザイナーからカレー店に転身した理由も明かす。
夢に向かって歩みを進める息子へ、父からの届け物は―
いつかは自分のデザインした眼鏡をお客さんの元へ届けたい。夢に向かって歩みを進める息子へ、父からの届け物はデッサン画。泰さんが久々に筆をとり、慧斗さんが初めて作った眼鏡の絵を描いた。さらに手紙には、息子が製作の道に進んだことへの驚きとともに、「父も自分で何が本当に向いているのか試行錯誤し、デザイナーから現在の仕事を30年前に選びました。君もきっとその時期を迎えるときがくると思います」と人生の岐路について綴られていた。
「結局、父親が元々やっていたデザインという仕事に近いことをやっているので、知らず知らずのうちに父親の背中を追ってきていたのかな」と慧斗さん。そして、「自分もその中でいろいろなことを経験して、いずれ進む道を選ぶ時が来るんじゃないか。それまでは今の道を究めていきたいと思いました」とすがすがしい表情で語るのだった。