小児がんの子が5歳で結婚式 「こどもホスピス」で実現した「人生最良の1日」
重い病や障害とともに生きる子どもとその家族を支える「こどもホスピス」ルポ第3回。コミュニティ型こどもホスピス「うみとそらのおうち」(横浜市金沢区)で行われた、5歳児二人の結婚式エピソード。全5回
【写真➡】第3回こどもホスピスでの“子ども結婚式”を見る横浜市に2021年に誕生したこどもホスピス「うみとそらのおうち」(通称うみそら)は、重い病や障害とともに生きる子どもたちのための「第二のおうち」であることを目指しています。実際、訪れる子どもたちとその家族が、それぞれの大切な「命の時間」を過ごしています。2024年の春には、2歳のころから「闘病仲間」だった幼い2人が、この施設で結婚式を挙げました。
出会いは2歳 小児病棟で
昨年(2024)9月23日、Facebookの「横浜こどもホスピス うみとそらのおうち」のアカウントから、可愛らしい写真が投稿されました。
幼い男の子と女の子が、ドナルドダックふうの衣装をまとい、ガラス窓の外を見ながら仲むつまじく身を寄せ合っている様子をとらえた写真が1枚。
そして、女の子は「ラプンツェル」のプリンスのようなウェディングドレスを、男の子は、「美女と野獣」に出てくる野獣の王子様のジャケットを着て、ウェディングケーキを分け合う写真が1枚。
どちらの写真も、温かい光に包まれて祝福を受けている幼い二人の、歓声が聞こえてきそうなほどの幸福感に満ちています。
東京ディズニーランドが大好きな二人らしい衣装で挙式。両親は、玲花ちゃんが天国へと向かう旅路に、大好きだった「アナ雪」のドレスをプレゼントした。 写真提供:高松愛美さん
おそろいのドナルドダックの衣装で「お色直し」。はるぽんのママが、二人のために手作りしたという。 写真提供:高松愛美さん
投稿の説明は、こんな感じでした。
「横浜こどもホスピスには、ご家族から『七五三などの節目にプロが撮った写真を残したい』というリクエストが寄せられることがありますが、この日はなんと同じ病院で治療を頑張った大切なお友達同士の結婚式のリクエスト。
一部の衣装はママたちの手作り、ウエディングケーキのデコレーションはお子さん自身が挑戦、ゲストに病院スタッフも駆けつけてくださり、オリジナリティあふれる素敵な結婚式となりました」
一緒に退院 そしてプロポーズ
女の子は、高松玲花(れいか)ちゃん。男の子は、玲花ちゃんのことが好きで好きでたまらない「はるぽん」。二人は2歳のころにそれぞれ重い病であることが判明し、順天堂大学病院の小児病棟で知り合った「闘病仲間」です。
玲花ちゃんの病は小児がんのひとつである神経芽腫、はるぽんの病は白血病でした。
入院生活は決してラクではなかったはずですが、玲花ちゃんもはるぽんも、子どもらしさを決して失わず、体調の良いときには病室や廊下でかくれんぼや「アンパンマンカー」に乗るなどして、遊びました。
玲花ちゃんとはるぽんは寛解し、偶然にも同じ2021年の12月4日に退院しました。退院すれば、二人は離れ離れになってしまいます。するとはるぽんから、思いがけない言葉が飛び出しました。
「玲花ちゃん。ぼくたち、けっこんしようね」
はるぽんのことが大好きだった玲花ちゃんも、少し照れながらも、うなずいて答えました。
そして昨年(2024)の3月、幼い二人と家族で東京ディズニーランドへ遊びに行き、はるぽんはシンデレラ城の前で、玲花ちゃんに正式にプロポーズしました。小さな指輪も用意して、王子様のようにひざまずいて、はきはきと言いました。
「ぼくと、けっこんしてください」
玲花ちゃんも、しっかりと答えました。
「はい!」
5歳の二人が「永遠の愛」を誓い合った瞬間です。はるぽんは喜びがあふれ、玲花ちゃんをぎゅーと抱きしめました。見守っていたお互いの家族にも、笑顔が広がりました。
実はこのとき、玲花ちゃんの病気は、とても難しい状態にありました。
“ホスピス”の名が嫌だった
玲花ちゃんは一度ははるぽんのように寛解したものの、わずか約半年で病気が再発。頭蓋骨や大腿骨など全身への転移も進み、3月には主治医から「これ以上の治療法が見つからない」と告げられます。
両親は玲花ちゃんを退院させ、在宅医療に切り替えながら、玲花ちゃんが「行きたい」と言う場所に連れていき、「やりたい」と思うことを全部やらせてあげようと決めました。
そんなタイミングでの、はるぽんからのプロポーズ、まさにビッグプレゼントだったのです。
玲花ちゃんが両親と一緒に、横浜市金沢区にあるこどもホスピス「うみとそらのおうち」、略して「うみそら」に初めてやってきたのは、3月23日(2024年)でした。母親の愛美さんはこう振り返ります。
「実はずっと前から、うみそらさんの存在は知っていました。それでも『ホスピス』という施設の名前に抵抗を感じて、ずっと行かずにいたんです。でも実際に来てみて、従来の『ホスピス』のイメージなんて全然なくて、びっくりしました」
両親は、玲花ちゃんの病気が判明したときから、ネットでうみそらのことを知っていたものの、「まだ玲花は元気だから」と考えていたそうです。その施設が医療機関でないことは分かっていましたが、「ホスピス」という言葉から、末期がん患者が痛みを緩和しながら終末期を過ごすための施設、というイメージがつきまとい、積極的に訪れる気持ちになれずにいたそうです。
しかし玲花ちゃんが余命宣告を受けたため、在宅医療に切り替える際に、主治医にうみそらについて相談しました。そして実際に訪れてみて、イメージは一変したといいます。
初めてのお泊まりで「100回行きたい」
川のほとりに立つ2階建ての施設は、外壁は優しいクリーム色に彩られ、建物を覆うガラス窓には、ジンベイザメやチョウチョウウオなどの魚たちのイラストが描かれています。
中に入ると、大きな室内ブランコが出迎え、家族みんなで料理が楽しめる対面型キッチンや、子どもたちの工作やお絵描きを応援してくれるカラフルなテーブルもあります。2階に上がると、家族みんなで入れる大きなお風呂や、家族が並んで眠れる宿泊部屋があり、別荘かホテルのようです。
玲花ちゃんはまず室内ブランコがとても気に入り、特等席のようにブランコに陣取り、天井にぶつかりそうなほど大胆に揺らして遊んでいました。そして両親と二人の兄と、家族全員でお風呂に入って、おおはしゃぎだったそうです。父の文弥さんが振り返ります。
「ものごころついてからは、玲花にとって初めてのお泊まりだったんです。大きなお風呂が本当に大好きで、お兄ちゃんも一緒に入って。すごく楽しかったです」
愛美さんも、「初めてうみそらを利用した帰りの車で、れいちゃんは『お泊まり100回行きたい』と大喜びでした。喜んでくれて私も嬉しかったですが、同時に『なぜもっとここに早く来なかったんだろう』と、心底後悔しました」
うみとそらのおうちの窓ガラスには、ジンベエザメやイルカなど海洋の動物たちのイラストが施され、水族館のようだ。 写真:浜田奈美
七五三も結婚式も「やりたいこと」は全部やろう
玲花ちゃんとはるぽんが結婚式を挙げたのは、4月9日でした。
高松さん夫婦が玲花ちゃんのためにうみそらの利用を始めるうえで、うみそらのスタッフが玲花ちゃんと家族の「やりたいこと」をすべて、聞き出していました。
「まず七五三をやりたいと伝えました。髪の毛を伸ばしたけれど、抗がん剤の影響で抜けてしまってできずにいたので。それからプロポーズの話もしたら、うみそらさんにはメークアップアーチストや着付け、写真のプロの方々がボランティアで来てくれるから、『両方ここでやりましょう』と、力強く即決していただきました」
はるぽんのママさんは、おそろいのドナルドダックの衣装を持参してくれました。実はプロポーズの後、もう一度みんなでディズニーランドに行く予定でいましたが、玲花ちゃんの体調が悪くなり、叶わなかったのです。
うみそらスタッフは地域のケーキ屋さんにお願いして、ウエディングケーキを用意。当日は双方の家族に加え、お世話になった順天堂大学病院の保育士や心理士も駆けつけました。
この日は午前にまず玲花ちゃんの七五三の準備と記念撮影があり、午後から結婚式という忙しい一日でした。両親は玲花ちゃんの晴れ姿を心に焼き付けるように、夢中で写真を撮りながら、全身全霊で幼い二人の結婚を祝福しました。
「お化粧も着付けも初めての体験で、れいちゃんの笑顔が素晴らしかった。病院でも自宅でも見たことがないほどの笑顔があふれてて」と愛美さん。
「またこの素晴らしい時間に戻りたいなって、いつもいつも思っています」
着付けができるボランティアに七五三の着付けをしてもらい、笑顔を輝かせる玲花ちゃん。 写真提供:高松愛美さん
玲花ちゃんも両親も念願だった「七五三」を実現し、笑顔で記念撮影。 写真提供:高松愛美さん
この結婚式からひと月半後の5月31日。玲花ちゃんが、空へと旅立って行きました。
家族でうみそらに宿泊した、5日後のことだったそうです。
「いけばよかった」と後悔してほしくない
「れいちゃん、うみそらにまた行きたいからと放射線治療も頑張ってくれて、来られたんです。体調はよくなかったけれど、釣りもして花火もして、本当に楽しかった。あれが最後になってしまうとは思っていなくて……」
結婚式の様子をFacebookに投稿した9月23日は、玲花ちゃんの6回目の誕生日でした。玲花ちゃんは旅立ってしまいましたが、この日は家族とはるぽん、はるぽんのママさんも駆けつけ、スタッフとともに誕生日を祝ったそうです。
美しい着物姿で晴れ晴れとほほ笑む玲花ちゃん。
家族みんなでたくさん作った餃子を、口いっぱいにほおばる玲花ちゃん。
横に座る新郎のはるぽんに、ケーキを「あーん」する、花嫁姿の玲花ちゃん。
愛美さんと文弥さんのスマートフォンには、本当にたくさんの玲花ちゃんの笑顔が、記録されています。
それらの写真を涙ながらに愛でながら、愛美さんは、「どの写真の玲花も、うみそらだから見ることができた特別なもの」と断言します。そして、同じ境遇にある家族たちへの思いを、語ってくれました。
「玲花の体験を通して、こどもホスピスを利用することに迷われているご家族の後押しになれたらと思います。今、子どもたちを支えているご家族には、私のように『もっと早く連れていけばよかった』と、後悔してほしくありません。
勇気を出した先には、子どもたちの笑顔があふれる『第二のおうち』があることを、知っていただけたら。そして、治療を頑張っている子どもたちが、自宅や病院以外でも安心して過ごせるおうちが各地に増えてほしいと願っています」
取材・文/浜田奈美
フリーライター浜田奈美が、こどもホスピス「うみとそらのおうち」での物語を描いたノンフィクション。高橋源一郎氏推薦。『最後の花火 横浜こどもホスピス「うみそら」物語』(朝日新聞出版)