自然物の質感そのままに 釜石出身の陶芸家・伊藤正さん、古里で個展「最初で最後かな」
釜石市出身の陶芸家、伊藤正さん(73)の陶芸展が9月25~27日、同市大町の市民ホールTETTOで開かれた。花巻市東和町に築窯し、自らの手で土を掘り作陶している伊藤さんの作品は、土そのものの表情を生かした造形が味。ざらざら、でこぼこ、ぷつぷつ…自然物の質感にそっと触れてみたくなるような引力がある約70点が並んだ。古里で作品を紹介するのは地元の陶芸家と二人展を行った駆け出しの頃以来。「最初で最後だろう」という今回の個展には同級生や後輩、市民らが足を運び、独特な作風に見入った。
巻き貝、シュウリ貝といった貝殻をモチーフにした「海の雫」は、20年以上作り続けている造形。「波にもまれ砂浜に打ち上げられた、風化した貝が面白い」と伊藤さん。子どもの頃に古里の海で貝殻拾いをした記憶を表している。3年ほど前から取り組むのは「時の栞」シリーズ。古墳など遺跡から着想を得る。
使うのは、自ら選んだ久慈市の土。山や川原などの地層から掘り出したものだ。チャート、長石などの鉱物が混じった土をあまり精製せず作陶。その土に含まれるさまざまな物質が、焼成の過程で小さな突起となって表面に現れ、独特の質感を生み出している。「石が入った、ざらざらした感じの表情に引かれる。土の採取は人に任せられない」。釉薬もほとんど用いないといい、伊藤さんは自身の作品を「プリミティブ(『原始的な』という意味)」と表現した。
伊藤さんは釜石南高(現釜石高)から東京の大学に進学。子どもの頃から土器や縄文といった文明にも関心があり、理工系の学部で地学を学んだ。「人生に悩んでいた」という25歳前後の頃にインドを放浪。自然のものから形を起こす、ものづくりを志すきっかけとなった。
1979年から焼き物の街、栃木県益子町の製陶所で修行。作陶技術を得て、30代前半に岩手県に戻り、遠野市に築窯、独立した。修行時代から気になっていたのが、土。焼き物の本質でもある土に「不自然さ」を感じていたことから、自分をわくわくさせてくれるものを求め、周囲の山を掘り始めた。
「土を掘っているとイメージが湧く」と話す伊藤さん。さまざまな土を試し、焼き方の温度、いぶし具合を変えたり組み合わせたり試行した。95年に花巻・東和に移住。自ら土を掘り、窯を築き、薪で焼き上げるスタイルを継続する。
古里での個展は、中学・高校時代の同級生で前釜石市長の野田武則さん(72)からの熱望を受け実現。精力的な作陶、個展などへの出展のほか、県内外の美術展での入選・受賞や国内外の美術館への収蔵など、独自の作風が評価されているのに「知らない人が多い。元気なうちに古里で(個展を)やってくれ」(野田さん)との声に、「たまたま半年だけスケジュールが空いていた」(伊藤さん)と応えた。
陶芸を身近に感じてもらえるよう「不得意」と話す食器も並べた。抹茶碗や小鉢、角皿…。粘土を細長く伸ばしたものを重ねていく「ひも作り」を主にするが、ろくろ形成など手法はさまざま。「一つとして同じものはない」ことから、量産している感覚や、つるんとしたイメージの焼き物を作ると思うと「つまらなくなる」と明かした。
食器も、手が触れる表面はざらざらとした質感は残るが、カップや花入れなどは内側にうわぐすりが塗られ、さらりとした光沢がある。水漏れしないよう飲みやすさや使いやすさにはしっかり配慮。表面に白いカオリンという粘土を薄く塗り、焼成後にワイヤーブラシでカオリンをこそげ落とし土肌をあらわにする独自技法が隠れていて、白色と赤茶色の土のコントラストが味わい深い作品もあった。
独自の造形、土の表情を見て、感じ取れるよう作品はすべて自由に触れることができた。来場者は「素朴」「土そのままで面白い」などと、つぶやきながら鑑賞。元製鉄マンらしき男性は焼き方の工程や窯内の温度など、伊藤さんに熱心に質問していた。
「5、60年ぶりにたくさんの懐かしい顔に会えた」と目尻を下げた伊藤さん。「釜石で紹介するのは最後かな。体力も落ちているから」と話すが、実際は今後の展示会の予定が75歳までびっしり詰まっているからだ。
創作意欲は衰えず、「いいものを見て感動する」日々を過ごし、気になるものをデッサンし描きためている。今、興味があるのは「人間」と「文明」。自然物を生かした造形を通し「人間って何なのか、古代の文明の意味を考え、自分なりに納得できるものを見いだしたい」と探究を続ける。そのために欠かせない視点は、面白さ。「ドキドキしなきゃ、ダメ」と笑った。