描かれた“理想の女性像” ― 特別展「生誕150年記念 上村松園と麗しき女性たち」(レポート)
戦前から戦後にかけて活躍した日本画の巨匠・上村松園(1875–1949)。「一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香高い珠玉のような絵こそ私の念願」と語り、生涯にわたり理想の女性像を描き続けました。
今年は、ちょうど生誕150年。その画業をたどるとともに、松園と同時代の画家から現代の若手作家にいたるまで、女性の姿を主題とした作品を紹介する展覧会が、山種美術館で開催されています。
山種美術館 特別展「生誕150年記念 上村松園と麗しき女性たち」会場入口
松園は京都に生まれ、女手ひとつで育てられながら、若くして画才を認められ、多くの展覧会で受賞を重ねました。江戸や明治の風俗、古典などに取材し、独自の美人画を確立します。
展覧会は、まず松園の代表作から始まります。たとえば《蛍》は、喜多川歌麿の《絵本四季花 雷雨と蚊帳の女》など江戸時代の風俗画を参考にした可能性が指摘されており、古典への深い理解と独自の解釈がうかがえます。
上村松園《蛍》1913(大正2)年 第7回文展 山種美術館
松園と山種美術館の関係も注目されます。創立者・山﨑種二氏は松園と親しく、上京のたびに宿や食事を手配。松園から届いた礼状が今も残されており、信頼関係の厚さを物語っています。
松園作品の多くを同館が所蔵している背景には、種二氏の妻・ふうさんの存在がありました。ふうさんの強い希望で収集が始まり、現在では18点を数えます。晩年の種二氏は熱海の別荘で《春風》などを掛け替えては鑑賞していたと伝わります。
上村松園《春風》1940(昭和15)年 山種美術館
《牡丹雪》は、灰色の空の下、うつむき歩く娘たちを描いた作品。画面上部を大きく空けた構図が、空の広がりと冬の日の寂しさを際立たせています。この作品を手がけた昭和19年、松園は女性で二人目の帝室技芸員に任命されました。
一方、《庭の雪》では、舞い散る雪の中で寒さに身を縮める若い女性が描かれています。昭和23年に完成したこの一作により、松園は女性初の文化勲章を受章。戦前から戦後へと時代が移るなかでも、揺るぎない評価を得ていたことがわかります。
(左から)上村松園《庭の雪》1948(昭和23)年 第1回白寿会展 山種美術館 / 上村松園《牡丹雪》1944(昭和19)年 陸軍献納帝国芸術院会員美術展覧会 山種美術館
本展では、松園と同時代および後の時代に活躍した、京都・大阪・東京の画壇を代表する画家たちによる美人画も紹介。地域ごとの流派や視点が反映された作品が並び、松園作品との対比や美人画の多様性を堪能できます。
池田輝方の《夕立》は目を引く大作。東京出身の輝方は水野年方に師事し、鏑木清方らと烏合会に参加。芝居や文学を題材にした風俗画で名を馳せました。
池田輝方《夕立》1916(大正5)年 第10回文展 山種美術館
また、菱田春草《桜下美人図》は、浮世絵の伝統を踏まえながらも、春の華やぎと人物のしなやかさが調和した一作。菱川師宣《見返り美人図》を彷彿とさせる優雅な構図が印象的です。
《桜下美人図》菱田春草 1894(明治27)年 山種美術館
さらに、近代から現代にかけての女性像も紹介。山種美術館では珍しく、油彩画も展示されています。
和田英作《黄衣の少女》は、鮮やかな黄色のワンピースと赤い背景の対比が美しい肖像画。モデルは画家の妻の姪・薄富士子で、艶のある肌描写と正確なデッサンに、和田の高い技術がにじみ出ています。
和田英作《黄衣の少女》1931(昭和6)年 第12回帝展 山種美術館
展覧会は、松園を中心に据えながら、同時代の鏑木清方や、生誕記念の節目を迎える小倉遊亀〈生誕130年〉、片岡球子〈生誕120年〉らの名品も展示。時代も技法も異なる多彩な表現を通じて、女性像を描くことの奥深さを味わえる構成です。
理想の女性像を追い求めた松園のまなざしを出発点に、美人画の系譜とその広がりを体感できる展覧会。日本画の魅力とともに、描かれた女性たちの姿が、時代を超えて語りかけてきます。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年5月19日 ]