日本と海外の介護はどう違う?体験をもとに他国と比較します
本日のお悩み:日本と海外の介護の違いを知りたい!
よく「日本の介護は進んでいる」「海外の介護のお手本に」などと言いますが、実際どのようなところが進んでいるのでしょうか?
私たちが当たり前だと思っている介護は、海外の介護と異なるのですか?教えてください。
この記事のポイントまとめ
日本と海外、介護に関する考え方の違いとは?~東南アジア編~
執筆者/専門家
伊藤 浩一
https://mynavi-kaigo.jp/media/users/14
ご質問ありがとうございます。
ご縁に恵まれ、これまでにベトナム、タイ、カンボジア、ミャンマー、そしてデンマークを訪れる機会をいただきました。どの国でも貴重な経験をさせていただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
日本にいると、「日本の超高齢社会は大変だ!」という声をよく耳にします。しかし、海外で現地の方々と直接話すことで、日本の福祉をより客観的に捉えることができるようになりました。私はこの視点を、勝手ながら「グローバル福祉観」と呼んでいます。
それでは、日本と海外では介護や福祉に対して、どのような考え方の違いがあるのでしょうか?
まずは、東南アジアに焦点を当てて、その違いについてお伝えしたいと思います。
「介護」の概念がない国も?その理由とは
まず、このテーマを考えるうえで押さえておきたい前提があります。それは「平均寿命」です。
■日本の平均寿命は海外と比較して高い
※出典:厚生労働省令和5年簡易生命表の概況をもとに作成
上記は、厚生労働省が発表した簡易生命表をもとに、日本と東南アジア諸国の平均寿命を比較したものです。
日本の平均寿命は、男性で81.09歳、女性は87.14歳で東南アジア諸国と比較して長寿国であることがわかります。特に、フィリピンやインドネシアとは、男女ともに10歳以上の差があります。
では、なぜ日本が長寿国なのかその理由を考えていきましょう。
■日本が東南アジア諸国と比較して長寿国となる理由
日本が、東南アジア諸国と比較して長寿国である要因は、主に以下の通りです。
・食生活
・医療制度
・教育水準
・治安、社会の安定
このように、様々な要因が考えられます。特に東南アジアでは過去の内戦や紛争の影響などから、都市部と農村部の格差などもあり平均寿命全体に影響を及ぼしています。
■「介護」は必要性があるからこそ生まれる概念
「介護」という言葉は、実際に介護が必要な状況があるからこそ存在するものです。つまり、認知症や身体の衰えといった問題が表れる前に寿命を迎える国では、そもそも介護というものに向き合う機会が少ないのです。
日本の認知症有病率を見てみると、75歳から79歳の間では約10%ですが、80歳を超えるとその割合は急激に上昇します。80歳から84歳では22%を超え、85歳から89歳では実に4割以上の人が認知症を抱えているというデータがあります。こうした数字からも、80歳を超えると多くの人にとって介護が現実的な課題となることがわかります。※
このように考えると、平均寿命が80歳に満たない国では、介護が社会的に重視されにくいのも当然のことと言えるでしょう。介護という制度や文化は、長寿社会だからこそ育まれてきたものなのです。
※出典:厚生労働省認知症 参考資料
【専門家:伊藤先生の実体験】カンボジアで見た介護の現状
■お寺が介護施設のような役割を果たしていた
8年前、カンボジアの介護施設を視察した際のことです。案内されたのは、意外にもごく一般的なお寺でした。そこでは、高齢で身寄りのない人たちが、同じような境遇の仲間とともに身を寄せ合いながら生活していました。お寺がその場となっているのは、「介護施設」というよりも、互いに支え合う場としての役割を果たしているからです。
一方、タイやベトナムでは経済発展に伴い高齢者の数は増加していますが、介護が必要な人の割合はまだ少なく、日本のような介護保険制度は存在していません。経済的に余裕のある一部の人が、自費で日本の介護に近いサービスを受けているのが現状です。
また、2年ほど前には、タイから私が勤務する施設を見学に来られた方がいました。その方は「まったく同じ施設をタイに作りたい」と言い、設計図の提供を求めてきました。しかし、設計図だけでは私たちの介護に対する理念や思いは伝わらないと考え、丁重にお断りしました。それでも、これから介護が必要になる社会に向けて、何かを始めようとする意志は強く感じられました。
【専門家:伊藤先生の実体験】ベトナムで見た介護の現状
2022年7月、2年ぶりにベトナム・ホーチミンを訪問しました。現地では、介護福祉士養成校の説明会を開催し、多くの方にご参加いただきました。
その際、特に意識したのが「介護とは何か?」という基本的な説明です。というのも、ベトナムではまだ介護という概念が一般的に浸透していないと想定していたからです。しかし、現地の方からは「2年前よりも介護について理解している人が増えている」という声も聞かれました。
背景には、日本で介護の仕事に従事するベトナム人が増えていることがあります。技能実習制度などを通じて日本での経験を積んだ人たちが、SNSなどを通じて介護の現場や仕事内容を発信しており、その影響が少しずつ広がっているようです。
状況は確実に変化しており、介護に対する理解も進化しつつあると実感しました。
東南アジアにおいて「介護」はまだ発展途中
ここまで、日本と東南アジアの介護に関する考え方の違いについて、説明してきました。まとめると以下の通りです。
1.日本と東南アジアでは平均寿命が異なるため、一括りに比較することはできない
2.平均寿命が低い国では、介護が必要な状況が生まれづらい
3.介護の概念は、介護が必要な人が増えないと想像しづらい
これらのことから、東南アジアにおいて介護はまだ身近な感覚はなく、一部の人が将来を見据えて動き出し始めているという状況です。
「優しさ」がつなぐ国境を越えた介護の現場
現在、私の周りには、介護福祉士を目指すベトナムからの留学生が14名、タイからの技能実習生が4名、そして介護福祉士国家試験に合格した現役の介護職が4名(ベトナム2名、ネパール2名)います。それぞれが日々努力を重ねながら、現場で活躍しています。彼らに共通しているのは、「優しさ」です。
彼らの母国では、日本のように核家族化が進んでおらず、祖父母と同居する期間が長いのが一般的です。高齢者を大切にする文化が根強く残っており、その価値観は日本の高齢者とも自然に調和します。実際、日本の80代の方々も、かつては三世代・二世代で暮らしていた経験があるため、彼らとの関係性に温かさを感じることが多いようです。
異国から学びに来ていることを知り、涙を流される高齢者の方もいらっしゃいました。「外国人に介護はできない」と言う人もいますが、私はそうは思いません。むしろ、日本人のほうが「介護はこうあるべきだ」という固定観念にとらわれすぎているのではないでしょうか。
近い将来、外国人の介護職が日本人をマネジメントするリーダーとして活躍する時代が、きっと訪れると私は信じています。
日本と海外、介護に関する考え方の違いとは?~北欧編~
さて、ここまでは日本と東南アジア諸国の介護について解説をしてきましたが、ここからは北欧の国との違いを見ていきましょう。
【専門家:伊藤先生の実体験】デンマークで見た介護の現状
私はこれまでに2度、デンマークを訪れた経験があります。
直近では、新型コロナウイルスが流行する直前の2022年でした。
デンマークの平均寿命と福祉制度
デンマークの平均寿命は男性で79.58歳、女性で83.44歳と東南アジアと比較して高く、男女ともに80歳前後となっています。このことから、介護が必要な高齢者が増えていることは容易に想像できます。※
そもそもデンマークは「福祉国家」として知られており、医療費、出産費、教育費がすべて無料。高齢者向けのサービスも非常に充実していて、「ゆりかごから墓地まで」国が面倒を見てくれる体制が整っています。
※出典:厚生労働省令和5年簡易生命表の概況
高福祉の裏にある高負担
その一方で、税負担は非常に高く、消費税率は25%。国民負担率(租税+社会保障負担)は約58%にも達します(日本は約48%)。この高い納税意識があるからこそ、充実した福祉制度が成り立っているのです。※
ちなみに、私はビールが好きなのですが、2年前の滞在時に飲んだ生ビールは1杯約1,000円(税込)でした。高い税率のおかげで、飲みすぎずに済んだとも言えますね(笑)。
※出典:財務省国民負担率の国際比較(OECD加盟36カ国)
「自己決定・自己責任」の国民性
デンマークを訪れると、必ず話題になるのが国民性です。それは、「自己決定・自己責任」という考え方です。
たとえば、海岸の景観を見ても、日本のように危険防止の柵は設置されていません。景観を損なわないように配慮されているのです。事故が起きたとしても、それは自分で判断して行動した結果であり、責任は自分にあるという考え方が根づいています。
日本では、事故が起きると「なぜ柵を設置しなかったのか」と行政に責任を問うケースもありますが、デンマークではそのような発想はあまり見られません。
介護の領域にも滲み出る、デンマークの国民性
デンマークでは、選挙の投票率がほぼ100%だと言われています。日本のように30〜40%台で低迷することはありません。この高い参加率は、国民が「自分たちで社会の仕組みを選び、責任を持つ」という意識を強く持っていることの表れです。
高い税率も、自分たちが選挙を通じて決めたという認識があるため、納得して受け入れられています。介護が必要な人が増えれば税率が上がることも理解しており、老後を子どもに頼るという文化もありません。
「自分は自分、子どもは子ども」。それがデンマークの基本的な価値観です。
■介護サービスも「自己決定・自己責任」
介護が必要な状況にならないよう努力することは、自分自身のためであると同時に、国の税負担を増やさないためでもあります。
そして、介護サービスを受けるかどうかも自分で決めること。だからこそ、サービスに関するトラブルはほとんど起きないと聞きました。「そのサービスを受けると決めたのは自分だから」という明確な責任意識があるのです。
■移乗介助はリフト使用が法律で義務化
デンマークでは、移乗介助にリフトを使うことが法律で定められています。もし日本のように「時間がないから」とリフトを使わずに介助し、腰を痛めてしまった場合でも、労災は適用されません。
なぜなら、リフトを使わなかったのは「自己責任」だからです。
幸せのとらえ方も、日本とは大きく異なる
デンマークと日本では、幸福の感じ方にも大きな違いがあります。世界幸福度ランキングでは、デンマークは常に上位(1位はフィンランド)、一方で日本は55位とデンマークと比較し低い順位となっています。※
この違いは、「ヒュッゲ」というデンマーク語に象徴されます。「ヒュッゲ」とは、ほっとくつろげる心地よい時間や、そうした時間を自分で作り出すことによって得られる充実感を指します。高級品や高収入ではなく、日常の中にある小さな幸せを大切にする文化です。
そのため、デンマークの家は暖色の間接照明で柔らかい雰囲気が演出され、インテリアも洗練されています。自分の空間づくりを楽しむ姿勢が、北欧家具の文化を育て、ガーデニングにも時間をかけることで、どの家も美しい庭を持っていました。
※出典:国連などWorld Happiness Report 2025
日本は「反面教師」として見られている?
デンマークを訪れた際、現地の方に「何しに来たの?」と聞かれました。「福祉を学びに来た」と答えると、「いやいや、日本の方が超高齢社会だろう。日本の今を教えてくれ」と言われたのです。
日本が介護に手厚くすることで社会保障費が逼迫していることは、海外でも知られています。
デンマークでは、日本の現状を「反面教師」として見て、自分たちの制度をどう整えるべきかを考えているのです。
「グローバル福祉観」で、福祉の未来を見つめる
ここまで、東南アジア編と北欧編に分けて、日本と海外の介護に対する考え方の違いについてお伝えしてきました。
冒頭でも触れましたが、日本の視点だけで「大変だ」と嘆くのではなく、グローバル福祉観を持つことで、「今」の見え方が変わるかもしれません。
海外の介護の進歩には差がある
執筆者/専門家
大庭 欣二
https://mynavi-kaigo.jp/media/users/11
「海外からの視点で介護を見てみる」というご質問、とてもユニークで素敵な発想だと思います。
海外の介護の現状は、進んでいると言える国がある一方で、まだまだ進歩していない国があるのも現状です。
世界の高齢化率を見てみると…
2024年の総務省のデータによると、高齢化率(65歳以上の人口が占める割合)の1位は日本で29.3%。2位はマルティニークで25.3 %、3位はプエルトリコ24.7%と続きます。ちなみに、上位10か国のうち6か国はヨーロッパの国で、アジアでランクインしているのは日本のみです。※
日本は2005年に最も高い水準になってから、すさまじいスピードで高齢化率の上昇を続けており、これは2040年頃まで続くと考えられています。つまり、日本は世界で最も高齢化が進んでおり、その期間も長い国であるのです。
※出典:総務省統計からみた我が国の高齢者
福祉先進国は「在宅介護」に力を入れている
スウェーデンは「福祉大国」として知られ、国や自治体による在宅介護サービスが非常に充実しています。高齢になっても自宅で暮らし続けられる仕組みが整っているのです。
また、日本の介護保険制度(2000年開始)は、1995年に導入されたドイツの公的介護保険制度を参考にしています。ドイツでは在宅介護が優先され、介護者に対して現金支給が行われる制度もあります。
さらに、「高齢者が一番幸せな国」と言われるデンマークでは、在宅介護の充実に加え、本人の意思決定や残存能力の活用が重視されています。
このように、福祉先進国の多くは「在宅介護」に力を入れていることがわかります。
高齢化が急速に進んだ日本
では、日本の介護は本当に進んでいるのでしょうか?
施設介護に関しては、他国と比べて手厚いと言われています。これは、介護保険制度が始まる以前から、施設整備が国策として進められてきた背景があります。
しかし現在は、地域包括ケアの推進により、在宅介護の質と量の向上が求められています。
日本は高齢化が急速に進んだため、他国がまだ経験していない課題に直面し、成功と失敗を繰り返しながら模索を続けている段階とも言えるでしょう。
日本の介護福祉士資格を活かして海外で働くことはできるのか?
日本の介護福祉士資格は、そのまま海外で使えるわけではありません。ただし、日本での介護経験や資格が評価される国もあり、現地の資格取得や語学力などの条件を満たせば、海外で働くことは可能です。
また、海外で働くためには、その国で就労ビザやワーキングホリデービザを取得する必要があります。介護が未発達の国においては、日本の介護福祉士のスキルや技術がお手本となることも多いでしょう。
最後に:「介護」において世界の手本となるために
東南アジア諸国では、まだ高齢化率が低く、介護という概念や制度は未整備で、介護産業もこれからの段階です。そんな中、日本はすでに多くの経験を積んできた「介護先進国」として、世界の手本となるべき存在です。
外国人技能実習制度などを活用しながら、真の意味でのモデル国となるには、これからの取り組みが重要です。そのためには、制度だけでなく、介護に関わる私たち一人ひとりの意識と成長が欠かせません。
ともに学び、支え合いながら、より良い未来を築いていきましょう。
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