【建築士と考えるナガノの家 Vol.7】宮坂 佐知子さん × 久米 えみさん
設計だけでなく家づくりの基本から相談できるのが建築士。「設計事務所はハードルが高い…」と感じている方に贈る、リレー形式の対談企画です。
第7回目の今回は、前回聞き手役をお願いした有限会社スペースインの宮坂佐知子さんを話し手役にお呼びし、聞き手役を、設計工房CRESSの久米えみさんにお願いしました。
WEBでは本誌に掲載できなかったトーク部分も含めたノーカット編集版をお届けします。
宮坂 佐知子さん |有限会社スペースイン 代表
長野県諏訪市出身。絵を描くことから発展し、建築家を志す。カラーアナリストなど多数の資格を取得。住宅のほか、店舗やホテルなど人のいる空間づくりを幅広く手掛けている
久米 えみさん |設計工房CRESS 代表
東京都調布市に生まれ、5歳で長野県佐久市へ移住。大学卒業後は(株)宮本忠長建築設計事務所に入社。(株)北沢建築研究所を経て、1997年に設計工房CRESSを設立。2000年に長野市景観賞を受賞
Q1.家づくりは何から始めたらいい?
久米: 家づくりを考えた時に、宮坂さんは何から始めるのが一番良いと思いますか。
宮坂: まず、家を建てたいと思ったその時に、何もわからない状態で私の事務所に来てほしいと思っています。今はまず住宅展示場やモデルハウスに行く方が多いと聞いていますが、それも一つの方法ではあります。ただ私は、完成品を見て考えるよりも、人との会話を通して、自分たちらしい家をつくっていけると良いと思っています。だからこそ、気軽に声をかけていただけたら嬉しいですね。
久米: 家を建てたいと思って、最初に事務所に来てくださる方もいれば、いろいろなところを回ってから来る方もいらっしゃいますよね。
宮坂: 最初に事務所を訪ねてくださった方には、家づくりのプロセスから丁寧にお話しできます。一方で、あまりにも多くの話を聞いて情報が整理できなくなっている方に対しては、その方たちが本当に何を必要としているのかを引き出すことを大切にしています。まずは、実際にどんな暮らしをされているかをお聞きします。やはりヒアリングが何より大切ですね。中には、すでにどこかの会社と話を進めていて、理想とは違う形に進んでしまったと不安を感じて、駆け込み寺のように来られるお施主さまもいらっしゃいます。
久米: そういったことも踏まえると、まずは建築士の事務所に足を運んでいただきたいですね。
Q2.設計事務所に設計を依頼するメリットは?
久米: 家を建てる手段はいろいろありますが、その中で建築士に依頼するメリットは何だと思われますか。
宮坂: 病院で言うなら、主治医のような存在、自分たち専属の顧問建築士ができるということですね。設計と施工の役割を分けることで、お施主さまの立場に立った第三者的なチェックが可能になります。先ほど「駆け込み寺」とお話ししましたが、実際に「契約も済んで工事が始まったけれど、当初考えていた内容と違ってきてしまって…」とセカンドオピニオンを求めて来られる方もいらっしゃいます。進行具合にもよりますが、可能な限りアドバイスはさせていただいています。
久米: 実際にトラブルが起きる場合も、施工会社さんが悪意を持っているというよりは、知識不足だったり、最新情報をご存じなかったりというケースが多いですよね。その結果、無駄にお金がかかってしまう。本来ならもっとコストを抑えつつ、性能も良い家がつくれたはずなのに。そういった場合も、専門知識を持った建築士が間に入れば、「こういう方法を使えば、断熱性能レベル○○を確保できますよ」といった的確なアドバイスが可能ですよね。
宮坂: 商品知識や性能数値などは年々変化していますので、最新情報を貪欲に追いかけています。それが建築士の役割でもありますからね。
久米: 以前、宮坂さんが「建築士とお施主さまはチーム」とおっしゃっていましたが、施工と分離した立場で活動されている理由は、まさにそこにあるんですよね。
宮坂: 施工と切り離して活動しているのは、実際に暮らす方たちの希望にしっかり寄り添いたいという想いからです。お施主さまの願いを実現するためには、施工側の都合で勝手に変更されては困ります。とはいえ、現場で施工を担う職人さんたちとの関係が悪いわけではありません。むしろ、お施主さまの想いを職人さんにしっかり伝える役割が建築士にはあると思っていますし、職人さんたちの意見もよく伺うようにしています。
久米: 工法の選択肢が広がるのも、建築士に相談するメリットですよね。工務店さんの場合は工法が一つに限られていることが多いですが、私たちはお施主さまの希望に合わせて、さまざまな工法を提案できます。
宮坂: 車に例えると、工務店さんは特定のメーカーのディーラーのようなもの。そのメーカーの車しか扱っていません。でも私たち建築士は、どのメーカーの車でも自由に選んで提案できます。
久米: ただ、選択肢が多くなると逆に混乱して、「結局、自分たちは何を選べばいいんですか?」と戸惑うお施主さまもいますよね。
宮坂: そういう時こそ、お施主さまの人となりや考え方にしっかり寄り添うことが大切です。だから最初のヒアリングで、ご家族のこと、暮らし方、仕事、趣味など、さまざまなことをお聞きするようにしています。そうやってご家族の背景を理解した上で提案をするからこそ、数ある選択肢の中から、そのご家族に本当に合ったものを導き出せる。欲しているものを汲み取る力こそ、建築士にとって欠かせないスキルだと思っています。
Q3.建築士との家づくりってどんな感じ?
久米: では、建築士との家づくりは、お施主さまのことを理解するところから始まるということでしょうか。
宮坂: そうですね。まずはご家族がどんな方々なのかを知るために、雑談からスタートします。
久米: 雑談の時間って人それぞれですよね。
宮坂: 本当にいろいろです。初回の面談で1〜2時間、盛り上がって雑談だけで終わる方もいれば、毎回の打ち合わせが雑談から始まる方もいらっしゃいます。雑談の中に、そのご家族の暮らしが垣間見えるんですよね。
久米: ご家族の暮らしを理解すること。それが宮坂さんの家づくりにおいて大切なポイントなんですね。実際にお住まいを訪問することもあるんですか?
宮坂: もちろんです。実際の暮らしを知るために、ご了解をいただいて写真を撮らせていただくこともあります。とにかく、まるで家族の一員のように、ご家族の中に入り込んでいきます。「この家には、家族がひとり増えたのかな」と思っていただけるくらい。第三の家族の1位は私かも(笑)。
久米: そこは女性建築士であることも強みですね。奥さまとの距離の縮め方とか。
宮坂: そうですね。女性は、片付いていない家に他人が入ってくることに抵抗がある場合も多いですが、まずは奥さまに信頼していただけることが、気兼ねなくお話ししていただく第一歩だと思っています。
久米: 逆に奥さまと距離が近くなりすぎて、ご主人が置き去りになってしまうようなことはありませんか?
宮坂: 建築士という仕事柄、男性との関わりも多いので、ご主人ともきちんと関係を築けます。むしろ新しい家での暮らしを考えるうえで、ご家族全員の声を伺うことがとても大切です。
久米:ご夫婦で要望が異なる場合は、どのように調整されるんですか?
宮坂: どちらか一方をゼロにするのは違うと思っています。バランスを見ながら調整していきますね。どちらかが「自分には関係ない家だから、あとは勝手にやって」となってしまうと、家族の関係が良くなくなってしまう。だからこそ、家づくりが家族の絆をより深めるプロセスになるよう心がけています。
久米: 家を持つことで、ご家族の関係がより密になっていくということですね。
宮坂: そう思います。たとえば、ご主人はハード面を気にして、奥さまはソフト面に注目することが多いですが、ご主人がハードを気にするのは「家族のために、暖かくて安心な家をつくりたい」という思いから。奥さまも暮らしの動線や使いやすさ、家事効率をしっかり考えている。そういった価値観をお互いに理解し、尊重し合えるような橋渡し役になれたらと思っています。
久米: 調整役ですね。ある意味、カウンセラーのような。
宮坂: そう、まさにカウンセラー。セラピストのようなものかもしれません。
久米: 宮坂さんは、ご家族の暮らしぶりを「時間軸で整理する」とおっしゃっていたと思いますが、そのやり方について教えていただけますか?
宮坂: はい。朝は何時に起きて、誰が何をしているか、というようにご家族全員の1日を時間軸でリスト化します。家具配置や持ち物の話もしますが、それに加えて生活リズムを可視化することで、動線や関係性が見えてくるんです。
久米: なるほど。そこから家族のつながりや生活の細かい部分が見えてくるんですね。
宮坂: そうですね。お子さんが帰宅した時、リビングを通るか通らないか、顔を合わせるかどうか、そうした日常の行動からも設計のヒントが得られます。
久米: 一時期、「子どもが玄関から直接自分の部屋に入れないようにする」設計が流行った時代もありましたよね。ああいった考え方とのバランスはどう見ていますか?
宮坂: ご家族それぞれの考え方があるので、完全にケースバイケースですね。プライバシーを大事にするご家庭もあれば、オープンな空間で子どもに学んでほしいという考えのご家庭もあります。そのあたりの価値観を丁寧に伺っていくと、つい教育論まで発展して、尽きない会話になります(笑)。
Q4.“建築費”で考えるべきポイントは?
久米: ご家族のご要望に合わせたプランを進めていく上で、100のご要望をすべて盛り込んだら1億円になってしまった、というのでは困るので、予算に合わせて建築費を考える必要がありますよね。宮坂さんはその時、どこにポイントを置いて考えていらっしゃいますか。
宮坂: ひと口に費用と言っても、建築は建てる時だけではなくて、その後のメンテナンスにも費用がかかります。外構を同時にするかどうかでも話も変わってきますよね。なので、まずはライフプランを立てるようにしています。子育てのイベントのタイミングや予想される金額、建物のメンテナンス費用といった感じで。それを想定せずに建築費オンリーで考えてしまうと、後でどうにもならなくなってしまう。そうならないためにも人生設計をしながら、おおよその金額のマネージメントをしています。
久米: 建築費には、将来も含めた予算の一部を使うということですね。そのために、建物の金額だけでなく、引き渡しをした時から10年、20年、30年と年を重ねる上で、ご家族の成長やイベントごとにかかる費用を計算する、ということですか。
宮坂: 年齢と、その頃見込まれる収入を想定して、「家計をこういう風にしていきましょう」というところまで話します。
久米: 人生全部ということですね。
宮坂: 人生全部ですね(笑)。
久米: ただ、今は実際問題として建築費の高騰が著しい時代だと思いますが、それについて取られている対策はありますか。
宮坂: 今は建築費の高騰だけでなく、金利も上がっています。そうすると、今度はお金を借りにくくなるという問題が出てきますよね。今までも、資金調達の際には私も一緒に銀行まで足を運んで、収支の計算もしてきましたけど、それでもどうしても無理だというケースがあるかもしれない。その場合も、そこで終わりではなく、リフォームなのか、中古住宅を購入するのかといった方向性までは、ご相談させていただくようにしています。
久米: ハウスメーカーさんなら、規格住宅を活用してコストを抑えるという手段もありますね。
宮坂: 規格住宅という手段も当然ありかもしれないですね。ただ建築士が規格住宅を活用することで、お施主さまにとって何かメリットがあれば考えますが、敢えて設計事務所がそれをやる必要性はないと思っています。同じようにコストを削減するのであっても、もっと違う方法を求められているのかなと。例えば、同じ自由設計でも、サイズや使う材を変更して、作り方を少し変えようとか。いろいろなことの中で、どこでバランスを取って予算を軽減するのか、そういったポイントのレクチャーも必ずするようにしています。それに、金額がどう抑えられているかということを、お施主さまも分かるようにしないといけないので。
久米: ご家族でできることとしては、一度優先順位をつけていただくと良いですね。お金を使う優先順位をリスト化してもらうというのは大事で、宮坂さんも、必要最低限のもので生活するための「ミニマリストを作って」とご提案されたこともあるんですよね。
宮坂: 最終的に、いろんな経緯を経てそういうことが必要になったお宅もありましたね。お施主さまによって方法は十人十色で、さまざまなケースがありますが、どこまでもお付き合いはさせていただきます。
久米: 先ほど、お施主さまと建築士はチームという話題が出ましたが、適切な予算を探るために将来的なお金のマネージメントをしたり、施工会社とのより良い関係を長いスパンで組めるように整えたり。そういったことすべてが建築士の役目なんですよね。世の中としては、設計事務所=費用が高いイメージもありますが、むしろ、施工会社とお施主さまの橋渡し役として、コストをコントロールしながら理想の家づくりを支援していると理解したいですね。
宮坂: そうですね。無駄を省きつつ、なおかつ性能は下げない。そういった調整は、今後ますます大事になってくると思います。
Q5.宮坂さんの設計する住宅の特徴は?
久米: 先ほど、階段の配置についてケースバイケースという話題が出ましたが、宮坂さんが設計される住宅の特徴を挙げるとしたら、どんなことがありますか。
宮坂: やはり家全体についてもケースバイケースというのが正直なところですが、敢えて特徴を挙げるとすれば、お施主さまが望んだものと、そのお施主さまにこう住んでほしいという、こちらからの提案が融合したものになる、ということですね。
久米: 想いの融合みたいなものですか。
宮坂: 掛け算になれば良いなと思って。足し算ではなくて。
久米: そこはポイントだと思います。だから同じものは何一つない。造っているお宅にはね。与条件によっても違いますしね。
宮坂: みんな人の顔が違うように、家もみんな違うので。
久米: 宮坂さんの設計する住宅に、長野らしいみたいなキーワードを当て嵌める部分はありますか。
宮坂: 県産材を使いたいと考えて取り入れることもありますし、やっぱり諏訪の地域性で、温泉に浸かりたいというご要望を取り入れることもあります。地域の特徴を上手く取り入れることは意識しますね。
久米: では、家の中の時間的な変化に対しては、どのように工夫していらっしゃいますか。住宅の構成メンバーのドラマが、わりと短いスパンで変化していくじゃないですか。まず夫婦2人で住んで、お子さまができて、子育ての時期があり、いずれお子さまが巣立ち、嫁いだり、ほかの所帯を持ったりして、そしてまた年老いた夫婦が2人に戻るというような。
宮坂: それについては、建物って固定化しないってよく言うじゃないですか。壁を作り込まず、可変空間にしておきましょうと。なので、壁は目には見えるけれども、外せる壁にするとか、動くものにするとか。生活の変化に対応できるようにしておかないと、今度はリフォームにお金がかかってしまう。費用を最小限に抑えるためにも、構造的なことも見据えて建てておく必要がありますね。建築士には、構造的に絶対にできなくなることが見えているので、そこの柱はこういう風にしておこうとか、筋交いや構造壁の場所を工夫して、別の場所で構造をとるようにしようとか。将来的な変化も加味して設計するように心掛けています。
久米: 将来を見越しての間取りということですね。
宮坂: そうです、可変空間というのは先を読んでの間取り。間取りというのは見えるものですが、その中身の柱や構造の耐力壁の位置といった見えない部分を考える場合は生活を加味してあげないと、一時だけ良くても次につながっていかない。目に見えるところだけでなく、将来に渡って構造をいじらなくて済むような、そういった工夫が必要ですよね。
久米: 大事なポイントですね。老後、ローンを組みづらい年齢になった時に、莫大な費用がかかるリフォームをしなくても快適に住めるっていうことまで考えているということですよね。宮坂さんは以前にも「最終的に終の棲家になっていく」とおっしゃっていました。あと自分もそう思いますが、宮坂さんも「四季を感じることが大事」という話もされていたと記憶しています。
宮坂: 四季を感じることは本当に大事だと思います。日本人ならではの。
久米: そのためには、どういうところ気を配るんですか。
宮坂: 家という空間を考えた時に、壁の中に囲われている空間だけではなく外も見えますから、木々の移り変わりだけでなく、雨や雪が降るのを眺めているだけでも四季の変化を感じることができると思います。あとは、家の中にお花を飾れるスペースを用意して、ご自分たちでも四季を取り入れられるようにするといった方法もありますね。
久米: 内部空間にね。そういうことにも気を遣われているんですね。
宮坂: ロケーションでは、敷地だけでなく、プラスαとして街並みも意識しています。
久米: 敷地の外側のことまでですか。
宮坂: もちろんそこも大事ですよね。個人のお家ですけれども、街を形成している1つですから。だから、土地選びも一緒にします。例えば3つくらい土地の候補があれば、ここならこんな家が建つよ、あんな家が建つよ、という説明をします。そして、「どこが一番ピンときた?」と伺って。与条件は学校が近いとかいろいろとあると思いますが、本当に感性として良いと思えたかどうかが大事だと思っています。
久米: お施主さまが気に入れば、変形地でも構いませんか。
宮坂: 土地は、お施主さまが住みたいという場所だったらどこでも良いんです。住宅基準法違反にならなくて、ちゃんと建てられる場所であれば、どこでも。それに合わせて設計するので。
久米: 確かに、そこが私たちの腕の見せ所ですよね。狭小地や、立て込んでいるところでも、それはそれなりに工夫できることがありますもんね。
宮坂: 仮にロケーションが悪いところだったら、逆に外にこだわらなくても良くなるので、内側で遊ぼうとか。
久米: コの字で囲んじゃって中庭で、とかね。
宮坂: そういった具合に、土地の条件をよりよく使うのが建築士なんですよね。ほかから見て、こんな条件だったら嫌だなと思うような土地の特徴を好転させるのも建築士の仕事です。
久米: 本当にそうですね。本来そういった話を聞いてしまうと建築士に依頼しないわけはないと思うんですが…。
宮坂: 敷居が高いといったイメージがあるから、二の足を踏んでしまうんですかね…。もっと親しみを持って、気軽に声を掛けて欲しいですね。
久米: 建築士さんにもいろいろなタイプがいらっしゃいますからね。だからこういう雑誌で建築家を紹介してもらうのもいいし、ホームページを見てもらうとか、プロフィールを見てもらうとかっていうのも1つの手段ですね。
宮坂: 一度でもいいから、建築士と直接話をするのが一番良いかもしれないですね。
久米: とにかく会ってもらいたい。
宮坂: 本当にそう思います。なので、一回は会って話をしましょうというのが私のスタイルです。
【 宮坂さんが手がけた住宅】
>>次回の話し手は『設計工房CRESS 久米 えみさん 』
>>第6回【建築士と考えるナガノの家】林 裕一さん✕ 宮坂 佐知子さん
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