【第172回直木賞候補作品から① 伊与原新さん「藍を継ぐ海」】 幾重もの縦糸横糸が美しく織り上がっていく
静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。1月15日発表の第172回直木賞の候補作品を紹介する不定期連載を始めます。受賞予想は15日に放送されるSBSラジオ午後3時からの「3時のドリル」内で。1回目は伊与原新さんの「藍を継ぐ海」(新潮社)を題材に。
2019年、浜松市を舞台にした作品を収録した短編集「月まで三キロ」で静岡書店大賞に選ばれた伊与原さん。本作は「月まで三キロ」や、2020年下期の第164回直木賞にノミネートされた「八月の銀の雪」と同様、科学的事象を下敷きにしたヒューマンストーリーを収めた短編集である。
山口県で地質調査を行う女性鉱物学者と、著名陶芸家の血を引きながら惰性で生きる男性が、同県の離島でかつての窯跡を探す「夢化けの島」。
長崎県長与町役場の若手職員が、地域住民の通報を受けて入った空き家で大量の「石やレンガ」を見付け、原爆投下直後のある人物の命がけの行動を知る「祈りの破片」。
徳島県の漁村で漁師の祖父に育てられた中学生女子が、アカウミガメの産卵と子ガメの「旅立ち」を通して家族の実体をつかむ「藍を継ぐ海」。
それぞれに色彩の異なる5編。サイエンス、地方都市という伊与原さんならではの「お約束」は、読み進める上での「安心感」となって読者を包む。地球科学、生物学、化学の、ともすると無機的になりがちな理論を、人と人の関わりや、人の心の揺らぎという極めて情緒的な現象に、無理なく重ねる手さばきは巧みと言うほかない。
幾重にも重ねた縦糸横糸が、美麗な布として織り上がっていく過程を思い浮かべた。
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