メゾンの哲学と革新がここに。『ルイ・ロデレール クリスタル・ロゼ 2014年』
その優美さで愛好家を魅了する『クリスタル・ロゼ』。誕生は1974年、今年50周年という節目の年を迎えた。この秋、7代目当主で代表取締役社長のフレデリック・ルゾー氏と、副社長兼醸造責任者のジャン=バティスト・レカイヨン氏が来日、誕生から今日に至るまでのメゾンの取り組みについて語ってくれた。
19世紀後半、ロシア皇帝アレクサンドル2世が自らの身を守るためにルイ・ロデレール社に特注したシャンパーニュが『クリスタル』だ。瓶底のくぼみに爆弾が隠せないよう、底をフラットにし、すべて透けて見えるようにとボトルはクリスタルで作られ、1876年にリリースされた。ロシア宮廷のみならず、ヨーロッパの王侯貴族に愛された世界初の“プレステージ・シャンパーニュ”だ。
『クリスタル』の誕生から約100年を経て、新たにメゾンのポートフォリオに加わったのが『クリスタル・ロゼ』だ。6代目ジャン=クロード・ルゾー氏がシャンパーニュの創作には何よりブドウの樹が重要であることを再認識し、テロワールを優美に表現すべく、新たに手掛けたキュヴェ。ジャン=クロード・ルゾー氏はアイ村のピノ・ノワールの、そしてアヴィーズ村とル・メニル・シュル・オジェ村の卓越した畑を選び出し、1974年収穫のブドウを用いて最初の『クリスタル・ロゼ』を生み出した。以後、今日まで『クリスタル・ロゼ』は淡い色合いと、バラのブーケのようなアロマ、優雅な味わいで専門家たちに称賛されている。
『クリスタル・ロゼ』の魅力は、何といってもその優美な味わいにある。今年リリースされた『クリスタル・ロゼ 2014年』もフィネスに満ちて、グラスを手にする人を瞬時に魅了する。その奥深い味の秘密を副社長兼醸造責任者のジャン=バティスト・レカイヨン氏はこう語る。
「淡い色合いと繊細な味わいの秘密は、私たちが『インフュージョン(浸漬)』と呼ぶ独自の手法にあります。これは、果実を破砕せずに低温で醸し、香りと色を理想的に抽出する独自の方法。これで、やさしくゆっくりと、繊細な色合いや豊かなアロマを引き出すことができるのです」
実は、この「インフュージョン」がより細やかに緻密になったのは、レカイヨン氏が茶道に影響を受けたことも大きいという。茶葉をやさしく醸す職人技からインスピレーションを得たと話す。また、この作業を行うためには収穫のタイミングも大切だという。アヴィーズ村とル・メニル・シュル・オジェ村のシャルドネは熟すまでに時間を要する。ピノ・ノワールとの熟度のバランスを見計らって収穫するのだという。緻密で厳格な造りがなされているのだ。だが、7代目当主のフレデリック・ルゾー氏は笑顔でこう語る。
「クリスタル・ロゼは、決してシリアスなシャンパーニュではありません。飲む人を幸福に浸らせてくれるエモーショナルなシャンパーニュなのです」
また、特筆すべきは、同社は20年以上前からオーガニック栽培に取り組んできた先進的グラン・メゾンであるということだろう。それも、約250ヘクタールの自社畑のうち、半分以上でビオディナミ栽培を行っているのだ。ちなみに、『クリスタル』『クリスタル・ロゼ』の畑は完全にビオディナミを実施。気候変動への対応も細やかで、2000年を迎えたころには温暖化がブドウの成長に影響を及ぼし始めたことに気づき、あらためてサステイナブルな栽培を決意、畑の新たな植栽を決断した。アイ村の「ラ・ヴィレール」と呼ばれる素晴らしい区画を数年間休耕し、マサルセレクション(畑の中から優れた株を選び、接ぎ木する栽培法) を行った。これを第一歩とし、『クリスタル・ロゼ』用の区画を見直していったという。
だが、ここで忘れてはならないのは、『クリスタル・ロゼ 2014年』は“美食に寄り添うシャンパーニュ”だということだ。例えば、この日は六本木ヒルズクラブ プライベートダイニングルーム「プロテウス」において「百味庵」の日本料理と合わせる趣向だったが、『クリスタル・ロゼ 2014年』に合わせて供された「一の膳」では、マグロのお造りのような赤身の魚はもちろん、合鴨葱和えなどの肉料理とも素晴らしい相性を見せていた。繊細ながらもしっかりとした酸と美しいミネラルが、どんな料理をもさらに美味しくしてくれるのだ。
淡いバラ色のボトルの中には、メゾンの哲学と進化が確かに隠されている。同時に、飲む人を瞬時に幸福にするパワーも秘められているのだ。
text by Kimiko ANZAI