Yahoo! JAPAN

久保田早紀は「異邦人」だけじゃない!2025年に再評価必至のエッセンシャルな魅力とは?

Re:minder

2025年06月04日 久保田早紀のアルバム「久保田早紀 エッセンシャル」発売日

久保田早紀の代表曲を収録した「久保田早紀 エッセンシャル」


久保田早紀の代表曲を収録したアナログ盤『久保田早紀 エッセンシャル』が、完全生産限定盤として6月4日に発売された。これまでも彼女のベストアルバムはレコードやCDで繰り返し発売されており、最近では全7枚のオリジナルアルバムとライブ音源・映像をセットにした『久保田早紀プレミアム』が2020年にリリース。そして今回はアナログ盤である。ファンの1人として発売を喜びたい。

彼女の作品がデビューから45年が経った今もリリースされているのは、根強いファンの存在はもちろん、昭和歌謡の定番ソング「異邦人」をきっかけに彼女の曲が若い世代にも浸透し、再評価されているのは周知の事実。そこで、アナログ盤の全12曲から、久保田早紀の音楽を知る手がかりになる3曲をピックアップし、「異邦人」だけでは語れない久保田早紀のエッセンシャルな魅力に迫りたい。

デビューのきっかけを作った「九月の色」


まず取り上げるのが、1980年9月に発売された第3弾シングル「九月の色」である。「異邦人」「25時」と続いた異国路線から離れ、都会の女性の悲哀を歌ったメランコリックなメロディーが魅力の作品だ。

タイトルや曲調は太田裕美の名曲「九月の雨」を彷彿させるが、もともとのタイトルは “雨の歌は恋の歌” で、アマチュア時代の彼女がオーディションで歌った曲だった。彼女の素質を見出しデビューへと導いたCBS・ソニー(当時)の金子文枝ディレクターによれば、この曲を聴いて哀愁を帯びた彼女の歌声に惹かれ、アーティストとして育てることを決めたという。

久保田早紀の出発点はシルクロードっぽい異国路線と思われがちだが、デビュー前はロックやソフト&メロウな洋楽が好みで、それを曲作りに反映したのが「九月の色」だった。その意味で、彼女の原点となった作品といえる。ちなみに「異邦人」の原題は “白い朝” で、中央線の車窓風景から着想を得て作られたのは有名だが、それは彼女が金子ディレクターからポルトガルの民族音楽 “ファド” を聴くように勧められた後の話。本当は違うタイプの曲を書きたいと思いつつ軽い気持ちで作った「白い朝」がデビュー曲に選ばれ、予想外に大ヒットしたのだ。

異国路線から転換した「オレンジ・エアメール・スペシャル」


次は、1981年4月に発売された第4弾シングル「オレンジ・エアメール・スペシャル」である。キリンオレンジのCMソングに採用されたので、サビのメロディーを覚えている人も多いはず。エレキギターが鳴り響くロックテイストの明るい曲で、異国&メランコリー路線からの転換を図った曲だ。ただしこれも彼女がアマチュア時代に書きためていた曲で、原点の作品である。

この曲を含んだアルバム『エアメール・スペシャル』の帯に書かれた言葉は《鏡に映った横顔は あなたの知らない、もうひとりの私…》。そう、久保田早紀は「異邦人」が大ヒットしすぎたおかげで、世間が求める異国路線の音楽と、作りたい音楽とのギャップに悩んでいた。その異国路線を卒業して本来の自分の音楽に戻ることを、このアルバムで宣言したのだ。以降、彼女の作品には都会の女性の心象を歌うポップスが増えていく。

今回のアナログ盤には、この『エアメール・スペシャル』から本曲を含めた3曲が収録されている。彼女が学生時代を過ごした神田や御茶ノ水をイメージした「キャンパス街’81」や、妖しいディスコサウンドの「上海ノスタルジー」を聴けば、久保田早紀の新たな一面が楽しめる。

到達点の代表曲「夜の底は柔らかな幻」


『エアメール・スペシャル』以降、自分らしい音楽の追求を始めた久保田早紀。しかし、彼女の音楽の到達点は、まだ先だった。その到達点を示す代表曲が「夜の底は柔らかな幻」。1984年10月に発売された同名アルバムのタイトル曲である。多彩な楽器による先鋭的なメロディーに、彼女が見た夢をモチーフにした幻想的な歌詞が載る不思議な作品だが、都会生活の中でも夢やファンタジーに浸れるという彼女のメッセージが伝わってくる。

そして、この曲が収録された同名ラストアルバム『夜の底は柔らかな幻』は、プログレや世界の音楽を取り入れた斬新な音作りが特徴で、聴いていると幻想世界へとひきこまれるようだ。都会風ポップス路線に戻した久保田早紀だが、「異邦人」の頃の異国路線や、子供時代に好きだった天体観測、神話、古代文明のモチーフは、彼女の音楽にすりこまれていた。それらが調和した渾身の1作で、彼女自身も “自分がやりたかった音のすべてを注ぎ込んだ” と、自著『ふたりの異邦人』(いのちのことば社)で述べている。久保田早紀の最高傑作との定評もあり、もっと再評価されていい作品であることは間違いない。

久保田早紀の魅力の本質は、異国と都会のせめぎ合い


ということで、アナログ盤『久保田早紀 エッセンシャル』から3曲を取り上げ、作風の変化を振り返りつつ、彼女の音楽の本質に迫ってみた。45年前、予期せず異国路線から始まった久保田早紀の音楽遍歴は、学生時代に好きだったポップスへと回帰し、都会生活の心象を歌いながら、最後には自分が影響を受けた音楽や世界観をミックスした独自の境地にたどり着いた。

遍歴途中で立ち寄ったポルトガルのファドや、現在の仕事(教会音楽家)のルーツになったキリスト教への洗礼も、音楽の血肉となった。こうした旅の過程における “異国と都会のせめぎ合い”、言い換えれば “少女から大人への夢がたりの過程” こそが久保田早紀のエッセンシャルな魅力だと思う。そして、このアナログ盤をきっかけに、久保田早紀の音楽遍歴の扉を開いてみてほしい。

<参考文献>
久米小百合著『ふたりの異邦人 久保田早紀*久米小百合自伝』フォレストブックス(2019年)
久保田早紀デビュー40周年アニヴァーサリーBOX『久保田早紀プレミアム』付属ブックレット(2020年)

【関連記事】

おすすめの記事