地方移住・Uターン転職の「リアル」。“6割が満足”の調査結果に隠れた本音を探ってみた
近年、働き方や暮らし方の多様化に伴い、地方への移住転職やUターン転職に関心を持つ人が増えています。マイナビ転職が800名の地方移住転職・Uターン転職経験者、検討者を対象に行った調査(※)では、転職を実施、検討した理由として「住環境」「自分にあった生活」「自然環境」などが上位に挙がりました。
一方で、地方移住転職・Uターン転職経験者の「平均年収」が下がり、「仕事の選択肢の少なさ」に困難を感じるという実態も明らかになっています。
地方移住転職・Uターン転職は、本当に「幸せなキャリア」につながるのでしょうか。そこにはどのようなハードルがあり、成功させるためにどんな視点が必要なのでしょうか。地方移住転職・Uターン転職の実態や地方の労働市場に詳しい、山陽学園大学の神戸康弘教授にお話を伺いました。
監修者
神戸 康弘(かんべ やすひろ)
山陽学園大学教授。早稲田大学商学部卒業。早稲田大学大学院商学研究科博士課程、および神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(経営学)。専門はキャリア研究。主にUターン・Iターン転職者のキャリア形成や、受け入れ企業側の意識について研究している。
地方移住転職・Uターン転職で生まれる「良いギャップ」「悪いギャップ」
アンケート調査では、地方移住転職・Uターン転職を「良かった」と答えた人が全体の6割を超えており、神戸さんはこの数字を「リアルな数字」だと言います。
「非常にリアルな数字ですよね。そう感じた理由は生活環境や人間関係の変化、勤務先の待遇の変化などさまざまですが、転職者の中には良い意味での『イメージギャップ』を実感している人も多いように思います。
実は、地方では本人が思っている以上に『移住転職・Uターン転職組』への期待が大きいんです。東京や大阪では当たり前だったスキルや経験が、地方では重宝され、ヒーローのように扱われることもある。本人としてはただ理想の生活環境を実現したいという動機の転職だったとしても、思わぬスキルや要素が評価され、それが満足につながっている人もいるように思います」
一方で、残りの4割は「満足していない」という結果も出ています。
「それも分かる気がしますね。私自身も東京の大学院修了後に岡山の大学へ就職した際に、やはりカルチャーショックのようなものを体験しましたから。
先ほど『良いギャップ』について紹介しましたが、一方で地方移住転職・Uターン転職特有の『悪いギャップ』もあって。期待と表裏一体ではあるのですが、転職者を受け入れる地元企業には『移住・Uターン組はこうあってほしい』という漠然としたイメージを持っているところも少なくありません。例えば『コミュニケーション能力が高いだろう』『積極性があるだろう』といった期待ですね。しかし、実際に転職してきた人がそのイメージと異なると、『あれ?思ったよりおとなしい人だな』といったミスマッチが起こりがちです。
また、既存社員と衝突して人間関係をうまく作れず、転職してもすぐに辞めてしまうといったケースも聞きます。
こうした『悪いギャップ』は、会社として転職者に期待することと、現場の同僚が転職者に期待することの方向性や役割認識が一致しておらず、地元企業の中で認識がすり合っていないことも原因の一つであり、いざ入社してみないと分からない難しさがありますね」
地方移住転職・Uターン転職で「年収が上がりやすい」業種
アンケート調査では、地方移住転職・Uターン転職によって平均年収が約80万円ダウンした一方で、約4割は年収が上がったという結果も出ています。
この「年収の変化」について、神戸さんはこう分析します。
「基本的には、(地方移住転職・Uターン転職で)年収は下がると考えた方がよいでしょう。物価水準が都会と地方で違いますし、地元企業からは『Uターン組を採用したいが、都会の会社と同じ給与は物理的に出せない』という声もよく聞きます。
では、年収が上がった4割の人はどういうケースか。都会の企業で培ったスキルや経験を生かして、地方で給与水準の高い業種(銀行や自治体など)に転職するパターンがまずは考えられそうです。
特に自治体は近年民間企業からの中途採用を強化しており、ペーパーテストだけでは測れない、企業での実務経験やそれに基づいたリスク管理能力を求めています。そうした場合は、給与を基準より上乗せしてでも欲しい、というニーズがありますね。逆に転職者の立場で考えるなら、地方移住転職・Uターン転職を通じて、キャリアチェンジのチャンスが生まれるということです。
また、研究職や特殊な技能を持つ専門職も、通常より高い待遇で迎えられることがあります。例えば、岡山県のある有名なお菓子メーカーは、お菓子の原料となるお米をある別の都道府県で生産しており、生産地とのつながりやネットワークを持つ人材を欲しがっていました。あとは、農機具メーカーが特定の技術者を中途採用した例もあります。その人がその技術を大学で学んで「入社したい」と来たそうです。
そうした前提がない状況で年収が上がったのであれば、それは『地方移住転職・Uターン転職者ならではの要素(Uターン特性)』に価値が上乗せされていると考えた方がいいのかもしれません。専門的なスキルに対する評価というより、都会の企業で働くビジネスパーソンが広く身につけている要素に対して、地元企業が期待を込めて給与を上乗せしているのですね」
地方の企業が転職者に求める「Uターン特性」とは
「Uターン特性」とは、地方移住転職・Uターン転職者が移住先の企業で発揮できる(≒現在の企業にいるだけでは発揮しづらい)特性のことであり、神戸さんいわく「転職者はあまり持てていないが、地方移住転職・Uターン転職においては重要な視点」だそう。
「地元企業が都会からの転職者に何を期待しているか。私がヒアリングした中では、大きく3つの『特性』が浮かび上がってきました。
•コミュニケーション能力(積極性):親元を離れ、県外で自ら人間関係を構築してきた経験から、『コミュニケーション能力が高いだろう』『他者との交渉を任せられるだろう』と期待されます。
•2つのネットワーク(人脈):地元のネットワーク(同級生など)と、県外のネットワークの両方を持っていると見なされ、新たな販売網の開拓などを期待されます。
•新しい仕事のやり方(変革力):都会の会社で培った技術や仕事の進め方を持ち込み、組織に変革をもたらしてくれることを期待されます。
地元企業は、既存社員に何かしらの『要望』を抱えていることも多く、だからこそ、Uターン組に『組織にくさびを打ってほしい』と期待しているケースがあるわけですね。
ただ、こうした期待感を求人票に落とし込むのは簡単ではありません。『コミュニケーション能力が長けた方』『人脈が広い方』といった記載があれば、Uターン特性を求めている可能性がありますが、見抜くのはなかなか難しいかもしれませんね」
だからこそ、入社後のミスマッチを防ぐためにも、その特性が自分にありそうかを転職検討段階から棚卸しすること、またその特性を企業が求めているかどうかを面接でストレートに聞くことが重要だと神戸さんは言います。
「『もし採用していただけるなら、私は地方移住・Uターン転職者として入社させていただくわけですが、そうした方ならではの要素(積極性や外部とのネットワークなど)を期待されていますか?』と聞くのがいいでしょうね。
そうすれば、企業側も本音を話してくれると思います。冒頭でも言いましたが、ミスマッチは地方移住転職・Uターン転職の満足度を大きく下げてしまいますから、ここは入社前にしっかりすり合わせておきたいところです」
地方移住転職・Uターン転職で人生を豊かにするために必要な視点
結局のところ、地方移住転職・Uターン転職で人生を豊かにしていくために必要な視点とは何でしょうか。神戸さんはまず「転職にあたって妥協する条件と妥協しない条件を整理しておくこと」だと言います。
「地方は都会に比べて生活コストを下げやすいので、給与はある意味『妥協してもいい条件』なのかもしれません。私自身、東京では往復2時間以上かけて通勤していましたが、今は勤務先まで『バイクで10分』ですから」
あとは「仕事を通じてどう生きたいか、誰とどんな関係性を紡ぎたいかという展望を持つこと」だと言います。印象的な実例を2つ、神戸さんにご紹介いただきました。
「一人目は、転職ではありませんが、地元の銀行に新卒入社された方です。岡山県出身の彼は東京の大学に入学し、東京の一流企業を目指して就職活動をしていました。そんな時、東日本大震災に遭いました。高層ビルの中で死を意識し、連絡が取れない家族や地元の恋人のことを考えた瞬間、『俺、何やってるんだろう。やっぱり一番大事なのは地元の家族じゃないか』と内定していた企業をすべて断り、地元に帰ることを決意したそうです。今はその彼女と結婚し、家族に囲まれて幸せに暮らしているそうです。
もう一人は、ある広告代理店の下請け会社から岡山県和気町に『地域おこし協力隊』として移住転職された方です。彼は岡山県出身ではありませんでしたが、漫画やサブカルチャーに詳しく、岡山県を舞台にした漫画作品『推しが武道館いってくれたら死ぬ』と和気町のコラボレーションをプロデュース。結果、和気町はファンによる『聖地巡礼』の場となったのです。 彼は『東京ではなかなか心踊る仕事ができなかった。収入は3分の1になったけど、今が人生で一番楽しい』とも語っていました」
2つの例のように、都会とは違う尺度で自分のスキルを活かし、必要とされることで輝けるキャリアが地方にはあります。
もちろん「収入やキャリアの不安」「生活環境の変化」など割り切れない現実もありますが、仕事を通じて「どう生きていきたいか」「誰とどんな時間を過ごしたいか」を考えたとき、地方移住やUターンという選択肢がしっくりくる人もいるはずです。
神戸さんのお話は、そんな”自分らしい働き方”を模索する方にとって、ヒントになるのではないでしょうか。今回の記事が、地方移住転職やUターン転職を「理想論」ではなく「現実的な選択肢」とするきっかけとなれば幸いです。
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( https://tenshoku.mynavi.jp/ui_turn/?src=mtc )
取材・編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職
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