AIが映す「働く覚悟」の違い──地域・世代・組織で分かれるAIの受け止め方【久松剛】
最近HOTな「あの話」の実態
仕事柄、IT企業や事業会社の経営陣や採用担当者とお会いする機会が多く、エンジニアからキャリア相談を受けることも少なくありません。
そして、この1〜2年を振り返ると、「AI」の話題が出なかった日はほとんどなかったように思います。
生成AIの注目度が高まる一方で、その向き合い方には大きな隔たりがあります。
「AIなくして開発は成り立たない」と語る人もいれば、「自分の領域ではまだ使えない」と距離を置く人もいる。
AIをどう使うかよりも、AIとどう付き合うかで働く姿勢がくっきり分かれてきた印象です。
なぜ、AIはここまで人によって受け止め方が違うのでしょうか。
その違いには、各人の「働く覚悟」の違いも見えてきます。
今回は、AIが映し出す「地域」「世代」「組織」のリアルから、その違いを探っていきます。
目次
AIが映す、地域の価値観の違い東京では「AIを活かせない企業は遅れている」という空気地方では「AIが雇用を奪う」ことへの恐れが根強い報酬体系の硬直が「外部からの人材獲得機会」を奪っている世代でも違う、AIとの距離感50代:「自分の手で作ること」こそ尊い働き方? 10~20代:AIを「競争相手」にも「希望」にも見る30〜40代:「AI疲れ」と「責任感」の狭間に立つAI導入の本当の壁は、人の心理にあるAI時代、「働く意味」を取り戻すための越境
AIが映す、地域の価値観の違い
東京では「AIを活かせない企業は遅れている」という空気
東京をはじめとする主要都市では、AIへの期待が非常に高く、「AIを導入していないと時代遅れ」というムードが漂っています。
特にスタートアップやSaaS企業では「AIをどう活かしているか」が投資家や採用候補者へのアピール材料になるため、AI活用をネガティブに捉える声は影を潜めます。AIの導入は単なる業務効率化ではなく、企業の将来性や存在意義を確かめる物差しになっているようです。
地方では「AIが雇用を奪う」ことへの恐れが根強い
一方、地方ではその熱量がやや異なります。
人材流動が少なく、少子化による労働力不足が顕著な地域ほど、AIを「人手不足を補う救世主」として歓迎してもおかしくないはずですが、現実には慎重な企業が少なくありません。
背景には、情報・ノウハウの不足もあるでしょうが、地方企業には元々の設立背景として地方自治体との「雇用創出」という約束があります。
地元の雇用を支える立場からすれば、AIは「効率を上げる技術」であると同時に、「人の雇用を奪う技術」にも映るのです。
報酬体系の硬直が「外部からの人材獲得機会」を奪っている
さらに、柔軟性を欠いた報酬体系もAI導入を阻む壁になっています。
新卒優秀層獲得を背景にした初任給見直し、物価高を背景にした給与の見直しですが、地方の老舗大手企業では給与制度の見直しは困難を極めます。見直しが必要なことを理解している経営層もいるのですが、先輩社員とのバランスを理由に見送りされることが多いです。
都内企業を中心に黒字企業による早期退職制度が始まっていますが、ここでも雇用がより守られる傾向のある地方部では難しい取り組みです。
日経平均が最高値でも人員削減1万人超え 黒字リストラ6割超の衝撃nikkei.com
人件費を部分的に見直したいという場合に引き合いに出されるのがジョブ型採用です。しかし、地方に限らず多くの企業では給与制度が30年にわたって硬直。エンジニアバブルを経て大きく上振れたITエンジニアの希望給与には、見合わない場合が少なくありません。
CDOが市場相応の年収でオファーをしても、人事で給与が丸められることで大幅ダウンするために採用できないケースはあります。
AIに纏わることに限らず、コンサルやSIerへの外注費が問題となり弊社にご相談を頂くケースが有るのですが、デジタル子会社を作って別子会社を作るようなことをしない限りは打破できないのではないかと感じています。
世代でも違う、AIとの距離感
AIに対する反応を見ていると、世代ごとの「距離の取り方」も見えてきます。
同じエンジニアでも、何を守りたいのか、何を信じて働いているのかによって、AIとの関係は全く異なるのです。
50代:「自分の手で作ること」こそ尊い働き方?
50代でAI活用に消極的なエンジニアに理由を聞くと、「自分でプログラムした方が速いし確実だから」と答える人が少なくありません。プログラミング能力や経験は申し分ない人材であっても、保守的な回答が返ってくる場合があります。
実際、バイブコーディングも万能なわけではないので、ある一面では頷けます。長寿なサービスであれば、これまでの仕様変更や歴史的背景をAIに学習させる手間がどの程度なのか、見積もりするのも大変だという気持ちも理解できます。
一方で、AIを第一線で使いこなすにはそれなりに学習コストがかかるため、「AIの力量不足」を口実に、これまで築いた人脈とスキルで定年まで逃げ切ろうという思惑も見えます。
チームをリードする人材がこのような姿勢であれば、全社的にAI導入に否定的な開発組織ができあがります。
10~20代:AIを「競争相手」にも「希望」にも見る
AIを積極的にAIを使いこなそうとする層と、AIに淘汰される可能性が少ない領域で生き残ろうとする層の二手に分かれるのが10代~20代といえます。
前者は向学心があるので、AI活用の本丸を担うエンジニアとして活躍が見込めますが、用意された座席の数はそれほど多くありません。
また、AIにベットするだけの自信がない未経験・微経験層は、情シスやカスタマーサクセスといったプログラマーからのキャリアチェンジをされるかたも見られるようになりました。また、介護・看護・ドライバーなどの未経験歓迎職種に転身される方もおられます。
先日、慶應義塾大学データビジネス創造コンソーシアム第42回勉強会にて、デジタル人材の今後のキャリアについてお話させて頂く機会がありました。普段のこのコンソーシアム参加者は大学生、大学院生が主流とのことですが、この回では7割程度が高校生という驚きの結果となりました。AIの進化が予想を上回るスピードで進む中、進学先や学び方も含め、デジタル人材のキャリア不安が非常に大きいことが伺えた一日でした。
30〜40代:「AI疲れ」と「責任感」の狭間に立つ
そして最も葛藤が深いのが、30、40代のミドル層です。
上からは「AIを現場に浸透させろ」とうるさくいわれ、下からは「どうやれば分かりません」と頼られる。AIが出力したプログラミング結果を未検証で貼り付けてくる部下に悩む上長の相談もよくいただきます。
そして自分自身もプレイヤーとして手を動かしつつ、組織マネジメントや事業へのコミットメントが求められる中、AIを腰を据えて学ぶ時間は限られています。
結果、確信が持てないまま導入を進めたり、判断を先送りしたりするケースも少なくありません。AI時代の板挟み…それは、技術よりも「人としてどう関わるか」を問われている構図でもあります。
世代が違えば、働く意味の感じ方も違う。そしてAIは、その違いを浮かび上がらせる鏡のような存在になっているのです。
AI導入の本当の壁は、人の心理にある
AI活用に対して悩みを抱えているのは、開発現場だけではありません。経営層もまた、AIをどう扱うべきか模索しています。
多くの企業で「高額なライセンスを購入し、社員に配布したのに利用率が上がらなかった」という話は枚挙に暇がありません。
その背景にあるのは、AI導入を「道具の導入」としか捉えていない経営の姿勢です。
「使い方を教えれば浸透する」なんて丸投げ体質では、現場は自分ごととして使う理由を見い出せません。
AIは、導入すればすぐに劇的な効果が現れる「魔法の杖」ではありません。教育やサポートの仕組み、そして何より「AIを使って得た小さな成果を正当に評価する文化」がなければ、定着は望めないのです。
実際、あるエンジニアはこう話してくれました。
「AIを使って工数を100時間削減したのに、上司から返ってきたのは『それだけ?』の一言でした」
この一言が象徴しているのは、AIの成果を「コスト削減の数字」でしか見ない発想です。
しかし、現場のエンジニアにとっては、効率化そのものよりも、自分の工夫や成長が認められることこそが働く意味に直結しています。
経営が本気でAIを活かしたいのであれば、必要なのは投資やツール導入ではなく、「何のためにAIを使うのか」という組織全体の共通意識です。
AIを「人の可能性を広げる手段」として扱える会社こそが、結果として成果を出す。
その逆に、効率化のための道具として扱えば扱うほど、人も組織も疲弊していきます。
AIの価値は、コストを削ることではなく、人の時間を生み出し、挑戦の機会を増やし、新しい価値を広げることにあります。
AIを「削るための技術」ではなく、「広げるための技術」として捉え直せるか。
その意識の転換こそが、AI時代における組織の分岐点なのだと思います。
AI時代、「働く意味」を取り戻すための越境
一方で、AI化の流れが緩やかな領域もあります。金融、医療、行政など、情報の取り扱いにセンシティブな領域では、依然として慎重な姿勢が目立ちます。
ただ、かつて「クラウド」がそうだったように、今安全圏に見える領域も、やがてAIの影響から逃れられなくなるでしょう。
だからこそ「AIを使うかどうか」ではなく、「AIとどう共に働くか」を考えることが求められています。
AIをツールではなく、チームメイトとして扱える人こそ、次世代のエンジニアのスタンダードになるはずです。
これからも「開発を続けたい」「コードを書き続けたい」のであれば、AIを相棒として使いこなす覚悟を決めること。そしてもし、「エンジニア職に固執しない」のであれば、人と技術をつなぐ領域、例えばプリセールスやFDE(フォワード・デプロイド・エンジニア)などの職種にチャレンジするのもアリでしょう。
AIを理解し、活かしながら、顧客の課題を整理し、提案し、教育できる人材はどの業界でも不足していますから早めのキャリアチェンジが功を奏する可能性もあります。
幸いなことに、AIが苦手とする対面で人の感情を読んだり、信頼を築けたりできるのは、今のところ人間にしかできません。
対人コミュニケーションや顧客に寄り添う仕事にアレルギーがないのでなければ、自らの将来を託すのも悪くない選択といえそうです。
結局のところ、AIが突きつけているのは「選択」ではなく「再定義」です。
自分は何を大切に働きたいのか。その問いに向き合い続けることこそが、AI時代を生きるエンジニアの働く意味を取り戻す第一歩なのだと思います。
博士(慶應SFC、IT)
合同会社エンジニアリングマネージメント社長
久松 剛さん(
)
2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。12年に予算都合で高学歴ワーキングプアとなり、ネットマーケティングに入社し、Omiai SRE・リクルーター・情シス部長などを担当。18年レバレジーズ入社。開発部長、レバテック技術顧問としてキャリアアドバイザー・エージェント教育を担当する。20年、受託開発企業に参画。22年2月より独立。レンタルEMとして日系大手企業、自社サービス、SIer、スタートアップ、人材系事業会社といった複数企業の採用・組織づくり・制度づくりなどに関わる
構成・執筆/武田敏則 編集/玉城智子(編集部)