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韓国人が好きでたまらない「代理満足」とは? 韓ドラに復讐劇が多い本当の理由

NHK出版デジタルマガジン

韓国人が好きでたまらない「代理満足」とは? 韓ドラに復讐劇が多い本当の理由

「太陽を抱く月」「雲が描いた月明かり」「ミセン」……数々の韓国ドラマ作品で字幕翻訳を手掛けてきた金光英実さん。そのキャリアとソウル在住30年の経験をもとに執筆した新刊『ドラマで読む韓国 なぜ主人公は復讐を遂げるのか』は、現代韓国の文化や社会を知るのにうってつけの一冊です。本書の発売を記念し、全4回の抜粋記事を公開します。

※NHK出版公式note「本がひらく」より。

#3 はこちら↓

韓国ドラマは復讐劇ばかり?

 韓国ドラマには犯罪を描いた作品が多いが、群を抜いて人気があるのは復讐ドラマだ。
 
 前科者の青年が仲間と飲食業界での成功を目指す「梨泰院(イテウォン)クラス」(2020年)、タクシー運転手が復讐代行人という裏の顔をもつ「模範タクシー」(2021年)、いじめ被害者が計画的な復讐に人生を捧げる「ザ・グローリー」(2022年)、財閥企業に殺された前世の復讐を果たす「財閥家の末息子」(2022年)など、挙げていけば本当にきりがない。
 
 韓国では昔から復讐ドラマの人気は高かったが、復讐の仕方がいまとは異なっていたように思う。かつては配偶者の不倫や家族の死など、個人的な恨みを法律の枠組みで裁いてもらい、社会正義を具現化させる作品が多かった。たとえば、2008年に大ヒットしたドラマ「妻の誘惑」はそのひとつだろう。

 一方、近年の作品では、復讐が「法律の外」で行われる。「ザ・グローリー」は高校時代にいじめに遭った主人公が加害者を破滅に導くストーリーだが、これも法に訴えるのではなく、主人公自らが鉄槌(てっつい)を下している。
 
 韓国の法律は世界的に見てもゆるく、罪を犯しても量刑が軽いと言われる。実際、たとえ殺人を犯しても死刑になることはほとんどない。死刑制度はあるが、1997年以降、死刑を言い渡されて執行された例はない。

近年の韓国ドラマでは、「復讐」が法律の外で行われる

ドラマを通して「代理満足」を得る人々

 政治家にも犯罪者が多い。

 前科4犯の過去がある最大野党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)代表や、疑惑がタマネギの皮をむくように次々と発覚して「タマネギ男」と呼ばれるチョ・グク(曺国)元法務部長官に対しては、多くの国民が怒りと不満を持っている。

 ところが、イ・ジェミョンは大統領候補になれたし、チョ・グクは新党を設立して党首の座に居座っている。このふたりだけではなく、韓国の政界には大勢の「前科付き」がいる。
 
 つまり、韓国社会そのものが犯罪や不正に対して寛容なところがあるのだ。

 韓国人は一般的によほどの大罪でなければ、犯罪を軽く考える傾向にある。私のまわりにも、刑務所に入ったことのある人は複数いるけれど(軽微な犯罪や経済犯罪、暴行などの罪が多く、さすがに殺人犯はいない)、まわりの人々はその程度の罪についてはさほど気にしていない。「生きていればそういうこともあるよね」と流してしまう。

 少なからぬ韓国人が、裁かれるべき者がきちんと裁かれず、加害者の人権が過度に守られていると不満を抱いている。暴行やパワハラが事件化しても財閥家の人が刑務所に収監されることはほとんどないし、政治家は何事もなかったかのように権力者の座に居座っている。被害者の権利や感情は配慮されていないように感じてしまう。

 かといって、自分たちに何かできるわけでもなく、心の中に不満を鬱積(うっせき)させるしかない。だからこそ人々は、ドラマの中で私的復讐を遂げる主人公に快哉(かいさい)を叫ぶのだ。
 
 多くの韓国人は、復讐ドラマを通じて「대리만족(テリマンジョク)(代理満足)」を得ていると言える。「代理満足」という言葉は韓国独特の表現で、自分が望んでいることを代わりに誰かが果たしてくれることを言うが、日本語にはぴったりする概念がない。

2022年に起きた凄惨な事件

 韓国人は「代理満足」を通じて心を晴らすことが大好きだ。それは、ときに現実社会の事件にも見て取れる。
 
 2022年2月1日午後11時ごろ、京畿道東豆川(キョンギドトンドゥチョン)の商業ビルで、20歳の男性Aが高校3年生のBをナイフで64回も刺して殺害する事件が発生した。あまりに残忍な犯行手口に、韓国社会は震撼(しんかん)した。
 
 事件のあらましはこうだ。犯行時刻のおよそ2時間前、商業ビルのトイレから出たAは、Bの友人の肩にぶつかった。これが元でケンカとなり、AはBの仲間数人から殴る蹴るの暴行を受けた。目撃した住民が警察に通報し、一行は派出所に連行されるも、Bとその仲間たちは注意を受けて帰された。

 BはAに対して「お前の両親も殺してやる」と3回以上言ったという。それもあってAは復讐を決めた。家に戻ってナイフを手に取り、Bを捜し回る。とあるビルの入り口でBを発見すると、「俺が誰か覚えているか」と言い、隠し持っていたナイフを振りかざした。ドラマにもないような復讐劇だ。
 
 Aは懲役16年の判決を言い渡された。興味深いのは、この事件に対するインターネット上の反応で、「高校生を注意するだけで帰した警察が悪い」「報復犯罪を量産しているのは警察だ。警察ができない正義を具現化するために市民がやったのだ」と、Aを擁護するコメントにあふれている。
 
 言うまでもないが、Aがやったことは到底許されることではない。だが、この事件にも韓国人の「代理満足」好きを見ることができるし、犯罪加害者に対する甘さが現れているようにも思う。

(了)

※写真:shutterstock

本連載はこれが最終回です。金光英実『ドラマで読む韓国』(NHK出版新書)は9月10日発売予定です。

四方田犬彦さん推薦!
ソウルに住んでもうすぐ30年。ヨンシル(英実)はこの都を自在に泳いでいる魚だ。居酒屋の主人から韓国ドラマの字幕翻訳まで、職業を転々。遠いものは美しい。でも近づいて目を凝らすと大変だ。何もかもが日本の十倍も過激な韓国の、リアルな観察日記。

『ドラマで読む韓国 なぜ主人公は復讐を遂げるのか』目次
■ 第1章 エンタメに宿る国民性――ドラマと韓国
■ 第2章 金は天下に回らない――財閥と韓国
■ 第3章 かわいい子には勉強させよ――学歴と韓国
■ 第4章 食事から生まれる仲間意識――食と韓国
■ 第5章 親しき仲には遠慮なし――韓国の人間関係
■ 第6章 復讐は蜜の味――犯罪と韓国
■ 第7章 可視化されるジェンダー対立――女性と韓国

プロフィール

金光英実(かねみつ・ひでみ)
1971年生まれ。清泉女子大学卒業後、広告代理店勤務を経て韓国に渡る。以来、30年近くソウル在住。大手配信サイトで提供される人気話題作をはじめ、数多くのドラマ・映画の字幕翻訳を手掛ける。著書に『ためぐち韓国語』(四方田犬彦との共著、平凡社新書)、『いますぐ使える! 韓国語ネイティブ単語集』(「ヨンシル」名義、扶桑社)、訳書に『ソウルの中心で真実を叫ぶ』『殺人の品格』(ともに扶桑社)など。
金光英実さんのX https://x.com/Hidemi_K

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