テノール・高島健一郎がこれまでの軌跡を振り返る~ミュージカペラ『メリー・ウィドウ』第一弾配役発表! 公演実現までの道のりとは
世界で唯一のオペレッタ専門教育機関であるウィーン市立音楽大学(MUK)オペレッタ科で学び、在学中にレハール音楽祭やドイツツアーに出演。様々なオペレッタ作品の主役を務め2022年には世界最大のオペレッタの祭典・メルビッシュ湖上音楽祭に出演したテノール・高島健一郎。ヴォーカルグループ・REAL TRAUM(リアル・トラウム)を結成しオーチャードホール公演を完売させるなど日本での活動も話題となる中、自身が昨年末から今年2月までカミーユ役としてドイツツアーに出演した『メリー・ウィドウ』という特別な演目を、翻訳も担当し日本で上演する事が発表された。配役もまずは、原作でツェータ大使の役を津田大使として堺祐馬、そして高島がドイツで担当したカミーユを鳥尾匠海が担当することが発表となった。
YouTuberであり、ピアニストである石井琢磨ともウィーン時代から交流し、彼のYouTube活動5周年を祝うYouTubeプログラムでも共に語っているが、自身にとって念願だった日本でのオペレッタ公演を実現するまでの道のりと想いを、芸大受験やウィーン留学時代も振り返りながら本人に話を聞いた。
――まず高島さんがオペレッタに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?
実は意外と遅くて、芸大受験時代にヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ『こうもり』のDVDを観たのが一番最初にオペレッタに触れた体験でした。1980年にウィーン国立歌劇場で上演された映像なんですが、グルベローヴァ、ルチア・ポップ、ヴァイクルといった当時のウィーンのスター歌手が集結した舞台で、歌も演技も素晴らしく一瞬で虜になりました。演出もオットー・シェンクの伝統的なもので、あれほどこうもりの世界観を美しく楽しく表現した舞台はいまだに他にない気がします。
――具体的にどういったところに惹かれたのでしょう?
美しい音楽や舞台はもちろんなのですが、演者が本当に楽しそうに歌って演じているんです。上演中に客席から笑いが起こるというのもオペラではあまりない事なので新鮮でした。そして何より作品の中で一貫している哲学が好きでした。こうもりの哲学はロザリンデとアルフレードのデュエットの中の"Glücklich ist, wer vergisst, was nicht mehr zu ändern ist.”というフレーズに集約されているんですが、これは簡単に言うと「どうしようもない事は忘れた方が幸せ」という意味です。文字だけだと単なる楽観主義に見えますが、美しい音楽とコミカルな演劇の中でこのメッセージが発せられると説得力を持つんです。最後には「全てはシャンパンのせいだから飲んで忘れよう」という締めにつながり、作品を観終わった時には「嫌なことは忘れてまた明日から頑張ろう」という気持ちにさせてくれるんです。
――オペレッタは日本語で「喜歌劇」と訳されますが基本的にはハッピーエンドですね。
レハールのオペレッタ『微笑みの国』のような例外も稀にありますが、基本的にはハッピーエンドで、ウィーン的な楽観主義がベースにあります。ウィーンの先生はオペレッタを「崇高な楽観主義」と言っていましたが、こうもりが初演された当時のウィーンは非常に苦しい時代だったために(世界恐慌や戦争での敗戦)、嫌なことを忘れる作品が必要だったのでしょう。
――『こうもり』をきっかけにオペレッタに興味を持ち、芸大に進学された後、なんと本場のウィーンへ留学されますが進路に迷いはなかったんですか?
芸大時代はなるべく色んな声楽作品に触れるためにイタリアオペラやドイツリート、宗教曲も勉強しましたし、劇団四季等のミュージカルも観に行きました。そんな中で自分の才能を最も活かせて、なおかつ情熱を注げるものが僕にとってはオペレッタだったので、卒業後はウィーン市立音大オペレッタ科を目指したいことを芸大の学部3年時に決めて、師匠である吉田浩之先生に伝えました。
――先生はなんと仰いましたか?
自分の進路を具体的に決められる事は素晴らしい事だから応援すると仰ってくれました。留学の奨学金の推薦文を書いてくださったり、先生が持っていたオペレッタの楽譜を貸してくれて、ウィーン市立音大オペレッタ科の受験準備もその日からレッスンで見てくださいました。
――とても理解がある先生ですね。芸大はやはりオペラや宗教曲のようなアカデミックなものを勉強する場所というイメージがありました。
そうですね。先生はとても柔軟な考え方を持っていらっしゃったのでありがたかったです。芸大の卒業試験はレハールの『微笑みの国』のアリアを歌ったんですが、その際も卒業試験がオペレッタのアリアで良いかどうか他の先生方にかけ合ってくださったり、大変お世話になりました。リーダーを務めているリアル・トラウムは全員吉田門下なんですが、1stコンサートの際には先生がお花を贈ってくださり、僕らの活動を今でも温かく応援してくれています。
――そして芸大卒業後に無事にウィーン市立音大オペレッタ科に進学しますが、オペレッタ科での学生生活はいかがでしたか?
本当に授業や課題についていくのに必死でしたね。そもそも僕は受験で補欠合格だったんです。歌の実力もドイツ語能力も未熟だったので能力的には入れるか入れないかくらいのレベルで、ただオペレッタ科の受験準備で事前に教授のレッスンを受けた際に僕がやたらとオペレッタに詳しかったので、こいつやる気あるなって事で取ってくれた気がします。
――そうだったんですね。しかし入学後の在学中からすぐにレハール音楽祭やドイツツアーにデビューされましたね。
レハール音楽祭では最初は合唱のオーディションだったんです。合唱として採用されたんですが、演目が「微笑みの国」というアジアが舞台の作品で、ソリストのフー・リーという役がまだ決まっていませんでした。そこで合唱にいたアジア人の僕が急遽やることになったんです。
――実力だけではなく運もありますね。
そうかもしれません。次に受かったオーディションは『こうもり』と並んで有名なヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ「ジプシー男爵」のバリンカイ役だったんですが、これはトリプルキャスト上演でのドイツツアーで、3人目のバリンカイだけが決まっていませんでした。そこでウィーン市立音大オペレッタ科のテノールでオーディションをやることになり、僕が選ばれました。
――補欠で入学したにも関わらずドイツツアーで主役のバリンカイ役に選ばれたのは入学後に相当な努力をされたんじゃないでしょうか。
今振り返るとタイミング等本当に運が良かったと思います。その頃にはかなりドイツ語が話せるようになっていたので、キャスティング担当の方とのやりとりでうまくコミュニケーションを取る事も出来ましたし、歌も高音域がだいぶ安定して出せるようになっていました。
――その後もカールマンのオペレッタ『伯爵令嬢マリッツァ』のタシロ役等オペレッタの主役を演じられますが、2020年にコロナ禍に見舞われましたよね。
コロナでロックダウンになり、全ての舞台活動が中止になりました。ヨーロッパでのキャリアも軌道に乗ってきたタイミングだったのでショックは大きかったですね。ただ家で何もせずにじっとしていても仕方がないので、これまでのヨーロッパでの活動を日本の方に伝えようと始めたのがYouTubeでの配信でした。
――結果としてYouTubeでの配信が今の日本でのご活躍に繋がっていきますが、何かきっかけはあったんでしょうか?
ロックダウン初期は誰かと会うことも出来なかったので、家でギターの弾き語りを撮影してYouTubeにアップしていました。少しずつロックダウンの規制も緩やかになってきた頃に、同じウィーンで活動していたピアニストの石井琢磨君が僕の動画を見てくれて、一緒に何か動画を撮ろうと言ってくれたんです。琢磨くんのたくおんTVはすでに多くの視聴者やファンがいらっしゃったので、琢磨くんとのコラボをきっかけに日本の方に僕の存在を知って頂きました。
――現在デュオを組まれている藤川有樹さんとも石井さんのご縁でお知り合いになられたと伺いました。
はい。琢磨くんとのコラボ動画の撮影の際に藤川くんと知り合いました。まさかあれから数年後に浜離宮やオーチャードホールで共演するなんてまったく想像も出来なかったので、本当に未来は誰にもわかりません。
――コロナ禍でもご自分に出来る事を模索した結果だと思いますが、そのコロナ禍を経て2022年にはいよいよメルビッシュ湖上音楽祭にデビューされます。一度途絶えたキャリアを以前よりもさらに大きなステージで歩み始めますが、実際に6000人の観客を前に歌う経験はいかがでしたか?
メルビッシュは芸大受験時代からDVDで見ていた舞台だったので、そこに自分が立っているのはとても不思議な感覚でした。稽古は日中にやるので陽射しがすごく暑かったり、メルビッシュという場所が予想以上に何もない田舎だったり、なぜか真夏の炎天下を自転車で通勤したり色んな思い出があります。実際に6000人を前に歌うのはやはり鳥肌が立ちました。野外イベントというのも特別な臨場感があって、一体どこからこんなにたくさんのお客様が来るんだろう?と思いましたが、ドイツ・オーストリアのみならずハンガリーからもお客様がいらっしゃっていてヨーロッパのクラシック音楽の歴史を痛感しました。
――メルビッシュに出演された2022年から日本でも活動を本格化されて、ソロ活動のみならずヴォーカルグループ・リアルトラウムを結成。今年の2月にはグループ結成一年半足らずでBunkamuraオーチャードホール公演を完売するまでの人気を獲得しました。10月には念願だった日本での『メリー・ウィドウ』公演をグループのメンバーを中心に行いますが、芸大受験からウィーン留学を経てこれまでの高島さんの活動が身を結んだ公演になるのではないでしょうか。
日本でメリー・ウィドウを上演できるなんて、大袈裟ではなく本当に夢みたいな事です。僕がどれだけヨーロッパでオペレッタの舞台に出演していても、YouTubeでの発信をしていなかったら絶対に実現できなかった事です。日本人のほとんどの方がオペレッタを見た事がないと思います。そんな中で、YouTubeを通してオペレッタの楽曲や作品、歴史や時代背景を解説し、グループでは声と歌の魅力をジャンル問わず発信してきました。その活動が実を結び、新たな形の『メリー・ウィドウ』を信頼するメンバーと日本で上演出来ることは僕にとってこれ以上ないほど幸せなことだと思っています。
――日本人のほとんどが見た事がないオペレッタに、高島さんやリアル・トラウムの多くのファンの方々が観に来るというのは、日本のクラシック界や声楽界に新たな風穴を開ける瞬間となるかもしれませんね。ましてやご自身が昨年末から今年のオーチャードホール公演直前までドイツで出演されていた『メリー・ウィドウ』という演目ですから、ファンの方々の期待値も非常に高いと思います。
ファンの方達の期待はひしひしと感じています。必ずその期待値を超える公演にしたいと思っていますし、僕が声楽を志したことで偶然知ったオペレッタの素晴らしい世界を体感していただきたいです。そして観にきて頂いた方の人生や日々に少しの安らぎとか癒し、オペレッタ本来の魅力であるウィーンの楽観主義を感じてもらいながら、明日からまた頑張って生きていこうと思えるような力になる舞台に出来たらこれ以上の喜びはありません。
――高島さんが最初に観た『こうもり』のような感動を日本の方々に伝える事が出来たら最高ですね。
そうなることを目指して仲間と共に10月の本番まで突き詰めていきたいと思っています。
――心から楽しみにしております。本日は芸大受験時代からウィーンでの留学や舞台活動の詳細をお聞きする事が出来てとても興味深いお話をありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。僕自身、自分のこれまでの活動を振り返ることが出来てとても有意義な時間でした。
まとめ=神山薫