PKSHA上野山 勝也「キャリアにタイパなんて無い」優秀な学生ほど気付けない、学校と社会の“ゲームの違い”とは?
効率化は、エンジニアにとっての美徳だ。しかし、その「タイパ」的な価値観を自らのキャリア選択にまで持ち込んでいないだろうか。
著名なプロダクト、流行りの技術スタック、誰もが知る大企業。つい、そういった「分かりやすい正解」を追い求めてしまうものだが、AI技術で社会変革をリードするPKSHA Technologyの代表取締役・上野山 勝也さんは「キャリア形成における安直な効率主義は危険」だと語る。
今や日本におけるAIの社会実装をけん引する第一人者として知られる上野山さんだが、その出自は実にユニークだ。大学卒業後、コンサルティングファームと事業会社で活躍した後、大学院に戻り研究の道へ進んだ後、PKSHA Technologyを起業するに至る。
一見、非効率にも思えるその歩みの裏にある、彼のキャリア哲学に迫った。
PKSHA Technology
代表取締役
上野山 勝也さん(@KatsuyaUenoyama)
ボストンコンサルティンググループ、グリー・インターナショナルを経て、東京大学松尾研究室にて博士号を取得。2012年にPKSHA Technologyを創業。20年、世界経済フォーラム『ヤング・グローバル・リーダーズYGL2020』に選出
価値観を揺さぶられる体験が、自分だけの答えを探す起点に
私たちは幼い頃から、学校教育の中で、全員の正解が同じ「一般解」を導き出すことに慣れてきました。しかし、社会に出ると、今までとは異なるゲームへの参加が求められます。社会人がプレーするのは、無数にある選択肢の中から、自分だけの「個別解」を求めるゲームだからです。
当たり前ですが、「個別解」は人によって異なります。私自身、コンサルティングファームと事業会社を経験した後、大学院の博士課程に戻って研究しながら起業するという、まさに「個別解」を追求してきました。
これはあくまでも個人的な感想ですが、幼少期から周囲の期待に応え、優秀な学生とされてきた方ほど、学校と社会の「ゲームの違い」に気付いていない印象があります。きっと、「一般解」を求めるゲームに過剰適応してしまったからでしょう。他者が定めた物差しを信じて進路を決めたからといって、不幸になるわけではありません。
それでも、私はまだ何者でもない若き日にこそ、短期的な合理性や効率だけにとらわれず、自分の価値観が揺さぶられるような経験をすべきだと思います。今、視界に捉えている風景の外に、自分の「個別解」が隠れているかもしれないからです。
私がそれを見つけたのは、修士時代に参加したシリコンバレー視察ツアーでのこと。3日間にわたって、現地で働く日本人エンジニアと議論する貴重な機会を通して、情報技術がもたらす無限の可能性を肌で感じました。
しかし、あの時得たのはそれだけではありません。才能と個性溢れる彼らが人生を謳歌している姿を見て、働き方は、世間が思い描くような画一的なものだけではないのだと気付かされたのです。
もしあのツアーに参加していなければ、私は今とは全く異なる人生を送っていたでしょう。ましてやAIにオールインしたり、起業したりすることもなかったはずです。
「タイパ」という安直な価値観に人生を委ねてはならない
インターネットサービスやデジタルツールの発達で、社会はどんどん効率的になっています。「タイパ」という言葉の流行からも「時間を節約し効率を高めることは善である」といった考えを持つ人たちが増えているのがうかがえます。
もちろん、いらぬ苦労は誰しもしたくないものです。時間を節約し、有意義に使いたい気持ちも分かります。しかし、自身のキャリアを考える大事な節目に、タイパという安直な価値観を持ち込むのは危険です。
私は、キャリア構築を「探索」「発見」「拡張」の3ステップで捉えています。「探索」とは、進むべき道を探るステップであり、「発見」は、探索の過程で自らの嗜好と社会のニーズが重なる部分を見つけるステップ。その発見を育て、確かなものにするのが「拡張」です。
特に10代から20代にかけては、人生の目的を見つけるための大切な時期。効率など度外視して、試行錯誤しなければ、結局、他者がつくった「物差し」に身を委ねることになってしまうのです。
例えば、人気企業ランキングに名を連ねる有名企業から内定をもらえたとします。友だちに自慢できますし、親もきっと喜んでくれるでしょう。恐らく自尊心も満たされるはずです。もちろん、有名企業に入ることが悪いわけではありません。しかし、一般的に評価される選択が、果たして自分にとっても正解だと本当に言い切れるでしょうか。
「予測不能」に飛び込む勇気が未来を切り開く
キャリア形成もAIの成長も、未知の状況に挑むという点ではとても似ています。最新AIを搭載したロボットも、未知の空間に投げ出されれば、まともに動くことすらままならなくなってしまいます。なぜなら、小さな実験室と現実世界とでは、異なることばかりだからです。
しかし、そんな無垢なAIロボットも、時間とともにスムーズな動きができるようになります。数々の失敗から行為と結果の因果関係を見出し、それを自らの内部に構築した学習モデルに反映させることで、次の瞬間に起こる事態を予測できるようになるからです。これはあくまでも比喩ですが、人間の子が大人に成長する過程と重なるのは、言うまでもありません。
全く異なる領域のカンファレンスに顔を出してみる、あるいはバックパックを背負って世界を回るのもいいでしょう。好奇心や衝動の赴くまま、普段の業務では関わらない領域に足を踏み入れ、価値観を揺さぶられるような感覚を、ぜひ味わってください。そうした経験の一つ一つが、きっとあなたの「世界の見え方」を広げてくれます。
質を左右するのは効率ではなく、活動量なのは間違いありません。時に、回り道に見えることもあるでしょうし、楽しいことばかりでもないでしょう。しかし、時間や労力を惜しまず挑戦した者にしかつかめない未来があると、私は思います。
取材・文/武田敏則 撮影/赤松洋太 編集/今中康達(編集部)
本記事は2025年11月発売予定の雑誌『type就活』に掲載予定の内容を一部編集し、先行公開しております