『藤本タツキ 17-26』連載インタビュー第5回:『人魚ラプソディ』監督 渡邉徹明|「ピアノの演奏シーンがサビみたいな作品ですので、そこに一番労力をかけました」
2025年11月8日(土)よりPrime Videoにて独占配信される『藤本タツキ17-26』。
『チェンソーマン』『ルックバック』を生んだ漫画家・藤本タツキ先生が 17歳から26歳までに描いた短編8作品が、6 つのスタジオと7名の監督により待望のアニメ化。思春期の恋、暴走、狂気、絆を描いた多彩な物語を通して、“鬼才”の想像力に迫る意欲的なプロジェクトとなっています。
アニメイトタイムズでは、各作品を担当した監督陣への連載インタビューを掲載! 第5回は『人魚ラプソディ』監督の渡邉徹明氏に作品に込めたこだわりを伺いました。
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【写真】『人魚ラプソディ』渡邉徹明監督インタビュー【『藤本タツキ 17-26』連載第5回】
藤本先生らしい世界観で紡がれる、『普通』の思春期の恋愛
ーー藤本タツキ先生が17歳から26歳までに手掛けた短編8作品を一挙にアニメ化するという今回の取組みについて、どのように感じられましたか?
『人魚ラプソディ』監督・渡邉徹明氏(以下、渡邉):お祭りやフェスみたいな感じで面白そう!と思いました。
ーー渡邉監督から見た『人魚ラプソディ』の印象や魅力をお聞かせください。
渡邉:タツキ先生が巻末コメントにて『普通の話』と書かれていましたが、実は人魚であるトシヒデの母親が人間(おそらく漁村の人々)に喰われていたり、人魚もまた人間を喰う存在だったりと、しっかり先生らしい部分があって、そんな世界観で『普通』の思春期の恋愛を描いているのが面白いと思います。
また、原作でのピアノの演奏シーンがすごく丁寧にかつ綺麗に描かれていて、物語の光と闇のコントラストを付けているところが魅力的です。
ーー本エピソードは、美しいピアノの音色が特徴であり、テーマにもなっています。アニメーション化するにあたって、特にこだわられた点や印象に残っている制作時の出来事などを教えてください。
渡邉:おっしゃる通り、ピアノの演奏シーンがサビみたいな作品ですのでそこに一番労力をかけました。音楽担当の石塚玲依さんに『とにかく一度聴いたら耳に残る印象的な曲を作成してください、そしてトシヒデの母親が弾いていた曲なので曲調は『懐かしい子守歌のような優しさや穏やかさ』をください、とオーダーし、映像作品でないとできない音響の表現に音響監督の郷文裕貴さんとアレコレ相談しながらこだわりました。
また、絵コンテを元にビデオコンテを作成して、それに音楽を付けていただく形(フィルムスコアリング)で発注をしました。それぞれのシーンでしっかりとピアノ曲を視聴者に聴かせるため、各カット・シーンの尺は長めに取っています。そして、作品コンセプトとして、綺麗な画面作りを目指しました。
渡邉:また、ピアノの演奏シーンでは実際にピアニストの方に演奏していただき、そちらをモーションキャプチャーして作画に落とし込んでいます。細かい運指のところは一部ロトスコも使用しています。人魚が作ったピアノとはいえ、鍵盤のどこを押したらどの音が出るのかは陸のピアノと変わらないと思いますので、なるべくリアルに描写するようにしました。
そして、ラストシーンでトシヒデとシジュが連弾するところはアニメオリジナルになっています。こちらは脚本の小林達夫さんのアイデアで、一緒にピアノを弾くことで異業種である人魚と心が通じることができた、という一段盛り上がる綺麗な締めになりますので、素敵だと思い採用させていただいています。
渡邉:アニメオリジナルのところでもう一つ、後半のシーンで大量の人魚に囲まれながらトシヒデがピアノを弾くシーンで、一瞬母親を思い出してフラッシュバックするところなのですが、こちらは意識が遠のいて走馬灯らしきものが見えてしまう、という演出を足させていただきました。僕自身もトシヒデほど幼い時ではないですし、村で喰い殺された人魚ではないですが、母親を病気で亡くしていまして、少し気持ちがわかるところがあり膨らませてみました。人間って無意識に悲しい過去やつらい過去にフタをしてしまうものでして、トシヒデが作中冒頭で『母さんの顔も名前も好きな食べ物だって何も覚えていないんだ』と言っていますが、実は原作にも描かれている通り、思い出すシーンがあるのですが、それまで記憶にフタをして『忘れてしまっていた』のです。
アニメ版のフラッシュバックシーンでは簡易的な仏壇らしきものを描いていますが、アレは『人間(村の人々)に喰い殺されてしまった母親』という事実がショックすぎて幼いトシヒデの精神が崩壊しないように、父親が死因を明かさずに病気か何かで亡くなったことにした痕跡です。でっちあげたものなので卒塔婆も戒名も置いていないです。やがて父親も辛くなり仏壇自体も処分して母親の痕跡をすべて消したのだということにしています。だからトシヒデも忘れていた、ということになります。それを母親の声の幻聴で思い出します。これも僕が母親を亡くしてしばらくして忘れていた頃に急いで街中を走っているとき、母親の僕の名前を呼ぶ声の幻聴が聴こえて『え?』と立ち止まりました。もし立ち止まっていなかったら車と衝突していた、ということがありましたので、原作を読んだときはそのことを思い出して涙をこぼしました。
渡邉:人魚の村長と漁港の人々が言い合っているところにトシヒデの父親がじっと見ているシーンが原作同様にありますが、母親を殺した人たちと普段極力関わらないようにしている父親が、自分の息子と人魚のトラブルを起こしたことにより、居ても立っても居られない感じで来た描写だったのだと思って描いています。なので父親の表情がもしかすると殺意も混じっている、という風に見えるようにしています。
こういったアニメオリジナル描写を入れ込んだのは、タツキ先生より『もう少し原作から膨らませてほしい』というオーダーをいただいたのでアニメ版でより視聴者の方々に作品世界に没入してただくために追加させていただきました。
[インタビュー/タイラ 編集/小川いなり]