インドネシアと日本。2つの“故郷”をつなぐ今津景の大規模展(レポート)
インドネシアに拠点を置いて制作活動を行い、現在、国内外で注目を集めている美術家、今津景(1980-)。美術館での初めてとなる大規模個展が、東京オペラシティ アートギャラリーで開催中です。
東京オペラシティ アートギャラリー「今津景 タナ・アイル」会場
2017年にアーティストレジデンスの誘いでインドネシアのバンドンへ訪ねたことをきっかけに、現地で活動をしている今津。インターネットやデジタルアーカイブなどのメディアから採取した画像をモチーフに作品を構成。その下図をもとにした、油彩作品を制作しています。
レジデンスの最終日に今津が訪ねたのは、かつて軍事要塞として使われていた洞窟。最初の展示室には、ジャングルに隠れるように崖につくられた洞窟を思わせる空間になっています。
「今津景 タナ・アイル」会場
インドネシアは、17~20世紀にはオランダの植民地に、第二次世界大戦時には日本の占領下におかれました。今津は、軍事要塞や歴史資料のイメージを引用しながら、インドネシアと自身のルーツである日本との関係を批評的に思考し、絵画に落とし込んでいます。
新作のインスタレーション《Bandoengsche Kininefabriek》は、バンドンで行われたマラリアの特効薬のキナの栽培の歴史をたどる作品です。蚊に刺されることで感染する熱帯地域でみられるマラリアの、人間と蚊の体内を行き来する様子が表現されています。
《Bandoengsche Kininefabriek》2024年
展覧会のタイトルとなっている「タナ・アイル」は、インドネシア語で「土」を指す「タナ(Tanah)」と「水」を指す「アイル(Air)」の2つを合わせた『故郷』を意味する言葉です。
今津にとってインドネシアの歴史や神話、都市開発や環境問題に関するイメージは、作品を読み解くためのキーワードとなっています。
「今津景 タナ・アイル」会場
骨格標本や土器などの巨大な彫刻が点在するメインの展示室では、インドネシアにあるセラム島の神話をイメージした空間が展開されています。
自分の排泄物から異国の宝物を生み出す力を持つハイヌウェレという女性を恐れ、生き埋めにした男たち。しかし、埋めた遺体からさまざまな芋が育ち、島の人々を支えたといわれている神話がインドネシアにはあります。今津は、この神話をフェミニズムや植民地史などの角度から読み解き、自身の出産も結びつけて作品を生み出しました。
「今津景 タナ・アイル」会場
「今津景 タナ・アイル」会場
「今津景 タナ・アイル」会場
長い展示スペースには、さまざまな魚を描いた「Lost Fish」シリーズを展示。「世界一汚染された川」という異名をもつチルタム川に生息し、現代ではほとんど絶滅した魚たちです。
汚染の原因は繊維工場からの有毒廃棄物によるもので、流域に暮らす600万人の生活排水やごみの捨棄によって水はせき止められ、氾濫も起きています。先進国による資源の収奪や、その結果生じている地球規模での環境問題が、インドネシアで生活する今津にとってリアリティを持って捉えられていることが感じられます。
「今津景 タナ・アイル」会場 「Lost Fish」
作品それぞれに歴史や神話、環境問題などのシリアスな側面が描かれていますが、展示空間としては可愛らしい動物や壁色によってポップな印象も受ける展覧会。会期は3月23日まで、今津の作品世界に没入してみてはいかがでしょうか。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 / 2025年1月10日 ]