「ギャラ飲み」初体験女子が港区で受けた洗礼。富裕層おじがニヤつくワケは…【恵比寿の女・山本 晴乃23歳 #2】
【何者でもない、惑う女たちー小説ー】
【恵比寿の女・山本 晴乃23歳 #2】
恵比寿のエステサロンで働いている晴乃。お客様の中でも港区女子のまひなは、同い年の晴乃を見下し顎でこき使う。1カ月の食費と同じ金額を一瞬で使う彼女に格差を感じながら、晴乃は夢のためにぐっとこらえている。だが…。【前回はこちら】
◇ ◇ ◇
晴乃は週3日、休日と営業終了後はタイミーで単発バイトをすることにした。
ベランダから落下した、壊れかけのスマホ。中古や廉価品もあるが、どうせ出費をするのであれば最新機種を購入して長く使いたいと考えたのだ。
「いらっしゃいませー」
今日の現場は近所のコンビニで品出しのバイトだった。深夜0時から朝の5時まで時給は1500円ほど。しばらくきつい生活が続くが目標額達成までの辛抱だ。
とはいえ、接客もないので指示通り、倉庫と店内を往復するだけの簡単な仕事であることが幸いだ。これなら、目標達成後も週一程度で続けたいと晴乃は思った。
キラキラ女子は「パパ活女子」だった
「あれー、誰かと思ったら、元気そうじゃん」
店内でスナック菓子を並べていると覚えのある声が背後から聞こえた。思わず晴乃は顔をあげる。
まひなが仁王立ちで見下ろしていた。
「あ…どうも」
アルコールの入ったデート帰りなのか、顔は赤みを帯び、テンションが高かった。距離感覚が一時的に狂っているようだ。店もヒマそうなので、小声で彼女の会話につきあうことにする。
「あんた、山本だっけ。あのサロン、そんなに給料低いの?」
「いや…そうではなくて、スマホが壊れかけて、少々入用なので」
「スマホ? それくらい、パパにおねだりすればいーのに」
「仕送りナシの約束で東京に出てきたので、両親には頼れないんです」
すると、まひなは甲高い笑い声をコンビニ内に響かせた。嘲笑だとわかっていたが、彼女の笑顔が晴乃にとってなぜか嬉しかった。
「もー、リアルじゃないって。わかるでしょ!」
まひなの手元には、ハイブランドのケースで着飾ったiPhoneがある。晴乃はすぐに理解した。
「ああ…」
まひなは今から“おじ”に緊急招集されているという。IT企業の重役で、アラフォーであることをわきまえず、あわよくばヤレる「女友達」として接してくるのが面倒くさいのだそうだ。
2万円が一瞬で稼げる? 甘い誘惑にぐらつく
「よかったら、ここブッチして一緒に来ない? あいつケチだから、タクシー代くらいしかくれないと思うけど、埼玉に住んでるって言えばいいし」
もちろん、遠慮はする。しかし、押しに逆らえず彼女とLINEを交換してしまった。
ヘトヘトの退勤後、興味本位で恵比寿から埼玉へのタクシー料金を検索すると、2万円近くあった。
単発バイトの3日分だった。
その世界に足を踏み入れる「覚悟」
週末の夜。
久々に胸まであるロングヘアを下ろす。晴乃はまひなとともに、タクシーで麻布にある会員制のダイニングバーに向かっていた。
手元には、彼女と色違いのピンクのLady Dior。服装は清楚さを意識した透け感のある白いブラウスに黒のタイトスカートを合わせた。これらは全てまひなからの借りものだ。
「今日はギャラ飲みだし、スレてない子が好きな古風なおじばかりだから晴乃にピッタリ」
いつの間にか、名前は呼び捨てになっていた。数日前まで目も合わせない関係だったのに。
「本当に大丈夫ですよね。危ないことになりませんよね」
「ま、相手は女の子をはべらすのが好きなだけの人だから健全よ。ただ、ギャラをもらう分、覚悟は必要だけどね」
「覚悟…」
言葉に詰まっていると、まひなは耳元に顔を寄せ、囁いた。
「晴乃は純粋そうでおじウケする見た目だし、大人な関係もOKならスマホくらい1回のお手当で楽勝だと思うんだけどなぁ…私の周りは誰でもやってるよ。あんたのところのオーナーもそれでのし上がったって噂だし」
あっけらかんと爆弾情報を投下したところで、タクシーはお目当ての場所に到着した。
憧れの先生も「パパ活」していた?
煌びやかなネオン街から少し離れた、隠れ家的な静かな場所にぽつんと立つビルの前であった。
――パパ活ってこと? あの友梨佳先生が…?
愛人稼業のようなものだろうか。
確かに考えてみれば、いちエステサロンオーナーにもかかわらず、芸能人や経営者など彼女の人脈は多岐にわたっている。パートナーはいないと言うが、そこはかとない色気もある。背景がそうだったとしても不思議ではない。
確かに「パトロン」がいてもおかしくない…
友梨佳は母親に女手一つで育てられ、貧しい幼少期を送っていたと以前サロン紹介のインタビューで語っていた。
よく考えたら、そこから20代半ばで、恵比寿の一等地にこれだけのスタッフと広さを揃えた店を、腕一つでオープンすることができるのだろうか? 相当の実力があれど、パトロン的な人がいたと考えた方が自然だ。
「晴乃チャン、記憶なくさないうちに、LINE教えてよ~」
いつの間にか、華やかな狂騒の中に晴乃はいた。隣には、パリッとした高級スーツに身を固めた、自称40代の初老のおじさんが密着している。
まひなは離れた席で男の肩にしなだれ、助けを呼べる雰囲気ではなかった。
富裕層の優越感を煽る道具になっていた
「LINEですか、ええとスマホが今壊れていて」
「うっそだぁ。バッグの中で光っているのが見えるよ」
おじさんの指摘に、晴乃は素直にスマホを出しだす。彼の瞳に蜘蛛の巣状の亀裂が映った。ミラーボールのような画面は店の照明を反射し、細やかな光を放つ。
「コレ、ほんとに使ってるの?」
「ええ。ほぼ壊れていますけど、通話は出来ますので」
目の前の男がドン引いているのが肌で分かった。
よほど珍しいのか、ボロボロのスマホは瞬く間に注目の的となった。この場の男たちは医者や経営者だという。彼らの口元はニヤついている。
晴乃はこの場の人々の優越感を煽る道具になっていることに気づく。
実際、それ以降は高いシャンパンやフォアグラ、キャビアなどを晴乃は執拗に勧められた。口にしたことはないだろう、と。
かりそめの笑顔で繕いながらも、心が削られていた。
高級品が一瞬で手に入る世界なんだ
ほどなくして、宴が行われている個室の扉が開く。スーツ姿の若い男性が小さな白い紙袋を晴乃の隣のおじさんに手渡し、すぐに去っていった。
「君にあげるよ」
「え…」
差し出された袋の中には、スマホが入っていた。若い男性はおじさんの会社の部下だという。
「すっごーい。カジタさんやさしー」
「うっそ、最新型のiphoneじゃないすか」
晴乃は無言で笑顔を浮かべた。瞳に表情はない。
ただ、もらえるものはもらいたい自分がいた。おじさんはアタッシュケースに入っていた鮮やかな色のシャンパンを雑にラッパ飲みしている。
「…ありがとうございます」
どうせ、はした金。
そう考えると、嬉しいと思わねばもったいないような気がした。
【#3へつづく:「おじたちから評判いいよ」で得た自分の価値。パパ活女子の末路は惨め一直線なの?】
(ミドリマチ/作家・ライター)