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小泉セツ・八雲夫妻をモデルに「何も起こらない」物語を。連続テレビ小説「ばけばけ」脚本家・ふじきみつ彦さんインタビュー

NHK出版デジタルマガジン

小泉セツ・八雲夫妻をモデルに「何も起こらない」物語を。連続テレビ小説「ばけばけ」脚本家・ふじきみつ彦さんインタビュー

大きな夢を成し遂げようと主人公が奮闘するのではなく、何気ない日常がいとおしくなるような物語作りに定評のあるふじきみつ彦さん。小泉セツ・八雲夫妻を題材にした「ばけばけ」に込めた思いについてうかがいました。

※本記事は好評発売中の『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説ばけばけ Part1』に掲載したインタビューをご紹介します。

(NHK出版公式note「本がひらく」より転載)

半年間、毎週5日放送 自分史上初の新境地

 朝ドラのお話をいただいてまず思ったのは、「なぜ僕なんだろう。大変なことになった」ということでした。何しろ、連続ドラマを1人で全部書いたのは、1回2分30秒、全24回のミニドラマ「きょうの猫村さん」(2020年)と、1回30分、全7回の「阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし」(2021年)しかありませんでしたから。制作統括の橋爪國臣(はしづめくにおみ)さんにその疑問をお尋ねしたところ、「朝ドラの型にはまらない、朝ドラっぽくないものを書いてくださると思った」そうです。「ばけばけ」が朝ドラっぽくないかどうかは分かりませんが、僕は、「怖い人」「悪い人」「真面目な話」がうまく書けないので、その部分だけは今回もそうなっていると思います。

 題材の候補の中で、小泉セツさんと夫・小泉八雲さんに興味を持ったのも、この夫婦が自分の書きやすい世界観を持っていると感じたからです。2人は出雲(いずも)ことばと、主に“ヘルンさん言葉”と呼ばれる独自の日本語で会話していました。おそらく激しい会話にはならず、穏やかに意思疎通を図っていたのではと思います。淡々と会話が続くうちに思わず笑ってしまうような会話劇を書くのが好きな自分にとって、まさにピッタリでした。

マイペースなトキがヘブンの心を穏やかにする

 セツさんをモデルに松野トキの物語を書くにあたって最初に決めたのは、彼女の家族を丁寧に描くことでした。トキ、父の司之介(つかさのすけ)、母のフミ、おじじ様の勘右衛門(かんえもん)、この家族4人の会話のおかしさが、ドラマ全体のベースになると思ったんです。鍵になったのが、司之介役を岡部(おかべ)たかしさんで、と制作サイドからご提案いただいたことです。岡部さんは、15年ほどずっと一緒に演劇を作ってきて、僕の書くセリフをよく理解してくれている役者。彼の出演が決まったことで自分らしい会話を書くことができるようになりました。それまでは、武士は寡黙で本心を隠すといった固定観念に僕が縛られ、松野家の会話が弾まなかったんです(笑)。自分らしく書けるようになってからは、おかしなやり取りが生まれ、会話から自然にそれぞれのキャラクターが立ち上がってきました。

 トキはマイペースな女の子です。突出した特徴があるわけではない。だからこそ、ずっと見ていられるキャラクターであり、魅力的に見えるのではないかと思います。一方ヘブンは、最初は感情の起伏が激しいキャラクターです。一般的に八雲さんは日本を理解した心の広い偉大な文学者というイメージがあると思いますが、資料を読むとうそが嫌いで、人が信用できず、急にイライラして爆発することもあったようです。でも、異国に来てうまくいかないことがあるのは当然のこと。ですから、あえてその部分を拾い上げ、マイペースなトキと出会ったことで穏やかになっていくんだろうなと思いながら書いています。

ドラマに登場する怪談が癒やしの存在になれたら

 トキ役の髙石あかりさん、ヘブン役のトミー・バストウさんは、オーディションを拝見したときに「出会った!」と思いました。それぞれに僕が書いたあるシーンを演じてもらったのですが、お2人の芝居を見て、「明治時代とはこういう雰囲気で、こんなふうに会話していたのか」という感覚に陥るリアリティーがあったんです。ドラマを見たときにさらにどんな感覚になるのか、楽しみです。

 2人が心を通い合わせるきっかけとなる「怪談」は、僕自身も今までは単に怖い話と思っていました。でも、セツさんが語り、八雲さんが記したそれは、人間に起きた悲しい物語であり、誰しもオリジナルの怪談が作れるのではないかと思うくらい、身近なお話です。

 セツさんがなぜ怪談が好きだったのか明確に分かってはいませんが、「ばけばけ」チームでは、怪談を「自分の悲しみに寄り添ってくれるもの」と捉えることにしました。だからトキは、怪談を聞くと心が落ち着く。ヘブンは怪談に自分の悲しかった人生を見て、共感するのです。

悲しみや苦しさがあってもクスッと笑える日常に

「ばけばけ」の制作発表のコメントに、「何も起きない物語を書いています」と書きました。本当のことを言うとそのときはまだ1文字も書いていなかったんですけどね(笑)。何も起きない物語を書くのが好きなので、その気持ちを忘れずに書きたいと思い、宣言しました。とはいえ、実際のセツさんは波乱万丈な人生を送られていますから、いろいろなことが起きます。でも、それに飲み込まれないように書きたいと思っています。その出来事により心の中は激しく波立っているけれど、一見何も動いていないように見せたい。陰影を柔らかくしたい。それは僕自身がコントやお笑いを書いてきて、大真面目に悲しく書くことが苦手だから。やはり笑いのほうがしっくりくるからです。

 ほかの登場人物たちも、明治になって上級武士から没落したり、自分が思い描いたようにいかなかったり、みんなどこか悲しみや切なさを抱えています。でも、その苦しさを何とかしようと真面目に生きている姿が笑えたらいいなと思うんです。俳優の方々が脚本からその空気をくみ取って、演じてくれているようなので、ありがたいですね。もう皆さんに委ねています。

 僕から制作サイドにお願いしたことが一つだけあります。それは語りのキャスティング。松江の小泉邸の庭には蛇と蛙がいて、蛇が蛙を食べないよう、八雲さんが蛇に自分のおかずを分けていたという逸話があります。それを基に、語りを「蛇」と「蛙」にして、阿佐ヶ谷姉妹に演じていただいています。つらいシーンでもお2人の声が穏やかで笑える空気を作ってくれたらいいなと思います。

 ドラマの中ではヘブンが、いいことを「テンゴク」、嫌なことを「ジゴク」と言います。放送開始後、僕の周りはテンゴクになるのかジゴクになるのか? テンゴクになっていたらうれしいです(笑)。

取材・文/大内弓子

ふじきみつ彦(ふじき・みつひこ)

1974年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学卒業。広告代理店勤務を経てコント、小劇場の世界へ。演劇では別役実氏に師事。主な執筆作品に、映画「子供はわかってあげない」(沖田修一監督と共同脚本)、ドラマ「デザイナー渋井直人の休日」「きょうの猫村さん」「撮休シリーズ」、岡部たかし・岩谷健司との演劇ユニット「切実」など。NHKでは、Eテレ「みいつけた!」、「阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし」(第30回橋田賞受賞)など。

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