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「愛ある大家でありたい」高齢者の賃貸入居と向き合う不動産オーナーのリアルボイス

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「大家さんからのNG」は本当?高齢者入居に向き合う不動産オーナー

神吉不動産株式会社代表 神吉優美氏

日本の高齢化が加速する中、高齢者の住まいの問題もまた顕著となってきた。全宅連の調査によると、単身高齢者への物件斡旋を行っていない事業者は、回答者全体の19.6%を占めている。その理由で最も多かったのは「大家の理解が得られないから」(19.9%)というものだった。

では、大家は高齢者の入居をどう捉えているのか。
「子どもからお年寄りまでが安心して暮らせる住まいづくり、人と人が繋がれる場づくり」をモットーに、幅広い年齢層を受け入れている大家・神吉優美氏にお話を伺った。

「入居者さんは何をしたら喜ぶか」自主管理だからこそつながれる入居者との交流

神吉氏が所有する文化住宅のひとつ。内階段式となっている

神吉氏は不動産賃貸業を営む「神吉不動産株式会社」代表取締役。昭和30年代から開始した事業を父親から引き継いだ、二代目大家だ。父親の代から徹底した自主管理を行う“専業大家”で、現在は豊中市を中心に駐車場のほかマンションと木造の長屋(※1)・文化住宅(※2)の計327戸の物件の入居管理をしている。

運営している物件の入居者の年齢層は、高齢者が約150世帯と、最も高い比率を占めているとのこと。とはいえ、会社設立当初から年齢層が高かったわけではない。

「昔は文化住宅に暮らす子育て世代でにぎわっていました。それから、子どもが巣立ち、夫に先立たれ、高齢になった今に至るまでずっと住み続けていただいている方が多いですね。新規入居者に関しても、平成に入ってからは『文化住宅はダサい』と若い人の入居が減り、私が代替わりした2018年ごろには長屋・文化住宅は高齢者がメインとなっていました」

入居者のお茶会の様子。当初は会費制だったが、参加者の反応から持ち寄りになったそう

さらに現在は、高齢者世帯約150世帯中、およそ8割が単身入居者だという。

自主管理のため、入居者の情報管理のほか、日ごろから清掃や設備点検といった物件の管理業務を行う神吉氏。そうした一般的な管理業務に加え、入居者の元を訪れて日ごろから入居者とのコミュニケーションを心がけているとのこと。「何をしたら喜んでもらえるか」と考えているという。
「生活の足しになれば」と知り合いの清掃会社から寄付してもらった生活用品を不定期に入居者へ配付したり、入居者交流を兼ねた持ち寄りのお茶会を開いたり、お土産のお菓子を配ったり、といったことを行っているそうだ。
母の日には単身の女性宅にカーネーションを届け、涙を流して喜ばれたこともあった。

※1 長屋……一つの建物を壁で仕切り、複数の住戸が連なって暮らす集合住宅の一種。共用部がなく、各住戸が道路に面した独立した玄関を持つのが特徴。
※2 文化住宅……主に近畿地方で高度経済成長期に建てられた2階建ての集合住宅で、1階と2階が別住戸となっている。

認知症や孤独死…もしものときを想定した高齢者入居の工夫

自主管理の経験から「高齢者が入居をしたのなら、普段から顔を見ての管理が大事。日々のコミュニケーションが備えになる」と高齢者の対応について語る

新規高齢入居者が転居してきた理由について尋ねると、「もともと住んでいたところの立ち退きや、子どもからの呼び寄せ近居が多い」と語る。「基本的に入居申し込みは断らない」と言う神吉氏。高齢者の単身入居の受け入れについては、”たとえ80歳を過ぎていても連絡のつくお子さんがいれば受け入れ可”、“単身者でもデイサービスやヘルパー派遣などの福祉サービスを利用していれば検討”としているそうだ。その背景にあるのは、“認知症”だ。

「高齢者が単身で入居している場合、認知症は一番の問題だと感じています。これまで認知症が起因となるトラブルとして、排水管を詰まらせたり妄想から被害を訴えてきたりなどを経験してきました。入居者さんの言動から『あれ?』と変化に気づいた際に、症状をお伝えして施設入所や入院、退去等の対応をしてくださる方の連絡先がないと困ってしまうのです。昨今は、生涯未婚の人・家族と縁が切れている人が多い印象です」

豊中市HP内のICT見守りサービスの紹介

単身高齢入居者の課題で深刻なのは、孤独死だ。神吉氏も、2024年の春に特殊清掃が入った経験があったとのこと。その経験から、行政や社会福祉協議会、地域包括支援センターとの連携に努めているという。
それと並行して、2023年3月から豊中市が始めたICT機器を活用した見守りサービスの活用を推進している。トイレの電球をセンサー式のものに交換し、点灯・消灯の動きが24時間に一度もない場合、異常を検知して緊急連絡先にメールで知らせてくれるサービスで、単身の高齢者宅に市が無料で設置してくれる。

豊中市では本人またはその家族からの申請でサービスが利用できる仕組みのため、神吉氏が1軒1軒回って「心配だからつけない?」と勧め、現時点で20軒以上のお宅に導入することができたという。ほとんどのケースで神吉氏が緊急連絡先となっている。

「ただ、入院中や電気をつけないなど、緊急性がないのに作動してしまうことも少なくなく、月1回程度異常検知メールが届きます。先日は異常検知の一報があり警察に部屋へ突入してもらっところ、本人の姿がない。最悪の事態は回避できたのでよかったのですが、ご本人のケータイに電話をかけたら千葉県にあるアミューズメントパークへいらしていたんです!『不在にするなら事前に言ってよ~』と胸をなでおろしました(笑)」

高齢者の入居と連絡先にはまた違った課題もある。軽度の認知症のある身寄りのいない入居者が救急搬送された際に連絡がつかなくなり、困ったこともあったそうだ。

「お付き合いのあった地域包括支援センターの担当者からはプライバシー保護の観点から伝えることができないと言われ、『本人に神吉が所在を知りたいと言っていると伝えて!』と伝言を頼みました。結果、地域包括支援センター経由で病院のソーシャルワーカーから本人に確認してもらい、本人が連絡をくれて安否確認ができました。最終的に認知症が進行し、生活保護を利用してグループホームに入所することになったことで、入院中に滞納していた家賃を施設の方が全額支払いに来てくださいました。生活保護の場合には担当ケースワーカーなど、福祉や公的機関と連携するのは大切ですね」

対策を講じれば、断る理由はない。高齢者入居のリスクヘッジとメリット

この日85歳を迎えた入居者と87歳となった神吉氏の母親とのお誕生日会の様子。日頃のアットホームな交流の様子が伝わってくる

父から会社を受け継いでから神吉氏が導入したのが、家賃保証会社だ。取締役就任後に家賃滞納で退去した事例では、家賃回収ができず赤字となってしまった。そのため現在では新規入居者の家賃保証会社加入を必須としている。

「父の代のときに入居されその後高齢となった方が病院で亡くなられた際、当時仲介した不動産会社の勧めでたまたま家賃保証会社に加入していたことで、残置物処理作業と処理が完了するまでの家賃保証を受けられたことがありました。その経験から、家賃保証会社を取り入れることにしました。家賃保証会社について調べた末、保証の手厚い自主管理大家向けプランを見つけ、新規入居者にはそのプランに加入してもらっています。家賃保証委託料、家財保険、孤独死保険がセットになっているので私も安心です」

今神吉氏が気がかりなのは、家財保険の更新だという。現在利用している家賃保証会社の自主管理大家向けプランは家財保険も込みで月払いとなっており2年に1回の家財保険の更新を確認する必要がない。しかし、それ以前に利用していた家賃保証会社では家財保険は別途契約であり2年に1回の更新が必要なのだが、入居者自身が更新していない場合が多いのだそうだ。

「関西では賃貸借契約の更新手続きがないので、2年に1回の契約内容の確認がなく、保険の更新の確認もなおざりになりがちです。先日、賃貸借契約書に“家財保険の加入を必須とする”と特記した方10人について、仲介してくれた不動産屋さんに連絡して家財保険の更新状況を確認してもらったのですが、更新していたのは10人中1人のみでした。また、そもそも昔から暮らしてくれている入居者さんには家財保険加入を条件としていませんでしたので、ほとんどの方が未加入なんです。

そのため、現在家財保険に加入しているかを確認し、加入していない人には『入ってください!』と地道に声かけをして進めているところです。生活保護を受給している場合、家財保険料も生活保護費から支給されるので該当する方にはそのことも伝えています」

夏には入居者や近隣住人を交えた花火大会を開催。幅広い年齢層が集う

目の前の対応や、対策のための情報収集、日ごろのコミュニケーションなど労力を要する高齢者の入居管理。だが、神吉氏はこうした苦労も「大家冥利に尽きる」と笑顔で話す。また、高齢者を受け入れるメリットをこう語る。

「若い人は転職や結婚などのライフステージの変化が速いこともあり、3~4年で退去する人が多いです。一方、高齢の入居者は10~20年と長期入居なので、大家としてはありがたいですね。今いる人もいずれは高齢者になります。怖がる必要はなくて、自主管理であれ、委託管理であれ、対策を講じれば入居を断る理由はないと私は思っています」

2025年10月に施行された改正住宅セーフティネット法では、高齢入居者の見守り体制や死後退居に関する項目が強化されている。「借家にまつわる人たちにとって、助かる人が増えるのではないかと思う。つながる所がない人をどうサポートするか法的な対応が求められる中、動きが出てきたのは一歩前進では」と、神吉氏も自身の経験をふまえて高齢者をめぐる賃貸住宅市場の変化を期待している様子だ。

愛ある大家が描く 人と人がつながる暮らし

秋にはハロウィンウォークも。子どもたちとの交流を楽しみにする入居者もいるそう

高齢者入居にポジティブな神吉氏ではあるが、「すべてを民間に任せるべきではない」と言う。

「たとえば、私のところに『神吉さん、なんとかお願いできませんか?』と条件が厳しい方の入居の打診が来ることも間々あります。しかし、入居してから、大家だけでなく、近隣の方たちそしてご本人も苦労することがあります。すべてを民間に任せるのではなく、公営住宅を活用したり施設への入居を勧めたりなど、行政がもっと前面に出て対応すべきケースがあります。そのようなケースも民間に任せるとなると、やっぱり単身高齢者は受け入れないという大家さんが減らないのではないでしょうか」

大家業について、「大家は人の生活の器を預かる仕事。私は愛のある大家になりたい」と語る神吉氏。父の代では「安心安全に住んでもらう」、神吉氏は「住めば都と思ってもらいたい」と、入居者への熱い思いも継いでいるようだ。

大阪公立大建築学科の学生らとともに長屋の再生に取り組む様子。一番右が神吉氏

神吉氏の今後の展望を尋ねると、自社物件を使って年齢・国籍を超えたソーシャルミックスを実現させたい、とのこと。実際、現在マンションのコモンルームを拠点とした地域コミュニティづくりとして、地域の子どもを対象とした学習支援「学びの船」や、先に触れた入居者同士のお茶会や花火大会などを実施。さらに大阪公立大建築学科の学生らとともに長屋の再生に取り組んだり、文化住宅の一室をリノベーションして豊中市の社会福祉協議会に認知症カフェ等の会場とするため無償提供したりしている。幅広い活動を通じ、日々賃貸物件の可能性を模索している様子がうかがえる。
またこの先には、ベトナム人技能実習生の入居もあることから、外国籍の人たちと地域をつなげる活動にも挑戦してみたいと意欲的だ。

建物だけでなく入居者一人ひとりにまで目を配る、自主管理の大変さ。しかし、入居者の暮らしに寄り添いながら、高齢者、ひいては人と人との交流を作り出す様子を、神吉氏は笑顔ではつらつと楽しげに語っていた。
住まう人が幸せであってこそ、不動産も生きるというもの。神吉氏のように「愛ある大家」が増えて、幸せな住まいが増えていくことに期待したい。

今回お話を伺った方

神吉優美(かんき・ゆみ)
大阪府出身。神吉不動産株式会社代表取締役で博士(工学)・一級建築士。大学で建築計画やまちづくりの研究・教育に携わってきた。2018年に父の跡を継ぎ大家業を開始。現在327戸の築古借家や駐車場を家族と共に自主管理する。2024年3月に大学を辞し大家業に専念。夕食付き学習支援「宿題ひろば 学びの船」や、入居者の好みに合わせて入居前にフルリノベーションを行う「自分好み賃貸」など、交流を育む不動産活用を展開している。

■神吉不動産株会社 自分好み賃貸
https://kankimansion.studio.site/

■神吉不動産Instagram
https://www.instagram.com/kankifudosan/

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