大阪・九条のミニシアター「シネ・ヌーヴォ」。日常から離れてひと息つくための、非日常の扉が街にあること
大阪市西区に位置する九条は、地元民に愛される2つの商店街を中心に下町風情が漂う穏やかな街です。Osaka Metro中央線の九条駅から徒歩約4分。にぎやかな商店街を横道に抜け、閑静な住宅街のなかに突如現れるのが今回ご紹介する「シネ・ヌーヴォ」。ここは全国の映画ファンが集う、大阪を代表するミニシアターです。
まず目に入るのは、バラのオブジェが特徴的な外観。こんな映画館がどうしてこの場所に?
ということで、支配人の山﨑紀子さんにシネ・ヌーヴォの成り立ちから、映画館に行くことの楽しさまで、じっくりとお話を伺いしました。
すべての始まりは1枚の「新聞」から
―まず、シネ・ヌーヴォの成り立ちからお伺いしてもよろしいですか?
山﨑さん:シネ・ヌーヴォは、1997年に代表である景山理(かげやまさとし)が立ち上げました。景山は1984年から「映画新聞」という名で、一般の新聞では取り上げられない映画作品や、海外の映画祭などの情報を全国の映画ファンに届ける新聞をずっと作っていたんです。それが1996年、映画の情報をただ届けるだけでなく実際にその映画が観たいという欲求の高まりを感じて、映画新聞の中で「映画館を作りませんか」と呼びかけたのが始まりです。十数年続けてきた映画新聞が映画館を作るというニュースが全国の映画ファンに届いてあっという間に資金が集まり、翌年の1997年1月にはオープンするという、もの凄い速さで完成した映画館なんです。
―当時は今に比べて情報収集が容易でないなか、情報量がすごいですね…!シネ・ヌーヴォは、「シネ・ヌーヴォ」と「シネ・ヌーヴォX」と2つ劇場がありますが、1日の上映枠が限られているなかでの作品選びはどのようにされているのですか?
山﨑さん:映画は本当に幅広いので、こんなおもしろい映画がある、まだ見ぬ新しい世界の扉でもある、ということを感じてもらえるような作品選びを意識しているのと、とにかくタイトル数を多くすることも心がけていますね。なので、大変なんですけど(笑)
―シネ・ヌーヴォならではの特徴のある映画というのは、具体的にどんな映画ですか?
山﨑さん:35mmフィルムで上映する映画です。ほとんどの映画館がデジタル上映に切り替わっているなか、うちは今でも日常的にフィルム上映を行っているので、古い日本映画やフィルムでしか観られない映画が上映できるんです。当時と同じようにフィルム上映ができるということは、時代と時代をつなぐ重要性があると感じているので、そういった場を絶やさないためにも続けています。デジタルみたいにクリアな映像ではないけれど、ざらっとした質感や、黒の深さなど、フィルムならではの体験をみなさん楽しんでくださっています。
非日常の世界へと誘う、アート空間も必見
―話は変わりますが、劇団「維新派」の松本雄吉さんが手掛けたという、シネ・ヌーヴォの特徴的な外観、内装には、どういったコンセプトがあるのでしょうか?
山﨑さん:映画を観るって、日常とは切り離された非日常の空間に入り込むことだという松本さんのイメージから、水中映画館をコンセプトに作られています。他の映画館だと、映画を邪魔しないシンプルな造りになっていることがほとんどですが、ヌーヴォ場内は、水泡に見立てた針金の装飾が天井から吊り下げられていたり、水面の絵が壁面に描かれていたり、場内が水中のようになっているんです。
山﨑さん:外壁のバラのオブジェは、あえて錆びさせて無機質な素材感にしているのですが、シネ・ヌーヴォのアイコンになるようにという想いだけでなく「今からこの映画館でいろんな映画が流れて沢山の人が観に来てくれる。その活性化を通して、このバラを有機的なものに変えるのが今後のあなたたちの仕事ですよ」という松本さんからのメッセージが込められています。他にも、ロビーのカウンターやチラシを入れる棚も維新派が作ってくれたものなんですよ。
九条に根付き、九条を愛する映画館
―そんな細部まで手がけられているとは知りませんでした。シネ・ヌーヴォは、インパクトがある外観なのに、街の風景に違和感なく馴染んでいることも特徴の一つと感じているのですが、どうしてこの場所に映画館を作ったのですか?
山﨑さん:「映画新聞」で映画館を作ろうと呼びかけたときは、とにかく始めようという気持ちだったので、まだ場所を探していなかったんです。ところがあっという間に資金が集まって、急いで探さないといけなくなったときに「九条に使われてない映画館があるよ」と、景山が当時通っていた鍼灸の先生に教えてもらったのがこの場所でした。天井が高く映画が観やすくて、ここしかないというのでこの場所に決めたと聞いています。
―最初から九条にしようと決めていたのではなく、ご縁だったのですね。他にも館内には、「MoMoBooks」の選書コーナーや、山﨑さん手作りの飲食店マップがあるなど街とのつながりも大切にしている印象を受けました。これは意識的にされているのですか?
山﨑さん:どうなんでしょう。私が九条の街が好きというのもあるし、長く勤めるなかで、毎日挨拶する近所の人や、お店の人がいて、地域の人にとても支えられていると感じています。シネ・ヌーヴォは全国からお客さんが来られるので、そういう人たちに「九条ってすごく良いところだよ」ということを知ってほしいのはありますね。自分のおすすめをお客さんにも知ってもらって、少しでも街に貢献できたらいいなと思っています。
近くに映画館があるって、とても楽しくて贅沢なこと
―ところで山崎さんは、映画館に行く楽しさはどこにあると感じていますか?
山﨑さん:映画館って不思議じゃないですか?映写室から真っ白なスクリーンに投影されたものを、全然知らない人たちと、同じ時間、場所に待ち合わせもせずに集まって、一つの映画を観る。そんなところがすごく好きです。映画ももちろん好きで、今、ヌーヴォで成瀬巳喜男監督特集をやっているんですけど、今観てもめちゃくちゃおもしろいんですよね。7〜80年前の映画が、今生きている私たちの感情と密接に結びつくのを感じながら観ると、心が浄化されるし、豊かな気持ちになります。
今って、ストレスもたくさんあるじゃないですか。そんななか映画によって力をもらったり、自分が正常でいられるためのバランスを映画を観ることで保てていたりするのかなとも感じます。映画館っていうものをこうだと決めるよりは、自分がより生きやすくなるように利用してもらえればって最近とても感じています。
あと、映画館がある街って今はもう当たり前じゃなくて、車で1〜2時間かけて、やっと近所のシネコンにたどり着くっていう地域もあるので、近くに映画館があることは贅沢なことだとも思いますね。最初の話に戻りますけど、映画館内のように非日常的で、日常と切り離された空間が近くにあるって便利だと思うんです。気持ちの切り替えができないときに観たことのない世界にぽんっと入り込める場所が、徒歩圏内とか自転車でいける距離にあるっていうのは良いことだと思います。
―ありがとうございます。街の映画館が無くなるニュースも少なくないなか、運営を続けていくことは本当に大変なことだと思います。最後に今後の展望についてお聞かせいただけますか?
山﨑さん:続けないといけないということはますます強く思っています。そのために、これからを担う若い人たちに届くような番組編成や、映画には教育的な役割もあるということを知ってもらえるような発信や新しい企画もどんどんしていきたいです。
―この素晴らしい場所がこれからもずっと続くことを応援しています。本日はありがとうございました。
◆今回取材したお店
「シネ・ヌーヴォ」
住所:大阪市西区九条1-20-24
電話:06-6582-1416
ホームページ:http://www.cinenouveau.com/
X:@_cinenouveau_
今回紹介した「シネ・ヌーヴォ」の最寄り駅は、Osaka Metro中央線と阪神なんば線の2路線が通る九条駅です。阪神なんば線で大阪難波駅まで乗り換えなしで約6分、隣駅は JR大阪環状線も通る西九条駅で、大阪駅や天王寺駅までも乗り換え1回でアクセスができます。駅周辺には、下町風情溢れる2つのアーケード商店街があり、スーパー、ドラッグストア、100円ショップなどの買い物スポットが1ヶ所にまとまっているのも便利。「九条には安くて美味しい飲食店がたくさんあって、物価高でどこも高いなか、本当に値上げしないんですよ」と山﨑さん。家賃平均は6.49万円(2025年5月時点)と、西区のなかでもややお手頃。映画好きな人もそうでない人も、映画館がすぐ近くにある暮らしを始めてみるのはいかがでしょう?
取材・文/福永杏(インセクツ) 撮影/上村典子