【子どものワクチン接種】「ワクチンを打つより病気になったほうが免疫はつく」は危険な誤情報 ワクチンの正しい知識〔小児科医が解説〕
子どものワクチン接種。誤情報「ワクチンを打つより病気にかかったほうが免疫はつく」について小児科医・森戸やすみ先生が解説。子どもに多い病気やケガへの対処法の最新知識を伝える連載「令和の子どもホームケア新常識」第12回。
【子どもの近視】 パパママがやってよかったこと・後悔していること〔アンケート結果〕【誤情報】ワクチンを打つより病気にかかったほうが免疫はつく。子どもに多い病気やケガへの現代の正しい最新対処法を、小児科医・森戸やすみ(もりと・やすみ)先生が解説する本連載【令和の子どもホームケア新常識】。
第12回は、SNSなど、一部のママパパの間で広まっている「ワクチンを打つより病気にかかったほうが免疫はつく」という誤情報について。
もともと体に備わった免疫のしくみを利用して、感染症から守ってくれるワクチン。ワクチン接種は世界中の国々で推進されていますが、一部のSNSでは「ワクチンは危険」「ワクチンを打つより病気にかかったほうが免疫はつく」などと、不安をあおるような投稿が散見されます。
「このような誤情報を信じて不安になってしまうのは、よく知らないから」と、森戸やすみ先生。『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』(共著:宮原篤/内外出版社)の著者でもある森戸先生に、ワクチンの目的や効果、安全性について伺いました。
ワクチンの目的は重症化・後遺症を防ぎ命を守る
以前、外来で「子どもの友だちがおたふく風邪にかかったので、うつしてもらいに行きました。ワクチンを打つより“かかったほうが勝ち”って言いますよね」と保護者の方に言われ、驚いたことがあります。
ごく一部の保護者の間では、周囲の子どもが感染症にかかったとき、自然感染させるために子どもたちを集めて遊ばせる「感染パーティー」が行われているのだそうです。ワクチンに対して漠然とした不安があり、代わりに自然感染させて免疫をつけようということなのでしょう。
人工物であるワクチンを子どもに接種させたくない、医療行為を受けさせたくないという“自然派”の人は、そもそも小児科に来ないのであまり出会いませんが、医師に相談することなく自己流の予防法・治療法を行っている人は一部いると思います。
でも、免疫をつけるために子どもにわざと感染させるような行為は、危険なので絶対にやめていただきたいです。感染すれば重い症状に苦しんだり、合併症を起こして後遺症が残ったりする危険性があります。また、一度かかっても、二度三度と感染する病気もあります。ワクチンの副反応が心配な方もいるのでしょう。けれど、感染のリスクと感染後の症状は、ワクチンを接種したときより桁違いに大きいのです。
ワクチンの目的は、重症化させないこと、後遺症を残さないこと、命を落とさないこと。免疫をつけるのは手段であって、目的ではありません。お子さんに必要のない苦しみを与えないでほしいと思います。
自然感染は合併症を引き起こしやすい
そもそもワクチンとは、感染症の原因となる病原体を弱毒化・無毒化して、体にとって安全な状態にしたものです。実際に感染症にかかる前に、ワクチンを接種して体に抗体を作り、免疫を獲得します。
試験勉強に例えると、わかりやすいと思います。ワクチンは「感染症になると、こういう症状が出る」「こういうことが起きる」と、体に“予習”をさせてくれるもの。予習なしで運良く試験を乗り切れることもありますが、予習をしていたほうがいい結果になることが多いですよね。
現在(2025年8月現在)、日本の子どもが受ける予防接種は、5種混合(ジフテリア、百日咳、破傷風、ポリオ、ヒブ)、MR(麻疹、風疹)など10種類の「定期接種」のほか、おたふく風邪やインフルエンザなど「任意接種」のワクチンがあります。
定期接種のワクチンは公費で受けられて原則無料、任意接種は自己負担(自治体によっては助成あり)ですが、任意接種とは受けても受けなくても、どちらでもいいという意味ではありません。
やはり感染症にかかるよりワクチンを接種したほうがいいので、推奨期間内に忘れずに接種しましょう。ワクチンのある感染症は重症化しやすく、特別な治療法がない病気がほとんどです。
昨年(2024年)から日本では百日咳が大流行し、麻疹(はしか)の患者も世界的に増えて問題になっています。ワクチンを接種していれば、かからないか、かかっても軽症ですみます。
乳幼児の難聴は気づきにくい
現在、任意接種であるおたふく風邪のワクチンは、実は接種率があまり高くなく、一年中感染者がいます。おたふく風邪の症状自体はそれほど重くないのですが、合併症を起こすことがあるので注意が必要です。
以下は、おたふく風邪に自然感染したときの症状と、ワクチン接種時の副反応の頻度を比較したものです。
※『予防接種に関するQ&A集』(編:日本ワクチン産業協会)より抜粋
表のとおり、ワクチン未接種の自然感染では感染者の400~1000人にひとりが、治療法のない聴覚障害「ムンプス難聴」を起こすことがありますが、ワクチン接種時の副反応では極めてまれです。
おたふく風邪にかかっても、発熱や耳下腺の腫れが少ない「不顕性(ふけんせい)感染」の場合、本人も保護者もおたふく風邪と認識しないまま合併症だけを起こし、小学校入学前の聴覚検査で初めて難聴だと発覚するケースも。幼い子どもが「耳が聞こえない」と自分から言い出すことはまずないですから、保護者が気づくのは難しいでしょう。
また、「おたふく風邪なら子どものうちにかかるだろうから、ワクチンはいらないだろう」と思っても、大人になるまでかからないこともあります。
思春期以降におたふく風邪に感染すると、男性の4人に1人は精巣炎になります。不妊症の原因になることはまれですが、さまざまな程度の睾丸萎縮を伴います。女性も、妊娠後期の妊婦がおたふく風邪にかかれば、27%の確率で流産するといわれています。
合併症を引き起こすリスクを考えたら、自然感染よりワクチンで予防したほうがいいことは明白です。SNSに投稿された根拠のない情報に惑わされず、正しい知識を持っていただきたいと思います。
接種期間を過ぎたら小児科や保健所に相談を
SNSにワクチンに関する不安や疑問の声がありましたので、お答えしたいと思います。
▼人工物を子どもの体に入れたくない
何を人工物として、何を自然と思うのかは、とても恣意的(しいてき)で人によって違います。例えば農作物は、品種改良を繰り返して現在の形になりました。
稲だって、もともとは日本に自生していなかった外来種です。現代の私たちが着ている洋服も、自然とはほど遠いものです。自然を克服して育てた農作物を食べ、洋服を着ているのに、ワクチンはダメというのは違和感があるような気がします。
今年流行している百日咳は、日本にワクチンがなかった1940年代、年間10万人以上の人が感染し、そのうち約10%の人が亡くなっていました。
今はワクチンで防げる感染症なのに、ワクチン未接種の子どもが病気でつらい目に遭ったり亡くなったりするのは、自然なことだから仕方がないことでしょうか?
そうは思わないはずです。私たちはこれまで、知識と技術によってさまざまな困難を乗り越えてきました。すべて自然のまま生きるのは不可能ですし、こんなに長生きはできないと思います。
▼日本で流行っていない病気は打つ必要がないのでは?
人の行き来がある以上、海外から日本に感染症が持ち込まれる可能性は常にあります。ワクチン接種を中止すれば、海外からウイルスや細菌が入ってきたとき、あっという間に広がります。
麻疹(はしか)が世界的に流行していますが、感染力が強く、空気感染もします。十分に抗体を持っている人の数が多くないと、どんどん広まってしまう病気なのです。
社会の中で生きていると、思わぬところからウイルスや細菌がもたらされます。人のいない土地でひとり孤立して一生を過ごすなら、ワクチンは必要ないのかもしれませんが、それでも破傷風菌は土壌にいますし、日本脳炎のように蚊などの虫が媒介する病気もあります。
毎年冬になれば、渡り鳥がインフルエンザウイルスを運んできます。ワクチンがある感染症はワクチンで防ぐのがよいと思います。
▼新型コロナウイルスワクチンは、開発期間が短くて心配です
新型コロナウイルスワクチンは新しいワクチンですが、通常の手順を省いて開始されたわけではありません。手続きを早めただけなので、どうか安心していただきたいです。
ワクチンが開発されると、まずは動物で抗体ができるかなど基礎的な試験、非臨床的な試験が行われます。その後、人で安全性と効果、副反応、本当に病気を予防できるのか、第1相試験から第3相試験まで順を追って進められ、初めて承認されます。新型コロナウイルスワクチンも同じです。そして現在、世界中で子どもにも接種され、市販後調査も行われています。このワクチンだけを問題視する必要はないでしょう。
コロナ感染後、倦怠感や集中力の低下、ブレインフォグ(頭に霧がかかったような状態)など、後遺症に苦しんでいるお子さんの例が多数報告されています。また、受験や大事な行事をコロナ感染で逃してしまうこともあります。ワクチンを接種していれば感染しても症状を抑えることもできますし、お子さんのことを考えれば、受けさせたいと思うのではないでしょうか。
▼ワクチンの接種期間を過ぎてしまった場合、どうすればいい?
子どもに接種させることを躊躇(ちゅうちょ)していたけれど、「やっぱり受けさせたい」と思い直す保護者の方がいます。心配で受けさせなかった人、忙しくて受けそびれてしまった人を非難する医療従事者はいないと思います。
母子手帳など記録がわかるものを持って、ぜひお近くの小児科に相談してください。お住まいの自治体の保健所でもいいと思います。ワクチンによっては助成期間を延長していることもありますし、自費であれば、後からでも受けられるワクチンもあります。どの順番でどのワクチンを受ければいいか、スケジュールを組んでもらってくださいね。
〔小児科医:森戸やすみ〕
【子どものホームケアの正しい情報 その12】
感染症にかかると、免疫がついたとしても、重症化したり後遺症が残るリスクがある。ワクチンを接種したほうが、安全に感染症から子どもの身を守れる。
取材・文/星野早百合
●森戸 やすみ(もりと・やすみ)PROFILE
小児科専門医。一般小児科、新生児集中治療室(NICU)などを経験し、現在は都内のクリニックに勤務。医療と育児をつなぐ著書多数