50年ぶりの技術革新を起こした大学発スタートアップ、日本から世界を変えるその道筋<株式会社Photo electron Soul 鈴木孝征さん>【愛知県名古屋市】
名古屋市を拠点に活動する株式会社Photo electron Soul(以下 PeS)は、2015年に設立した名古屋大学発のスタートアップであり、独自の電子ビーム生成技術である「半導体フォトカソード技術」によって、電子ビーム技術の刷新を行っている世界で唯一の企業です。業界に50年ぶりに技術革新をもたらした代表取締役の鈴木孝征(すずき・たかゆき)さんに、元研究者の立場でなぜ会社を作ったのかや、将来実現したい世界について、お話を伺いました。
電子ビーム技術に50年ぶりの革新、半導体業界に大貢献
電子ビームとは、電子の粒子群に速度と方向性を与えて整えた電子流束のことを指し、照射された対象物を「観る・造る・変える」という3つの機能を持っています。たとえば、電子顕微鏡での観察(観る)、金属の精密な溶接(造る)、金属の表面の改質(変える)などが挙げられ、自動車や電子デバイスの製造といった幅広い産業分野に貢献しています。
「電子ビームの技術世代は大きく分けて第1世代と第2世代がありますが、第2世代が登場したのは1970年代です。それ以降、長らく大きな進展はありませんでした」と鈴木さん。そんな中でPeSは、古い第1世代と第2世代の技術を進化させ、50年ぶりに第3世代の革新的な電子ビーム技術「半導体フォトカソード技術」を開発しました。この技術は、電子ビーム生成技術の1つで、材料に光を照射することで、光のエネルギーにより電子ビームを取り出す技術のことです。
この技術は、スマートフォンやパソコンに使われている半導体の製造において、これまで不可能だったより精密な検査を可能にしています。この新技術により、半導体の細かい構造の内部・深部に存在するゴミや閉塞(へいそく)を検出できるようになり、微細な欠陥の検出に革命をもたらしたのです。その結果、「製造過程の改良に貢献し、製品の品質や生産効率の大幅向上とコスト削減にも寄与している」と、鈴木さんは強調します。
PeSは現在、半導体業界での技術提供に特化していますが、この新技術を他の電子部品製造にも応用し、さらなる市場の拡大を目指しています。
運命の出会いから技術革新への情熱に「感染」、研究者同士で起業
スタートアップを設立して革新的な技術をもたらした鈴木さんですが、実は起業家だったわけでも電子ビームの専門家だったわけでもありません。
鈴木さんは元々、名古屋大学にてライフサイエンス系の研究者として活動していました。しかし、研究者というキャリアが社会的に不安定であることと、もっと社会に直接的な影響を与える仕事をしたいという思いから、同学内の技術移転部門に移籍。そこは大学で生まれた知的財産や研究成果をビジネス化する部署で、さまざまな分野の研究成果を発掘し、企業にライセンスアウトすることや、共同研究を設立することが日々の業務でした。
そして、そこで鈴木さんはある人と運命的な出会いを果たします。PeSの現CTOである、西谷智博(にしたに・ともひろ)さんです。
西谷さんは当時名古屋大学で、学生時代を含めると10年以上も半導体フォトカソード電子ビームの研究を行っており、「この技術は絶対世の中の役に立つし、産業としてもインパクトが大きいから、本当に石にかじりついてでもやる」と、すごい熱意を持っていたそうです。損得勘定というより、この技術を何とか仕上げて世の中に出していきたいという西谷さんの情熱に、鈴木さんはすっかり「感染」してしまいました。
「厳しい状況の中でも自分で培った技術で何とか世の中に出していくんだという人間と、私みたいに大学の技術の事業化という専門性を持った人間がドーンとぶつかったことには意味がある。変に使命を感じて、本気で事業化に取り組みました」
鈴木さんは、外部の企業に依存するよりも、自らが主導して事業を進めた方が、技術の革新を早く実現できると考えました。そして2015年、一念発起して西谷さんと共にPeSを立ち上げ、そこでまさに世の中の役に立つ新技術を確立したのです。
技術革新の鍵は「戦略と人間的要素」、常識を覆し時代を変える
この電子ビーム技術における革新は、世界的に見ても50年ぶりの出来事。鈴木さんは、「技術的な難しさはもちろんのことですが、長年にわたり使われてきた既存の技術に対する固定観念を変えることが特に困難」と話します。
革新的な開発を経て、中長期的なチャレンジとして鈴木さんが取り組んでいるのは、これまで電子ビーム技術が使用されてこなかった領域への技術応用。すでに確立されている技術分野において、新技術を持ち込んで業界の常識を覆していくためには、「明確な戦略」と「人間的な要素」の組み合わせがポイントなのだとか。
「明確な戦略」について、鈴木さんは「データ命」と強調します。新技術の有効性を示すための具体的かつ信頼性の高い指標として、データはファクトとしてもロジックとしても大切なもの。そのデータに基づいて論理的な説明の枠組みを構築し、従来の技術の限界と新技術が提供する解決策を提示しながら、新技術のメリットを分かりやすく伝えるのが鍵だそうです。
また、関係する様々な立場の人たちがいる中で、自分たちの熱量や新技術の有用性を「どういう人に感染させてどういうふうに火をつけていくか、相手の組織をどう動かしていくか」という観点が、鈴木さんの言う「人間的な要素」につながります。鈴木さんは、かつて自分が西谷さんから「感染した」ときのように、人々が新技術に共感し、情熱を感じるような関わり方を工夫するようにしています。
さらには、時の流れによる世代交代をも味方につけます。新しい世代がリーダーシップを取ることで、古い観念が自然と更新され、新しいアイデア・技術が主流になると、鈴木さんは期待しています。
「日本の大学を侮るな」自身の事例をモデルに成功が連鎖する未来を
自身も元々研究者であり、大学という特殊な場所からスタートアップとして飛び出してきた鈴木さんは、日本の大学は世界に誇るべき新技術を有していると信じており、それを産業界で実用化させていくことを自らの使命としています。その使命感があるからこそ、テクノロジーが持つ本質的な価値を社会に適切な形で還元し、世の中に迅速で革新的なブレイクスルーをもたらすことができるのでしょう。
日本の大学発のスタートアップの技術が世の中を変え、産業の基盤技術を刷新することのインパクトは、世界的に見てもかなり大きいと言えます。鈴木さんはさらに、今の取り組みがひとつの成功事例のロールモデルになることで、様々な分野で革新や成功が連鎖していくことを理想としています。そのためには、自身の経験を次の世代にフィードバックすることも惜しみません。「あいつらはできたんだから、俺もできる」という人々の気持ちを触発し、特に製造業などの重たい産業において大きなインパクトを与え続けたいと、鈴木さんは語ります。
「日本の大学を侮るな、というメッセージとともに、その技術がどれほど強力であるかを世に示すことが、我々のスタートアップの使命です。そして、後に続く人たちに対して、こうやって世の中を変えていけるんだ、という実例を示したい。これが私の根源的な思いです」
今後、鈴木さんたちの活躍が、多くの大学機関や研究者、スタートアップ企業にインスピレーションを与え、日本の技術が産業を世界規模で革新し、世の中がさらなる発展を遂げる未来が目に浮かぶようです。
聞き手: 國府谷純輝 執筆: 坂本友実